7.その人は……
「どう、このスカート」
イローナが直してくれた、ひざちょっと上のスカートで、ミュリエルはくるりと回った。
「いい、すごくいい」
「美脚」
「切れてる!」
「かわいい」
「ひざ下が異常に長い」
「似合ってる」
教室の生徒が褒めたたえる。
「えへ」
ミュリエルが照れた。
「昨日考えたんだけど」
浮かれてるミュリエルに、ブラッドが冷静に紙を渡す。
「ミリーは騎士専攻の男子生徒にも目を向けるべきだと思う」
「え、でも領民はみんな戦えるから、騎士は間に合ってるんだけど?」
「騎士の中にも、応急処置から派生する医療技術を学んでいる者もいる。下級騎士の中には測量や土木に詳しい者も。そういう生徒の名前を書いておいた」
生徒たちから拍手が起こった。主に男子生徒から。
「ブラッド、ありがとう。なんて頭がいいの。ぜひうちの領地に……」
「私は王都で官吏になりたいからね。昨日も言ったけど、ミリーの領地にはいけないからね」
ブラッドは食い気味に念を押した。
「そ、そっか。分かった。そしたら騎士も尾行してみるね。ありがとう」
善は急げと、ミュリエルは授業のあと、早速訓練場に向かった。
クリス先生の指導の元、木剣での対戦が行われている。ミュリエルは急いでブラッドにもらった紙を見る。残念ながら、誰が誰やら分からない。ミュリエルは大人しく見学することにした。
二十人ぐらいの生徒がいるが、ミュリエルの見たところ、突出して強いのは三人だ。三人は順調に勝ち進んでいる。
短髪でにんじんのような髪をした筋骨隆々の男子と、小柄だが体の切れが良い黒髪男子の対戦になった。
黒髪男子が優勢に見える。黒髪は素早い身のこなしでにんじんを翻弄する。ブオン、ブオンとにんじんの木剣が宙をむなしく切っさばく。
あれ、当たったら吹っ飛ぶだろうな。ミュリエルは首をすくめた。
黒髪が低い位置で鋭く木剣を水平に斬る。にんじんは足の裏で木剣を跳ね飛ばすと、頭上高くに振り上げた木剣を黒髪の背中に叩きつける。
ドンッ 鈍い音がしたあと、黒髪がゆっくり地面に沈んだ。
「勝者、ネルソン」
クリス先生が叫び、にんじんは軽く拳を握った。
ふぅー ミュリエルは張り詰めていた息を吐く。
戦いは力が全て、そう思い知らされるような対戦だった。ミュリエルはどれだけ鍛えたところで、にんじんほどには筋肉はつかない。力押しでくる相手にどう対応するかは、女であるミュリエルにとって大きな課題だ。
次はにんじんと、金髪のキレイな顔をした男子の対戦だ。金髪はとても気持ちのいい剣筋をしている。ミュリエルは好感を抱いた。
小さい頃から毎日ひたすら訓練したんだろうな、そんなまっすぐな剣だ。
(にんじんは疲れてるのか?)
なんだか動きが鈍い。連戦で勝ち進んできたから、疲れが出てるのかもしれない。
「ネルソン、手加減はするな」
金髪が澄んだ声で言った。
にんじんは一瞬動きを止めたが、そのあとは怒涛の勢いで木剣を振るう。重く速い木剣を、金髪はすんでのところで避ける。だが、徐々に追い詰められ、最後は木剣を弾き飛ばされた。
「勝者、ネルソン」
わっと歓声が上がる。
ミュリエルはブラッドの紙を広げた。ネルソン、ネルソン、ネルソン……載ってない。残念、にんじんには婚約者がいるのだろう。にんじんに領地に来てもらえれば、魔獣との戦いに、もう少し工夫ができるかもしれないのに。
ミュリエルは立ち上がると、パンパンっとスカートの土ぼこりを払った。
「ミリー、見学か?」
顔を上げるとクリス先生がそばに来ている。
「あ、はい。ブラッドが騎士専攻の婿候補を挙げてくれたので、見にきました」
「おお、なるほどな。ちょっと見せてみろ。……ブラッド、あいつ……」
クリス先生が紙を見て苦笑する。
「なんですか?」
「いや、渋い人選だと思っただけだ。それで、誰か気になる生徒はいたか?」
「えーっと、あのネルソンって人はここに載ってないので、婚約者がいるってことですよね?」
「そうだな。それに、ネルソンは伯爵家の嫡男だから、婿入りはできないよ」
やはりデキる男は売約済み。みんな抜け目ないよね。
「やっぱりそうですか。そしたら、金髪と黒髪はどうですか?」
「……金髪ってまさかとは思うが」
「はい、あの人です」
ミュリエルはまっすぐ金髪を指差した。
瞬時にクリス先生がミュリエルの手をはたき落とす。
「ミリー、あのお方はヨアヒム第一王子殿下だ。自国の王子の顔は覚えておきなさい」
ものすごい小声で言われた。
「ひっ、やっちゃった」
「いや、気づかれてはいない……と思う。以後気をつけろ。俺をクビにする気か」
「ごめんなさい」
「いいから、目立つ前にもう行きなさい」
ミュリエルはそそくさと訓練場を後にする。
大分離れてからホッと力を抜く。危なかった……。あとでブラッドとイローナに、知っておくべきエライ人を聞こう、ミュリエルは決心する。
それにしても、あれがヨアヒム第一王子殿下か。ああいう剣を振る人が、次期国王というのは、いいかもしれない。
ミュリエルは少し気持ちが明るくなった。上に立つ人次第で、国は荒れも栄えもする。賢王が立ってくれれば、ミュリエルの領地も安心して日々の暮らしに集中できるではないか。
ヨアヒム殿下を支えよう。ミュリエルは心の中で誓った。