74.気軽なピクニック
「今日は天気がいいのでピクニックをします」
ミュリエルが朝食の席で重々しく告げた。
「みんなね、働きすぎだと思うの。ちゃんと休まないとダメだよ」
アルフレッドとブラッドがうつむく。
「それにね、アルとラウルは遊びを知らずに育った気がするから、ちょっと心配」
アルフレッドとラウルは顔を見合わせて、肩をすくめる。
「今日は森で一日ダラダラと過ごします。イローナも商品開発を考えるのは禁止」
「ええー、アタシの生きがいなんだけどー」
「ちゃんと休んでね、頭をのんびりさせないと、いいものは生まれないと思う」
イローナは口を尖らしたが、渋々頷く。
「今日は護衛も給仕もなし。みんな一日自由に過ごしてください。犬たちとフクロウがいれば大丈夫だから」
ジャックとダンとダイヴァは困った顔をし、ラウルの侍従はオロオロしている。
「料理人もお休み。あ、パンとジャガイモとかはもらって行くけど。肉は私とハリーとウィリーで適当に狩ってくるから、それを焼いて食べればいいからね」
ハリソンとウィリアムは気軽に、いいよーと言っている。ふたりにとっては故郷での日常だ。なんということもない。
「小さい子どもたちも連れて行こう。そうすれば、お母さんたちがゆっくりできるでしょう」
ジャックとダイヴァはやや困惑しながらも、料理人や護衛、お母さんたちに知らせに行く。
カゴに敷物や水、食器類、パンと野菜や果物を入れて、ぞろぞろと城塞を出る。外には歩ける年齢の子どもたちが集まっている。ミュリエルは子どもたちを手際よく犬の背に乗せる。
「さあ、あとは私たちに任せてね。大丈夫、子どもの面倒を見るのは慣れてるから」
お母さんたちは不安そうだが、何度もお礼を言って部屋に戻っていく。
「森の中に入る前に、みんなしっかりズボンの裾を靴下の中に入れてね。もうこの時期なら大丈夫だと思うけど、マダニに噛まれると大変だからね」
ミュリエルは子どもたちの足元を確認する。
「マダニに噛まれるとどうなるの?」
イローナが不安そうに聞く。
「人によってはすっごく腫れるよ。熱が出る人もいる。噛まれない方がいい。長袖長ズボン、ズボンの裾は靴下とブーツで覆えば大丈夫。まあ、マダニが出るのは春と夏だから、念の為だよ」
イローナが少しホッとした表情をする。
森のそれほど奥ではない、川の近くの少し開けたところでミュリエルは足を止めた。
「ここがいいかな。獲物もさばけるし、焚き火もできるし、森で遊べるし」
ミュリエルは敷物をいくつも広げて、端っこを石でおさえる。ハリソンとウィリアムはテキパキと石と小枝を集め、焚き火を作った。
「ハリーとウィリーで何か狩ってきてもらえる? 犬も二匹なら連れて行っていいから」
「はーい」
ふたりは犬に乗ると森の奥の方に入っていく。
「じゃあ、森の中で遊ぼうか」
「私は焚き火を見ていますよ」
デイヴィッドは敷物の上に寝転ぶと焚き火に小枝を投げながら、ボーッとしている。じい先生はブラブラと川を見に行き、イローナとブラッドは顔を見合わせてデイヴィッドの隣に座る。
「アタシたちもここでのんびりしてるね」
イローナの言葉にミュリエルは手を上げて答えると、子どもたちを連れて森に入る。アルフレッドとラウルはとまどいながら、ミュリエルについて行く。
「じゃあ、みんなで木の実を集めようか。今ならどんな木の実が取れるか知ってる人ー?」
「ドングリー」
「栗ー」
「クルミ!」
「松ぼっくり?」
「そうだね、秋は色んな木の実が取れる。動物にとって一番ありがたい時期だよ。たくさん集めよう。まずは、ふたりひと組になって。はい隣の子と手を組んで。よし、いい? 絶対にふたりで手をつないでいてね。そして、私が見えるところにいること。できるかな?」
「できるー」
「ミリーお姉ちゃんが見えるところにいるね」
ミュリエルは微笑むともう一度念を押す。
「そう、たまに顔を上げて、私がどこにいるか見るんだよ」
「はーい」
子どもたちは手をつないでワラワラと散らばる。夢中で木の実を拾ってはポケットに詰め込む。犬たちがのっそり歩き子どもたちの周りを見回る。
「さあ、アルとラウルも拾って。そういうの、したことないでしょう?」
「確かにないな」
「うむ、余も初めてじゃ」
ラウルはとまどいながら、腰を落としてドングリを拾う。
「ドングリにも色んな形があるんだね」
アルフレッドがドングリを手のひらにいくつも並べて、しげしげと眺める。
「そう。ドングリって言ってるけど、色んな木の実なんだ。ちょっと長細いのが、ミズナラと、コナラ。丸っこくて帽子がモサモサしてるのが、カシワ」
ミュリエルがドングリを一つひとつ指しながら説明する。ラウルが目を丸くして聞いている。
「ドングリの帽子はかわいいな」
ラウルは帽子ばかり拾い始めた。
「そうなの。ドングリの帽子ってかわいいよね」
ふふふっとミュリエルは笑う。
「ドングリは食べられるの?」
アルフレッドはドングリを割って、中身を観察する。
「うーん、食べようと思えば食べられるけど、すごく渋いよ。だったら、ドングリ食べたリスを食べる方がいいよ」
「そうか」
「ミリーお姉さま、これは食べられる?」
ラウルが栗を持ってきた。
「うん、この栗は食べられる。おいしいよ。よく似てるけど、こっちは食べられない。カスターニエとかトチの実って言うの。カスターニエは丸っこくて、栗は三角っぽいね」
「トゲトゲが少し違うのだな」
ラウルが外殻のトゲを指で触って考え深げに言う。
「そうだね、栗のトゲトゲは茶色くて硬い。カスターニエのトゲトゲは緑色でそんなに硬くないんだ」
「では、余は食べられる栗を集めよう」
ラウルはせっせと栗を集めては、ミュリエルのカゴに入れにくる。
「ミリーはこうやって育ったんだね」
アルフレッドがまぶしそうにミュリエルを見る。
「そうだね。子どもって何かを集めるのが大好きなの。秋になるとドングリ拾って一日遊んでたよ」
「そうか。僕は本を読んだり、剣術や乗馬をしていたな。たまに兄上と盤上遊戯をしたり。あれは戦術を学ぶのにいいから」
「うーん、それは遊びとは言わないよね。どっちかというと訓練じゃない」
ミュリエルは口をすぼめる。
「そうだね、王族に遊び時間は必要ないと教えられてきた。常に学び続けるべきだと」
「それは、とても立派だけど……。遊びを知らないと、ダメだと思うな」
「そうだね。自然の中で遊びながら、植物や動物のことを知るのは大事だね」
「うん……。そこまで何かを学ぼうとしなくていいと思うけど」
ミュリエルは少し困った顔をする。
「楽しいんだよ、森は。ほら、こうやってブランコもできる」
ミュリエルはパッと垂れ下がったツルに飛びつくと、ブラブラと揺れ、勢いをつけて次のツルに飛び移る。
「はははは、すごいなミリーは」
「ばあさんたちに、この子猿姫さまってよく言われたよ」
アルフレッドとラウルは恐る恐るツタにぶら下がる。子どもたちもすぐにキャッキャと笑いながらツタによじ登った。ミュリエルは皆の周りを飛び回り、子どもたちのツタを揺らしてあげる。
ひとしきりツタで遊んだあと、ミュリエルが皆に言う。
「お腹が空いたでしょう? ごはんにしよう。ハリーとウィリーがもう焼いてくれたみたいだよ」
肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってくる。集めた木の実をカゴに入れ、皆で焚き火のところまで戻る。
「やあやあ、ご苦労」
ミュリエルがハリソンとウィリアムの頭をモシャモシャにする。
「もー、やめてよー」
ふたりはイヤがるがミュリエルは気にしない。
「熱いからね、フーフーしてゆっくり食べるんだよ」
ミュリエルは子どもたちに串肉を渡しながら注意する。子どもたちはしばらくフーフーしたあと、そっと指で触って熱さを確かめ、あとは夢中でかじりつく。
「はい、アルとラウルも食べて。いっぱい遊ぶとごはんがおいしいよ」
ラウルはとまどいながら串肉を色んな角度から見る。子どもたちがかぶりついている様子を見て、ラウルは思い切ってかじってみる。ラウルはモグモグして目を丸くする。
「おいしい。熱々でおいしいです」
ハリソンとウィリアムが得意げに胸をそらした。
「パンに挟んで食べてもおいしいよ」
ミュリエルは丸パンにナイフを入れ、上下で半分に分ける。パンの間に肉を挟み、ガブリと食べる。アルフレッドも真似をして、肉を挟んだパンを食べた。
ハリソンは焼いたジャガイモを焚き火からほじくり出し、皆のところに転がしていく。
「ジャガイモもおいしいよ。すごく熱いから冷まして食べてね」
子どもたちが熱い熱いと大騒ぎしながらジャガイモの皮をむき、塩をかけて食べる。
「これが本当のピクニックか」
アルフレッドはミュリエルを見て言った。
「そうだね、ピクニックってこれぐらい気軽でいいと思うよ」
アルフレッドはミュリエルをギュッと抱きしめた。
「ミリーと出会ってから、毎日が楽しい。僕の前に現れてくれてありがとう」
ミュリエルは笑いながらアルフレッドの頭をもみくちゃにする。
「これから寒くなるまで週に一回ピクニックしようね」
ラウルと子どもたちが歓声を上げる。いつまでも寒くなるな、ラウルは心の中で祈った。