73.書類仕事の真髄とは
今日は書類仕事について学ぶ日である。少し緊張したブラッドがミュリエルとラウルに教えてくれる。アルフレッドとじい先生とイローナが遠巻きに見学しているので、ブラッドは非常にやりにくそうだ。
「書類仕事といっても多岐にわたるので、まずどこの領地でも一番重要な税金について説明します」
ブラッドが黒板に大きく税金と書く。
「それでは、ヴェルニュスの年間の税収はどれぐらいですか、ミリー?」
「げえっ……えーっとですねえ。きっと故郷と同じぐらいだと思うのですよ……。一世帯あたり金貨五十枚ぐらいだと思うのね。そうすると200世帯ぐらいだから、金貨一万枚ぐらい?」
「考え方はほぼ正解。実際は世帯数はもう少し多くて、税収は半分ぐらいになりそうかな。今までは飢え死に一歩手前ぐらいだったからね。産業もないし農産物もほぼないし、納めるものがない状態」
「そうなんだ……。早く手工芸が復興ができるといいね」
ミュリエルがグッと手を握って力強く言う。
「さて、ヴェルニュスは手っ取り早く、収入の半分を税金で納めてもらいます。ミリーの故郷もそうだよね?」
「そう。ややこしいのは無理って父さんが言ってる」
「そう。税金の取り方は色々あるけど、重要なのは年収の半分を超えて徴収するのはよろしくない。なぜでしょう?」
「民が反乱を起こすから?」
ラウルが言った。ブラッドは満足そうに頷き、黒板に民の反乱と大きく書く。
「その通りです。各国の歴史を振り返ると、税金は四割から六割が妥当です。五割を超えてくると、民の反乱を招くと歴史が物語っています。ですので、ローテンハウプト王国では税金は五割以下と法律で決められています」
「ほえー、ブラッドってそういう知識はどこで得たの? あったまいいねー」
「学園の授業で習ったよね。ミリーも聞いてたはずだけど?」
「えっ、あらー、あはははは」
ミュリエルは笑ってごまかした。授業の記憶はほとんどない。
「各国、いかに税金を搾り取るかに注力しており、国によっておもしろい税がたくさんあります。分かりやすいところで人頭税、土地税、財産税、相続税、水車などの施設使用税。このあたりはよくあります」
「うむ、聞いたことがあるな」
ラウルがカリカリと手帳に書き込みながら言う。
「商人に課せられる売上税、旅行者などが払う通行税、流通商品に課せられる関税なども有名ですね」
遠くでイローナが頷いている。
「悪評が高い税の例をあげると、窓税、暖炉税、死亡税、結婚許可税、教会税などですね」
「窓税って何?」
「戦費を稼ぐために、ある国で実際に施行された税金です。一軒の家の窓の数が七つを超えると、その超過分に税金をかけました」
「ひえー、やりすぎじゃない?」
ミュリエルが顔をしかめて悲鳴をあげる。
「そうです、窓を潰して壁にする領民が続出し、機能しない税金だったそうです」
「バカだね」
「そう、バカな税金は山ほどあります。歴史的に見ると税金は分かりやすい方が、国にも民にもいいのですよ」
「そうだよねー。民の信頼を得るのは時間かかるけど、失うのは一瞬だって、父さんがよく言ってた」
ミュリエルは腕組みをしながら考える。
「ミリーの故郷では納税は現金?」
「現金もあったし、穀物が収穫できたら、それを半分納める人もたくさんいたよ」
「なるほど。それをきちんと管理しないと、民が怒るよね? 払ったもらってない、これほど無駄な争いはありません。そういうことにならないよう、きちんと書類で管理する必要があります。書類仕事の大半は税金の管理と言っても過言ではありません」
ブラッドが黒板に、書類仕事は税金管理と書く。
「ふあー、それは面倒くさそうだね……」
「実に面倒くさい。読み書きと計算のできる人間はとても大事です。書類仕事の真髄は、後でもめないように、証拠を複数保管することと考えればいいでしょう」
「そっかー、よく分かった。税金の書類で父さんがせっせと印章押してたのはそれかー」
「そうです。印章は証拠としての信憑性が高いですね。税金をいつ、いくら、誰がどのように納めたか、同じ内容を二枚の紙に書きます。それを二枚並べて、真ん中に印章を押す。そうすれば、いざというときお互い持っている書類を並べて、印章がピタリと合えば、正しい書類と証明できます」
「そっかー、あれ、でもうちの領民はさあ、書類失くしそうで怖いって言って、大体父さんが両方の紙を保管してるよ」
ミュリエルが宙をにらんで眉間にシワを寄せる。ブラッドがガックリと崩れ落ちた。
「う、それでは全く意味がない……。まあ、ミリーのお父さんが領民から信頼されているということだね。普通はお互いで紙を保管するんだ」
「そうなんだね。保管場所が大変だね」
ブラッドは気を取り直して、キビキビと続ける。
「領主の仕事は税金を適切に徴収し、集めた税金を的確に使うこと。それさえできれば、あとは些事です。ミリーのお父さんはどうやって税金の使い道を決めてる?」
「うーんとね、父さんが大体これにいくら使いたいってまず決めるでしょう。それを領民で話し合うの。各家からひとりずつ会議に出て、みんなであーだこーだやるんだよ。年に二回ね。私も出てたけど、まあ大変だよ」
「それは、またすごい特殊な事例が出たな……。それは領主と領民に信頼関係がきちんとできていて、領民が少ないからこそできることだね。世帯数が五百を超えてくると、もう無理じゃない?」
ブラッドは瞬きを繰り返す。そんな領主の話は聞いたことがない。
「そっかー、そうなんだね。確かに五百人と話し合ったら、なんにも決まらないね」
「そう、人数が増えると色々難しくなる。そうなると、適切に代官を雇わないと」
「へー」
ブラッドが代官と黒板に書く。
「世帯数が二百ぐらいなら、世帯主の顔も名前も分かると思う。でも、五百を超えると難しい。だから、住んでる場所で百人単位ぐらいで区切って、町長なんかを配置すればいい。そうすれば、ミリーは町長と信頼関係が築ければいいんだ」
「そっかー、人多くなると大変だね」
「優秀で信頼できる部下をどれだけ確保できるかが肝だよ。大抵の税金の横領は、信頼できない部下がするからね」
「うむむ」
「税金が正しく使われないと、民が不満を持って反乱につながる」
「大変だね……」
ミュリエルとラウルが頭を抱えた。
「民が不満を持ってくると、領主はあの手この手で民をなだめるんだ。さあ、どんな手があるでしょう?」
「ラグザル王国では戦争だな」
ラウルがあっさり言い、ブラッドが息を呑む。
「う、その通りです。いきなり最終手段が出てしまった……。戦争は民の意識を敵に集中できるので、古今東西の為政者がやりがちです。勝てば領土が増えますしね。負けると地獄ですが」
「うちの父さんは、お金が余ったらお祭りとかしてたよ」
ミュリエルはのほほんと言った。
「素晴らしい、最高の為政者です。お祭りはとてもいい手です。おいしいものがお腹いっぱい食べられて、領主と距離が縮まれば民の不満はたいてい解消できます」
「わー父さんってもしかして、いい領主?」
「規模の小さい領地だからうまく行っているという面は大きい。とはいえ、ミリーのお父さんは素晴らしい領主だよ。誇っていい」
「えへへ」
ミュリエルは満面の笑顔になった。ラウルは難しい顔をしている。
「余は戦争という手段は取りたくない。祭り以外にいい方法はないだろうか?」
「小さいことからコツコツとです。税金を民のために使う。無駄遣いはしない。それの繰り返しですよ。ローテンハウプト王国でやっている事例で参考になるかもしれないのは……」
ブラッドがチラリとアルフレッドを見る。
「王族の人気をうまく作ることです。基本的に王族は美男美女で構成されていますね。美しい王が、国で一番の美女を娶るのです。美が集結したのが王族です。ラウル殿下も、将来は美丈夫におなりでしょう」
ラウルが恥ずかしそうに鼻をポリポリとかいた。
「姿絵を売り出すのはいい手です。王族の逸話を吟遊詩人に語らせたり、絵本や本にして広めてもいい。ちなみに、アルフレッド殿下はローテンハウプト王国とラグザル王国の姿絵売上、不動の一位だそうですよ」
「ええっ」
ミュリエルがアルフレッドを凝視する。アルフレッドは少し居心地悪そうに苦笑する。
「民に不満が増えれば、王族がバルコニーでお手振りをすればおさまります」
「ひょえー」
なんか、生々しいことを聞いてしまった。ミュリエルは青ざめた。ラウルは困った顔をしている。
「余の姉上たちは美しいが、素行が悪いのだが……」
「そうですね、例えばジャジャ馬という方向で売り出せばいいのでは? ジャジャ馬王女の痛快活劇など、人気が出そうですね」
イローナの目がギラリと光った。
「そうか。姉上たちの素行は見直してもらいつつ、ジャジャ馬活劇の方向で動けないか父上に相談してみる。ありがとう、ブラッド」
「よろしければ、私の方で作家と絵師に書かせますわ」
さりげなくイローナが寄ってきた。
「うむ、ぜひ頼みたい。父上を説得するにも、実物があると早いからな」
「お任せくださいませ」
イローナがにこやかに微笑み、北のどこかでパッパが何かを感じとった。
ローテンハウプト王国とラグザル王国でジャジャ馬王女姉妹の冒険活劇が流行る、かもしれない。