82.姫を助けるのは
パッパは売れっ子商人の力をいかんなく発揮した。どこの関所も素通りだ。衛兵たちはニコニコしている。パッパはいつも衛兵たちに差し入れをくれるのだ。今日もローテンハウプト王国の酒をたんまりもらった。
「パッパはすごいな」
アルフレッドは感心して思わず声を漏らす。
「もっと手こずると思っていたが、あっさり宮殿まで来てしまった」
アルフレッドの言葉に、パッパはやや緊張した面持ちになる。
「アル様、ここからは難易度が上がります。宮殿には私も数えるほどしか入ったことはありません。しかも、商人用の最下層の謁見室のみです。私にはミリー様がどこにいらっしゃるか、見当もつきません」
「ホッホー、ホッホー」
ハリソンがニカっと笑う。
「アル兄さん、パッパ、大丈夫。フクロウが見つけたって」
「おお、なんと。素晴らしい、さすがはフクロウ様」
パッパは恭しくフクロウに魚の干物を捧げる。フクロウはひと口で丸呑みし、ご機嫌に羽繕いを始めた。
「あの一番上の部屋でごはん食べてるって。ミリー姉さんとラウルと裸の男がいるって。他にもいっぱい」
ハリソンが宮殿の一番上を指差す。皆がいるのは城壁の外、ハリソンが示す部屋からは大分離れている。
「フクロウに僕とお義父さんが乗ることは可能だろうか?」
フクロウがすごくイヤな感じで羽をブルブルさせる。
「この距離は無理じゃないかな。せめて部屋の下ぐらいまでは行かないと」
ハリソンがアルフレッドとロバートを見ながら言う。
「魔剣は二本お持ちですよね?」
パッパが何か考えながら聞く。ウィリアムが背中の魔剣を外す。
「そう、ミリー姉さんの魔剣と、父さんの魔剣」
「では、私がミリー様の魔剣を持って、取り次ぎを願い出てみましょう。魔剣を見つけたので献上しに来たと言えば、邪険にはされないでしょう」
「なるほど」
アルフレッドは頷いた。
「そうですね、何人もは入れませんから、私とアル様とロバート様の三人で行きましょうか。私が話している間に、おふたりはこっそり抜け出してください。ロバート様の魔剣は、フクロウに乗せておけばよいでしょう」
「そうするか」
ロバートも異議はない。
「では、僕とお義父さんでフクロウに乗ってあの部屋に乗り込みましょう。皇帝を人質に取って、ミリーとラウルを助ける」
「分かった」
フクロウも渋々同意したようだ。ロバートは魔剣をフクロウにしっかりかける。ロバートとアルフレッドはポケットに石を詰め込んだ。
***
「では、ミュリエル様、早速ですが夜伽の準備をいたしましょう」
側近がミュリエルに告げる。
「はあっ? まだ外は明るいですけど? さすがに今日は勘弁してくださいよ。着いたばかりで疲れているし」
ミュリエルは全身に鳥肌を立てながら、必死で言い募る。
「なに、ミュリエル様は静かに寝ていていただければ結構です。皇帝陛下に身を委ねるだけで」
ふふふ、気味の悪い含み笑いをしながら、側近がミュリエルの椅子に手をかけた。
ミュリエルはフォークをつかんだまま立ち上がる。ラウルも静かに立った。
「ミリーお姉さま、存分に戦ってください」
ラウルはまっすぐにミュリエルを見ると、次の瞬間椅子を窓に投げつけた。
「ラウル、何を……」
ミュリエルは呆気に取られたが次の瞬間、弾かれたように駆け出す。ラウルは窓枠に手をかけると、這い上がり窓枠の上に立つ。ラウルは振り返ってミュリエルを見ると、大きな声で叫んだ。
「ミリーお姉さまご武運を! さようなら」
ラウルは窓から体を投げ出した。
「ああああああああ」
ミュリエルは必死で窓枠に飛び上がった。
「ミリーッ」
ミュリエルは窓から飛び込んできた誰かに抱えられて床に転がり落ちる。
「うわああああああ」
ミュリエルはめちゃくちゃに暴れた。
「ミリー、僕だ。待たせた」
ミュリエルは動きを止める。ミュリエルの目がアルフレッドをとらえた。
「アル、アル、ラウルが……ラウルが」
「大丈夫、お義父さんが受け止めたよ」
アルフレッドの目線につられて、ミュリエルは窓の外を見る。フクロウの上にロバートとラウルが乗っている。
「ミリー、無事か?」
ロバートは叫んだ。ミュリエルはボロボロ泣きながら、何度も頷く。
「よしっ、お前は死ねー」
ロバートはフクロウの上から、魔剣をまっすぐ投げた。魔剣は呆然としている皇帝の胸を貫き、椅子に縫いつけた。側近が白目をむいてパタンと倒れる。
「ああ、ヤッちゃった」
「ああ、私の獲物が……」
アルフレッドとミュリエルが小さくつぶやいた。ふたりは顔を見合わせて、苦笑いする。
ロバートはフクロウから跳ぶと、部屋の中に転がり込む。ロバートはミュリエルの頭に手を置いて、ゴシゴシと撫でた。
「ミリー、間に合ってよかった」
「アル、父さん、ありがとう。ラウルが助かってよかった」
アルフレッドはミュリエルをきつく抱きしめる、ミュリエルは握りしめていたフォークを手放した。アルフレッドの背中に手を回して目をつぶる。
「ああ、ミリー。無事でよかった。本当に。心配したよ……」
「ごめんね。護衛を怒らないでね。護衛がいなくても何とかなるって、私がいい気になってたの。もうこれからは、護衛なしでうろつかないから」
「うん、そうしてくれると嬉しい。みんなミリーに何かあったら死ぬつもりでいたから。僕も……」
「はあ、ラウルもアルも護衛も、簡単に命かけすぎ。私は大丈夫だから」
ミュリエルはアルフレッドの頭を優しく撫でた。
「領地に戻ったら、人質がとられても戦える方法を考えよう」
「そうだね。すぐには帰れそうにないけど……」
「ああ、皇帝ヤッちゃったから、後始末が大変そうだねえ」
「おっ、そうか……。まあ、ヤッちまったもんは仕方ない」
ロバートは抱き合うふたりから離れると、厳しい顔で部屋の奥まで行き、魔剣を握ると皇帝を椅子ごと後ろに蹴り倒した。
「俺の娘に手を出すやつは許さん」
ロバートは淡々と言うと、魔剣を机の布で拭う。
ブルブル震えながら見ていた召使いたちが、ロバートにむかって五体投地をする。
「新しい太陽神王のご誕生、おめでとうございます」
召使いたちは口々に言い、ロバートの足元に這いよった。
「はああ? 俺は太陽神王じゃねー」
ロバートの雄叫びが宮殿に響いた。
これで第二部完結です。第三部はもっとサクッと進められるようにがんばります……。
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