77.助けるのはどちら
今日は課題の三日目である。昨日、ミュリエルとラウルはああでもないこうでもないと、色々話し合った。今日は領地の人に聞き回るのだ。
「最初に私に聞きに来られるとは……」
ブラッドが困っている。ミュリエルはあっけらかんと言う。
「だって、ブラッドはすごく要領がいいじゃない」
「それで、何を聞きたいのでしょうか?」
「女性の地位はね、ラグザル王国、ローテンハウプト王国、ムーアトリア王国、アッテルマン帝国の順で良かったの」
「意外であった。まさか我が国の女性が最も地位が高いだなんて」
ラウルがポツリとつぶやく。
「それはどのように判断しましたか?」
「うむ、ラグザル王国では女王が何人も出ている。家長を女性がすることもよくある。学園での男女比率も半々じゃ」
「素晴らしい目のつけどころですね」
ブラッドが感心する。
「それで、ラグザル王国で女性が地位が高い理由は、何か思い当たりますか?」
「やはり、ラグザル王国の繁栄を築いたフリーデリカ女王の存在が大きいように思う」
ラウルが考え深げに答える。ブラッドは深く頷いた。
「ああ、確かに。多数の部族を平定し、領土を広げた伝説の女王ですね」
「そうだ。フリーデリカ女王の治世で、女性が家長になることが一気に増えたようだ」
「ほう、それではアッテルマン帝国との違いはなんですか?」
それにはミュリエルが答える。
「アッテルマン帝国は、男尊女卑だよね。一夫多妻制で、男性が外で働き、女性はずっと家にいて家事と育児だけ」
「それはどうしてそうなったんだろう?」
「えーっとね、宗教が原因かなーって思うの」
「ほう」
「アッテルマン帝国も私たちと同じで、父なる太陽を信じているの。でもビックリするぐらいに、母なる大地は信じられてないんだよね。なんでか分からないけど」
「ふむ、おもしろいな。ラグザル王国ではどうですか?」
ブラッドは興味深そうに目を光らせると、ラウルに尋ねた。
「ラグザル王国では、逆に母なる大地への信仰が強い。フリーデリカ女王の頃からそうなったようだ。その頃から、ラグザル王国では、民は大地の子ではあるが、太陽の子ではないと思っている」
「ビックリだよね。意味分からない。父なる太陽って祈ってるのにね」
ミュリエルが呆れたように首を振る。
「『父なる太陽、母なる大地、我ら大地の子』我らは大地の子であるが、太陽の子とは言っていない。母なる大地は母だが、父は誰だか分からない。むしろ、父親はどうでもいいといった感じなのじゃ」
「フリーデリカ女王は、たくさんの愛人と子を成されましたね? その関係でしょうか」
「余もそう思う」
「政治と宗教は影響し合う、えーもっと踏み込むと、利用し合うところがありますからね。いいと思います。宗教と政治と女性の地位、なんらか関係がありそうです。その線で調べてみてはいかがでしょう」
「うむ、そうしよう」
ラウルは手帳に書き込んだ。
「ひとつ助言をさせていただきます。ムーアトリア王国は北と南で全く別の国のようと言われていました。その理由も追求するとおもしろそうですよ」
「分かった、ありがとう」
「さすがブラッド。なんでも知ってるんだね」
「いや、なんでもではないけど……。本を読むのが好きだから」
ブラッドは照れ臭そうに笑う。
「そっかー、ありがとう。また相談させてね」
「ああ」
ミュリエルはラウルと歩き出す。
「じゃあ、元ムーアトリア王国の人たちに聞いてみようか」
「そうしましょう」
「なんだか、今日は人が少ないね。あ、そっか今日は麦踏みの日だから、みんな畑にいるんじゃないかな」
城壁内は閑散としている。ラウルは目を瞬かせた。
「麦踏みとは何ですか?」
「えーっとね、麦が手の平ぐらいの高さになったらね、葉っぱを踏むんだよ。そうするとね、根が強くなって冬を越せるぐらい強くなるの」
「鍛えて傷つくと強くなる筋肉と同じですね」
「そう、ラウルもいっぱい踏まれて強くなりなさい」
「はいっ、ミリーお姉さま」
ふたりは犬を一匹お供に連れて、のんびりと畑に向かう。のどかな秋晴れだ。
「あれ、荷馬車が来ますね。行商人でしょうか?」
ラウルが遠くを指差す。
「本当だ。イローナのパッパかな?」
ふたりは道の端に寄って、荷馬車を待つ。御者が帽子を取ってにこやかに挨拶する。
「こんにちは。ひょっとして、ミリー様とラウル様ですか?」
「そうだよ」
ミュリエルはニコニコして答える。荷馬車は速度を落とした。
「ワウッ」
犬がミュリエルを押し倒す。
「なっ」
ミュリエルは潰れそうになった。必死で犬の下から這い出す。
「ラウルッ」
ラウルがぐったりして、男たちに荷馬車に積み込まれている。御者が座ったまま言う。
「ミリー様、荷馬車に乗ってください。大人しく乗っていただければ、ラウル様の解毒剤を差し上げます」
「キュウーン」
犬がうずくまったまま息を荒げている。
「何をしたっ」
「何、毒の吹き矢をふいただけです。ミリー様は犬にかばわれましたが、ラウル様はいくつか当たりましたね。このままなら一時間後には死にます」
御者はニヤニヤと笑う。
「犬の分の解毒剤を寄越せ。その効き目があれば、大人しく乗ってやる」
「ふむ、まあ、いいでしょう」
御者はガラス瓶を投げてよこした。ミュリエルは受け取るとフタをはずす。
犬は呼吸が荒く、目の焦点が合っていない。
「これを飲め、いいな」
ミュリエルは強く犬に言うと、口を大きくこじ開ける。喉の奥に手を突っ込んで、ガラス瓶の中身を注ぎ込む。ミュリエルはさっと腕を抜くと、犬の口を閉じた。犬は少し暴れたが、しばらくすると呼吸が安定してくる。
「生きろ。そしてハリーとウィリーに伝えろ。フクロウと犬たちに私たちの後を追わせるんだ。いいな」
ミュリエルは犬にささやくと、頭をひと撫でして立ち上がる。
「ラウルの解毒剤を寄越せ」
御者は肩をすくめると、もうひとつガラス瓶を投げる。ミュリエルはガラス瓶をしっかり握ると荷馬車に乗る。ラウルは縛られて横たわっている。
ミュリエルはラウルに駆け寄ろうとして、そこで意識を失った。
しばらく続きますが、ハッピーエンドです。