81.ヤル気まんまん
誰よりもミュリエルから遠い場所にいたが、パッパが一番乗りでアッテルマン帝国の港に着いた。ミュリエルの声が聞こえてすぐ乗船できたことと、季節風と海流が有利に動いたのだ。
パッパはアッテルマン帝国には何度も来たことがある。パッパがにこやかに挨拶すれば、大抵の関所は大きく門戸を開く。目的地がどこであろうと、なんとかなるはずだ。パッパはそこは気にしていない。
「さて、どうしましょうか。おそらくアルフレッド殿下がまもなくいらっしゃるでしょう。殿下が最速最短でミリー様を助けられるように、地ならしをしておきましょう」
パッパは金をうまくバラまきながら仕入れをし、人々から情報を集めた。民というのは、上が思う以上に物事をよく見ている。上層部の気持ち次第で生活がガラリと崩れるのだ。何を、誰を見ればいいか、民はよく知っている。
「なんと、大地の女神に祈りを捧げなくなったと。そういえば太陽神への信仰があつい国だなとは思っていましたが」
魚屋の老婆が情けない顔で首を振る。
「おかしな話だろう。太陽だけでは稲も小麦も育たない。そりゃあアタイらは魚食べればなんとかしのげるけどさあ、それでも米とパンと野菜は必要じゃないか」
「そうですとも。太陽神と大地の女神あってこその、我ら大地の子ですとも。ええ」
パッパは何度も頷く。パッパは店の中をグルリと見回すと、壁に吊り下げられた魚に目をとめる。
「そうですね、日持ちする魚が欲しいので、そちらの干物をあるだけいただけますか?」
老婆は顔いっぱいに笑顔を浮かべ、いそいそと干物を紙に包む。
「作物の収穫が悪いってんでさあ、森の娘を探せってなったんだよ。ここからも何人も茶色の髪と緑の目を持つ娘っ子が連れていかれたよ。太陽神王の宮殿にね……。ひどい話だろう」
老婆がヒソヒソと言う。
「だけどさあ、ただ森の色を持つからって、力が使えるわけでもないんだろう。集めたものの、なーんもできんかったってさ。それで、力のある森の娘を他国からさらってこようだなんてねえ。戦争にならなきゃいいけど……」
パッパは難しい顔をした。
「そうですか。森の娘が目的でしたか……」
パッパはしばらく考えると、船で一緒にやって来た荒くれ男たちに声をかける。
「海辺で石を拾って来てください。手で握るのにちょうどいいくらいの大きさがいいですね。なんでもいいですけど、キレイな石があれば、小さくても持ってきてください」
漁港に着いてから暇を持て余していた男たちは、二つ返事で石拾いにむかう。すぐに荷馬車が石でいっぱいになった。
パッパは満足して何度も頷く。
「よし、これでいいですね。おそらく武器は持ち込めないでしょう。石を投げられる人たちが来ることを祈りましょう」
パッパは静かに祈りを捧げた。
***
「いやー、アルの船に合流できてよかった。あのままフクロウで飛んでたら、寝ることもできないからな」
無事にアルフレッドの乗る軍船に合流し、ロバートは少し肩の力を抜いた。今はそれほど揺れないので、気持ち悪くもない。
「フクロウが消えたときは焦りました。お義父さんを連れてくるとは、さすがですね」
アルフレッドは頼もしい味方が来て、焦る気持ちがほんのわずか落ち着いた。
「それで、ミリーとラウルって少年がさらわれたんだな。さらったヤツはぶっ殺していいんだな」
ロバートは肩をグルグル回しながら険しい顔で言う。
「……ぶっ殺すのは……最終手段にしましょう。誘拐を指示した者が誰なのかと、さらった目的がまだハッキリしないですからね」
「そうか、ならぶっ倒すか、ぶった斬るぐらいにしておくか」
シュッ シュッ ロバートは魔剣を砥石で研ぎはじめる。
「人をヤルのは久しぶりだ。魔剣でスッパリ切るか。それとも石でぐちゃぐちゃに潰すか」
ロバートが血生臭い計画を立てるのを、アルフレッドはやや引きながら見つめた。
まあ、ミリーとラウルが助かれば、あとはどうでもいいか。アルフレッドは血みどろの戦いの予感に気を引き締めた。
軍船の指揮官がアルフレッドに声をかける。
「殿下、間もなくアッテルマン帝国の港に着きます。しかし、急いで隠したものの、調べられればローテンハウプト王国の軍船とバレてしまいます」
「ああ、そうだな。少し離れたところから、小舟で上陸するか……。軍船は沖合いで待っていてもらおう」
「はっ」
指揮官は小舟の準備を部下たちに命じる。
「おそらく王都からも応援が来るはずだ。三日たっても我々が戻らなければ、応援部隊と共に攻めこめ」
「御意。殿下、ご武運を」
アルフレッドたちは小舟に乗り込み、港から少し離れたところに向かって漕ぎ出す。犬たちはロバートに命じられ、海に飛び込んだ。
途中まで進むと、陸から小舟がいくつか近づいてくる。アルフレッドは警戒して、剣に手をかける。
「アルさまー、パッパですー」
のんきなかけ声にアルフレッドの力が抜ける。
「あれは、知り合いか?」
ロバートが不審な目でパッパを見る。
「父さん、あの人はドミニクさんの父親だよ。大丈夫、いい人だから」
ハリソンとウィリアムが口々に言う。
「ドミニクさんの父親? あれが? 全然似てないじゃないか……。そういえば婚約式にいたような?」
ロバートは口をあんぐり開ける。
「でしょー、ヴェルニュスには、イローナさんとデイヴィッドさんがいるけど、ふたりもパッパにちっとも似てないよ」
「……苦労したんだろうな」
ロバートは何かを察して、哀れみの目をパッパに向ける。パッパはニコニコしながらロバートに挨拶する。
「ミリー様のお父上のロバート様ですな。いつもドミニクがお世話になっております」
「いやいや、世話になっているのはこちらの方だ。ドミニクさんのおかげで、随分領地が潤ってる」
ロバートの言葉にパッパはますます笑顔になった。一行は無事に港に着いた。パッパは準備万端の荷馬車に皆を案内する。
「アル様、情報を集めてまいりました。アッテルマン帝国の太陽神王、シャルマーク皇帝陛下が黒幕です。森の娘の力を使うため、ミリー様誘拐の指示をしたようです。おそらく、ミリー様と子どもを作るつもりではないかと」
「ぶっ殺す」
アルフレッドとロバートの声が揃った。ハリソンとウィリアムはミュリエルの魔剣を抜いて砥石で研ぎ始める。
「ねえ、早く行って、そいつをギッタギタに切り刻んでやろう」
ハリソンが真っ赤な顔で言う。
「はい、いつでも出発できます。ただし、王宮に入る際は武器を取り上げられてしまうと思うのです。石は集めておりますので」
「よしっ、石があればヤレる」
ロバートは力強く拳を握った。血気盛んな男たちは、荷馬車に乗って救出に向かう。
待ってろミリー、父さんがぶっ殺してやるからな。ロバートは危機が迫る愛娘の無事を祈った。