71.好きな人はどうやって
最近朝ごはんはどんどん大所帯になっている。
ミュリエル、アルフレッド、ハリソン、ウィリアム、イローナ、ブラッド、デイヴィッド、じい先生とラウルだ。給仕はジャックとダンとダイヴァとラウルの侍従がしてくれる。
ラウルが集めてきた卵を焼き、ミュリエル曰く贅沢な白パンと紅茶だ。ラウルがラグザル王国で食べていた朝食に比べると、とても質素だ。でも味はここのほうがおいしいと、ラウルは思う。
「好きな人はどうやって見つければよいのだ」
朝っぱらからラウルはめんどくさい質問を投げかける。
「年頃になったら自然と見つかるんじゃないのー」
ミュリエルは適当に返事をする。
「ミリーお姉さまとアルお兄さまはどのように出会ったのです?」
「アルが森の中で猪に襲われかけているところを、私が助けたんだよねー」
ミュリエルが渾身のドヤ顔をきめる。
「まったく参考になりません」
ラウルがしょげる。
「イローナとブラッドは学園の同級生。いいよねー、そういうのも。ラウルも学園行ったら出会うんじゃない」
ブラッドとイローナがウンウンと頷く。
「じい先生は?」
「親が決めた相手ですな。貴族はたいていそうでしょう」
「余は自分で結婚相手を見つけたい」
「じゃあ、やっぱり学園じゃない? ラグザル王国にも学園あるんでしょう?」
「いや、余はローテンハウプト王国の学園で、ローテンハウプトの女性を射止める」
「ははあ、じゃあやっぱり森で猪から助ければいいんじゃない」
ミュリエルがいい加減な助言をする。
「ローテンハウプト王国の女性は森にいるのですか?」
「いや、普通はいないな」
アルフレッドが苦笑する。
「大丈夫だラウル。相手を見つけるのに大事なのは、地位と顔だ。ラウルは王子だし、見た目もよい。断るのが大変なほどモテるだろう」
アルフレッドの言葉にミュリエルは若干引いた。
「なんだか身も蓋もないこと言ってる……。ジャックは結婚してるんだっけ?」
「いえ、私はまだ。殿下の結婚が決まるまでは、私も結婚するつもりはありませんでしたので」
「えっそうなの。あらー」
ミュリエルが目をパチパチさせる。
「殿下の侍従ともなると、殿下目当てで近寄る女性が多いでしょうね」
ブラッドがポツリとつぶやく。ジャックはニコリと笑ったが何も答えない。
「ダンは?」
「私は結婚に興味がありません。幸い、遊び相手には困ったことがありませんので」
ミュリエルは慌ててウィリアムとラウルの片耳をふさいだ。
「こらこらー。困りますよー。変なこと教えないでくださーい。デイヴィッドさんは?」
デイヴィッドが無表情に答える。
「私はそろそろ結婚したいと思っています。私の笑顔で動揺しない女性が現れれば、その方と……」
デイヴィッドが花がほころんだように笑った。
カチャーン ガラガラガッシャーン
皆がスプーンやカップを取り落とす。イローナが呆れた顔でとがめる。
「兄さんやめなよ。笑うのは家族の前だけにしてって何度も言ってるでしょう」
皆動揺して目が泳いでいる。ラウルはデイヴィッドに釘づけだ。
「ラウル、戻ってこい。そっちの道に行く気か」
ミュリエルがラウルの肩をつかんでグラングラン揺らす。
「はっ、美しいものを見て息が止まるかと思いました」
ラウルが真っ赤な顔をしてモジモジしている。デイヴィッドは真面目な顔をしてラウルを見つめる。
「殿下、私の恋愛対象は女性です。殿下も後継ぎが必要なお立場でしょう。女性がよろしいと思いますよ」
「はははははいいぃぃ」
ダイヴァが慌てて窓を開けて、妖艶な空気を入れ替える。ミュリエルがデイヴィッドを見ながらため息を吐く。
「デイヴィッドさんが一番大変かも……」
「そうなのよー。兄さんと母さんはねー、外では絶対笑っちゃダメなの。ひどいことになるから」
イローナがしみじみと言った。
「パッパは大丈夫なの?」
「父さんは母さんにベタ惚れだけど、割と冷静だよね。父さんも昔は美形だったらしいから、耐性があるんじゃないかな」
イローナが考えながら答える。ミュリエルはパッパが美形だった頃を想像してみた。無理だった。いや、お腹をシュッと引っ込めて、髪を増やしてみては……。ダメだった。
「ブラッドはイローナのどこが好きなのだ?」
ラウルが無邪気に聞きにくいことを聞いてくる。
ゴフッ ブラッドが盛大にむせて、イローナが背中を叩いている。
「ゴホッ、私は、その……。いつもチャキチャキしっかりしてるイローナが好きで……。それで、ミリーが領地に戻ったときに泣いているイローナを見て、なんか、こう、かわいいなと思って……」
「ほわあーー」
ブラッドとイローナは真っ赤になり、チラチラお互いを見る。ミュリエルは感嘆の声を漏らした。
「いいわあー、胸がキューンってキューーーンってしたあー」
ミュリエルが身もだえする。
「ミリーお姉さまは、アルお兄さまのどこが好きなのですか?」
ミュリエルが真顔に戻った。
「ラウル、あんた……。すごいこと聞くわね」
「ミリーお姉さま、胸がキューンってするのをお願いします」
ラウルが生真面目に言い、皆が聞き耳をたてる。
「うっ、それは……。ええええええーーー。それは、まあ、すごくキレイな顔だし、背も高いし、お金持ちだし……」
「キューンとしません」
ラウルはがっかりし、アルフレッドの顔は心なしかこわばっている。
「うっ、私のために、そのー、石投げで獲物を捧げてくれたでしょう。ううう、真っ白で柔らかい手だったのに、すっかり狩人の手になったでしょう。それが嬉しかった。あと、私が普通じゃないことしても笑って許してくれるでしょう。あと、一緒にいると安心する……」
ミュリエルは突っ伏し、アルフレッドはミュリエルの頭にキスをする。
「うむ、少しキューンとしました。アルお兄さまは、ミリーお姉さまのどこが好きなのですか?」
「それは……あとでミリーにだけ言うよ」
アルフレッドが柔らかく笑い、ラウルは頬を赤らめた。
「ローテンハウプトの男性は美しすぎるから困ります」
皆が笑った。和やかな朝食だった。
ラグザル王国ではいつもひとりで食べていた。ずっとここにいたい。ラウルは強く思った。