68.ランタン祭り
「今日は聖マルタンのランタン祭りですよ」
ミュリエルとアルフレッドが朝ごはんを食べていると、ダイヴァが言った。
「ああ、カボチャ食べる日だね?」
「カボチャは、王都では食べないなあ」
今日はイローナとブラッドも一緒に朝ごはんを食べている。都会育ちの三人は、カボチャは食べないようだ。
「カボチャくり抜いて、中にロウソク入れて、子どもたちが家を回る日だよね? お菓子くださーいってやる日だよね? くり抜いたカボチャが大量に出るから、しばらくカボチャづくしなんだよねえ」
「へー、王都ではランタンは親が作ったり、買ったりだね。カボチャは使わない」
イローナの説明にミュリエルは目を丸くする。
「ヴェルニュスではどうなの?」
ブラッドがダイヴァに聞く。
「ヴェルニュスでもカボチャは使いません。代々家に伝わるランタンを使います。お菓子くださいって子どもたちが家々を回るのは、同じです。そのあと、人型のパンとガチョウを食べます」
「王都では人型のパンは食べるけど、ガチョウは食べないな」
ブラッドが興味深そうに言う。
「アルはどうだった?」
黙って皆の話を聞いているアルフレッド、ミュリエルが聞いてみる。
「聖マルタンの日は家族で一日行動を共にする日だった。朝から教会で、秋の恵みに感謝の祈りを捧げる。その後は、孤児院や病院などを慰問する。聖マルタンという聖騎士が、貧しい人に自分の着ていた赤いマントを半分に切って渡したという逸話が元になった祭りだから」
そういえばそうだった。父さんが農耕馬に乗って、赤いマントを民に渡す一場面を楽しそうにやってたっけ。ミュリエルはカボチャに追いやられていた大事な逸話を思い出した。
「夕方にはバルコニーに立って民に挨拶。夜は窓越しに、子どもたちがランタンを持って、街を歩くのを見ていたよ。聖マルタンの日は、父上と母上と長く一緒に過ごせるから好きだったな」
静かに微笑むアルフレッドを見て、ミュリエルは胸を締めつけられる気がした。距離の遠い親子だなあとは思っていたけど……。王族って大変だな。
「じゃ、じゃあ、今日はヴェルニュスと王都とうちの故郷の伝統を混ぜて、みんなで楽しもうね。アルと私はカボチャのランタン持って、子どもたちとお菓子くださいって回ろう。きっと楽しいよ」
ミュリエルはフクロウにガチョウを獲ってきてと頼む。地下の貯蔵庫から手頃なカボチャを持ってきた。
台所に寄って、カボチャを切るための長いナイフを貸してもらう。
「カボチャは硬いですから。私たちが穴をあけましょうか?」
「大丈夫、慣れてるからね」
心配する料理人たちをなだめつつ、大きな鍋にカボチャとナイフを入れて運ぶ。
食堂には話を聞きつけた子どもたちが集まっている。ハリソンがたくさんカボチャを持って来てくれた。
「せっかくだからみんなでやろうか。楽しいよ。でもカボチャは硬いからね、気をつけるんだよ。ハリー、みんなに見本見せてあげてよ」
「いいよー。カボチャの上のヘタ部分は硬いからね、底を開ける方が簡単。底に丸くナイフで穴を開けるんだけど、いきなりやっても無理だからね」
ハリソンはカボチャの底に何箇所かナイフを刺す。
「ナイフをまっすぐ刺しこむだけ。それなら難しくないでしょう。開けた穴同士をつなぐように切っていくと簡単に穴が開くよ」
アルフレッドと子どもたちが危なっかしい手つきでカボチャに穴を開けるのを、ミュリエルとジャックはハラハラしながら見ている。ハリソンはのほほんと笑っている。
「みんな、初めてにしては上手だよ。僕なんかよく手を間違って切ったもんね。穴開けられた? 底の部分にはあとでロウソク乗っけるから、捨てないでね」
ハリソンが皆のカボチャを見て回る。
「次はスプーンで中身をくり抜くんだよ。中身は後で食べるから、鍋に入れてね」
ハリソンがみんなにスプーンを渡す。
「中身がくり抜けたら、目と鼻と口を開けよう。好きな形にしたらいいよ」
ミュリエルはこの工程が大好きなので、さっさと穴を開ける。
「できたー。すっごいかわいいー」
ミュリエルが力作のカボチャを皆に見せびらかす。皆固まって、何も言わない。
「あれ、よくできたと思うけど。かわいくない?」
「か、かわいくはないけど……。すごく強そう……」
「泥棒よけによさそうです」
「悪霊も裸足で逃げ出すわね」
ブラッドとダイヴァはためらいがちに、イローナはばっさりと割とひどいことを言った。
「ほら、みんなに気をつかわせちゃダメだよ、ミリー姉さん。姉さんのカボチャはいつも禍々しいんだよね。性格が出るのかな」
ハリソンの言葉に皆が遠慮がちに笑う。ミュリエルはハリソンのこめかみを両手でグリグリする。
「痛い痛い。でも、悪霊を追いやって、秋の収穫を祝うんだから、ミリー姉さんのカボチャが由緒正しいカボチャだよ。さすが姉さん」
「ま、まあね。ほら、かわいいだけだと悪霊を祓えないから。ふふっ」
ミュリエルは分かりやすく機嫌を直した。
「できた」
皆の会話に混じらず、一心不乱にカボチャをくり抜いていたアルフレッドが誇らしげにカボチャを見せる。
「か、かわいい〜」
「これ、売れるわ」
「悪霊に連れ去られそうな愛くるしさ」
「やっぱり性格が出るんじゃ……」
ハリソンの頬をミュリエルがぐいぐい引っ張る。
底の部分にロウソクを置いて、カボチャにはめこみ、持ち運びしやすいようにヒモをかければ完成だ。ミュリエルの強そうなカボチャと、アルフレッドのかわいらしいカボチャを並べて置く。
アルフレッドが嬉しそうなので、ミュリエルはやって良かったなと思った。
「カボチャは小麦粉を混ぜて、人型に焼いてもらおうね。石塚に捧げたら、大地の神が喜ぶよ」
ダイヴァがミュリエルの言葉に頷き、カボチャの中身を鍋に集めると台所に持って行く。既にクッキーは小分けにしてあるし、小麦の人型パンも焼き終わっている。でもカボチャの人型が増えれば子どもたちは喜ぶだろう。ダイヴァは料理人たちにカボチャを渡して、ミュリエルの言葉を伝える。
料理人たちは小麦粉を取って、ニコニコと請け負ってくれる。
夜になるとカボチャのランタンに火を灯し、子どもたちと歌いながら歩く。
『ランタン、ランタン。お日様、お月様、お星様。燃え上がれ、燃え上がれ。私の大事なランタン。
ランタン、ランタン。お日様、お月様、お星様。暗くなれ、暗くなれ。とてもキレイね、ランタン。
ランタン、ランタン。お日様、お月様、お星様。消さないで、消さないで。あなたの顔が見えない。
ランタン、ランタン。お日様、お月様、お星様。明るいね、明るいね。いつでもそばで照らしてね』
「ランタンを持って歩くのは初めてだ」
アルフレッドは楽しそうにミュリエルの手を握ってゆっくり歩く。
「私たちの子どもには色々なことをさせたいな」
ミュリエルはアルフレッドを見て小さな声で優しく言う。
「そうだね……。僕は自分の子ども時代が不幸だったとは思ってないよ。ミリーは心配してくれてるみたいだけど」
「あ、そうなの、ごめん。寂しかったのかなって勝手に思っちゃった」
ミュリエルは慌ててワタワタした。
「僕にとってはあれが普通だったから。父上と母上にはあまり会えなかったけど、兄上がいたし、それにジャックもいたし」
「そっかあ」
「ミリーの家族を見ると、こういう家族もいいなあとは思うけどね。だからといって、自分が不幸だとは思ってないよ。ミリーもそうでしょう?」
「ん? 何が?」
「ミリーは砂糖はほとんど食べられなかったし、裸足だったよね。でも、それが普通だった。不幸だとは思ってないでしょう?」
「うん、確かに。他に楽しいことがいっぱいあったからね」
「それと同じ。僕も家族の距離は遠かったけど、でも愛情は感じたし、幸せだったよ。心配しないで」
「そっか、そうだよね。なんか、ごめんね……」
「謝らないで。ミリーに心配されると嬉しい」
アルフレッドの笑顔にミュリエルの心配が消えてなくなった。
石塚の近くで焚き火がパチパチと音を立てている。お菓子も人型パンもカボチャパンも用意されている。ガチョウは台所のかまどで焼くと、油の掃除が大変らしいので、焚き火でこんがり焼かれている。
皆で石塚に捧げ、今年の豊作への感謝と、来年の収穫へのお願いをお祈りする。
アルフレッドのことをもっと知りたいな、ミュリエルは焚き火を見ながら思った。