表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

69/305

69.新たな訪問者

「たのもー」


 ヴェルニュスにバカ殿、いや、若殿がやってきた。


「ラウル・ラグザル、ラグザル王国の第一王子、十二歳じゃ。しばらくここで世話になる。苦しゅうない」


 ものすごく煌びやかな衣装をまとった、黒髪のお坊ちゃんがふんぞり返っている。


「えーっと、なんでラグザル王国の人は、約束なく勝手に来ちゃうのかな?」


 ミュリエルは、浮世離れしたお坊ちゃんを前に目を白黒させている。


「ローテンハウプト王国からの許可書と、父上からの手紙を持ってきたぞ。読むがいい」


 お坊ちゃんの侍従が、うやうやしく手紙をミュリエルに渡す。


「はあ」


 ミュリエルは手紙を開けてじっくりと読む。美辞麗句がふんだんに使われているけど、つまるところはおそらく……。


「えー、お坊ちゃんを鍛えてやってくれってことかな?」


 ミュリエルは手紙をアルフレッドに渡す。アルフレッドはざあっと手紙と許可書を見て頷く。


「ラグザル王国は内政が苦手だったが、次代はなんとか内政を整えたい。自分たちの教育ではバカばかりに仕上がるので、助けてください。お金払いますからー。という感じか。すごいな、よくここまで他国に内情をぶちまけられるものだ」


 アルフレッドは呆れたような感心するような、複雑な表情を見せている。侍従は恥ずかしそうに、ラウルはあっけらかんとしている。


「父上はすごいのじゃ。政敵は皆殺しじゃ。もはや国には、はい陛下、そうですね陛下、その通りです陛下、というヤカラしか残っておらん。好き放題やり放題じゃ。しかし、このままでは国が潰れると慌てていらっしゃる」


「はあ」


 バカなのかな? ミュリエルは漏れそうになった言葉をグッと飲み込んだ。


「第四王女のルティアンナ姉上が、ローテンハウプト王国の学園に留学中だ。未来の王太子妃ルイーゼ嬢にビシバシしごかれておるそうだ。余も負けてはおられぬ、さあ、ビシバシしごいてくれ。このままでは、ルティアンナ姉上に王位を取られてしまう。さあ、さあ」


「えー、めんどくさい。うちに何の利点があるっていうのよ」


 ついにミュリエルの口から本音がこぼれ落ちた。


「金なら払うぞ。それに、隣国同士、仲良くしている方がよいであろう? ラグザル王国はすぐに暴力で解決しようとするからな。わははは」


「むー」


「まあ、ラグザル王国の次期王がルティアンナ王女殿下になるか、ラウル王子殿下になるかは分からないが……。今から交流を持っておくのは悪くない。幸い、レイチェル王女よりは話が通じるようだし」


 アルフレッドはまんざらでもなさそうだ。


「ルティアンナ姉上と私は側妃の子なのだ。レイチェル姉上を筆頭に正妃の娘三人はバカたれだから、王位を継ぐことはない。しかし、父上はまだまだ子作りするつもりじゃ。余もウカウカしておれぬ」


 ラウルは国家機密を堂々と披露した。アルフレッドは聞かなかったフリをし、ミュリエルは頭を抱える。


「でも、鍛えるって何をどうすれば? 私だって書類仕事はこれからアルに教えてもらうつもりなのに」


 ミュリエルは不安でしょうがない。


「兄上が、王都で暇を持て余してる老師をここに派遣してくれるそうだ。ラウル殿下に帝王教育を施してもらおう。ミリーも一緒に勉強すればいいよ。知ってて損はないからね。老師が来るまでは、ミリーやハリーと冬支度をしてもらえばいいよ」



 ラウルは目をキラキラさせて、アルフレッドとミュリエルを見ている。ミュリエルは腹をくくった。幸い、ミュリエルは姉としての経験が豊富だ。年下男子を絶対服従させるのは慣れている。



「よし、お前のことはこれから、ラウルと呼び捨てにする。いいな」


 ミュリエルはポケットからクルミをふたつ取り出した。不服そうなラウルのソコをじっと見つめ、クルミを手のひらの上でカラカラと回して見せる。


「ふんっ」


 ミュリエルはクルミを右手の中で粉々にした。ミュリエルはパラパラパラーっとクルミを床に落とす。視線はラウルのソコに向けたままだ。


「私のことは、ミリーお姉さまと呼べ。いいな」

「はいっ、ミリーお姉さま!」


 ミュリエルに下僕がひとり増えた。ラウルとラウルの侍従は内股になってプルプル震えている。


 ジャックが苦笑しながら、クルミのかけらを片づける。アルフレッドは、早まったかと少し思ったが、気にしないことにした。血気盛んなラグザル王家の男を玉無し、いや、腰抜けにするぐらい、たいしたことではない。将来の戦の芽を摘むのは、早いに越したことはないのだから。

 


「それでは、ラウル、ついて来なさい。これから領民たちと触れ合いの時間よ。領民は労ってやらねばいけない。こき使って、使い潰すのは以てのほかだよ」


 ミュリエルは早速、姉さん風をビュンビュン吹かす。


「そうなのですか、ミリーお姉さま? 下々の者は気が利かなければ、首にして入れ替えれば早いのではありませんか?」


「それはラグザル王国のやり方なの? 人が豊富にいるからそうしちゃうのかな……。そうだなあ、じゃあニワトリ見に行こっか」



 ミュリエルはラウルをニワトリが放たれている場所に連れて行く。


「ニワトリはいいよー。卵は完全栄養食って言われてるし。いざとなったら鶏肉も食べられるしね。庭に放置してたらいいし、手間がかからない」


 ラウルはニワトリたちに追いかけ回された。つつき回され、小突かれて半泣きだ。


「あーあ、ラウル……。あんたニワトリの一番下っ端に認定されちゃったよ……」


「そ、そんな……。ニワトリごときにバカにされるとは。うぬっ、成敗いたす」


「バカ者。あんた、ニワトリより、領地の役に立ってから言いなさい、そういうことは」


 ミュリエルはラウルの頭をはたいた。


「ニワトリってさあ、完全な縦社会なんだよね。オスが頂点で、朝鳴くのも、ごはん食べるのも、順位が上のニワトリからって決まってるの。でも、オスは群れのメスやヒナたちを、キツネとかから守らないといけない」


「ほう、人間と似ておるのですな」


 ラウルはニワトリから用心深く距離を取って観察する。


「上に立つものは下を守らないと、誰もついていかないよ。上は赤ちゃんを守らないと。一番庇護されるべき立場だから。弱いものを排除するのは簡単だけど、それだと誰もついていかない」


「なるほど……」


 ラウルはその日はずっとニワトリを見ていた。ミュリエルもつきあって、あれこれ質問に答えてあげる。


「動物というのはおもしろいものですな、ミリーお姉さま。余もせめてニワトリのオスぐらいには強くなりたいものです」


「そうだね。ここには色んな動物がいるから、よーく見るといいよ。動物はとても頭がいいからね」


「はいっ、ミリーお姉さま」



 ハリソンとウィリアムは物陰からこっそりふたりを見ていた。


「あいつ……チョロいな」

「あれで王子って、ラグザル王国大丈夫なのかな?」

「まあ、戦争はイヤだから。ミリー姉さんにしっかりシツケてもらおう」

「そうだよね。男子を手懐けることにかけては、ミリー姉さんは領地で一番だったもん」

「なんだろう、ミリー姉さんには絶対逆らえないってあの感じ。領地の男子は産まれたときから刷り込まれてるよね」

「姉ってそういう存在らしいよ」

「理不尽だよね」

「そのミリー姉さんをうまく操るんだもん。アル兄さんはすごいよ」


 チョロいラウルのおかげで、ふたりの弟たちからのアルフレッドの評価が、また上がったのであった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 目を離さないで潰す…!! きっとこれが肝。子供男子なんてそれされたら瞬時に縮みますもんね。 ヤベーかっこいい。 役に立ってから言えって強いね…男子には特によく効く言葉かも。 ミリーがホントに…
[一言] そうそう姉って生き物は理不尽なんですよ 妹の私が怖がりだと解っていて部屋を真っ暗にして怪談を始めたり(逃げられないように姉が部屋のドアに寄りかかっている) お化け屋敷に無理矢理連れて行ったり…
[良い点] 私の弟も、姉がいるうちの旦那も「姉と言うのは最強に理不尽な暴君である」「生理中の姉への対処は地雷原を歩くが如し」と言って固く握手してました。 弟という生き物はどんなに体が大きくなっても小さ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ