67.冬を迎える準備
ミュリエルは久しぶりにイローナと散歩している。イローナは何かと忙しくてなかなか、つかまらないのだ。
「最近ゴホゴホしてる人が多いよね」
「夜が寒くなってきたからね。寒くなると、風邪ひくよね」
「温かくして寝るのが一番だよね」
「そうねえ。蜂蜜なめると喉の痛みにいいって聞くけど」
ミュリエルが難しい顔をする。
「蜂蜜か……」
「そういえば、ここでは養蜂はやらないの? そんなに難しくないんだよね? アタシは本で読んだ知識しかないけど」
「うーん……。養蜂とキノコには手を出すなって、父さんとばあちゃんが言うんだ」
イローナが大きな目をさらに見開く。
「そうなの? へーなんでだろう」
「小さい蜂ならかわいいけど、どデカい蜂が来たら対処できんって父さんが震えてた」
「…………」
「なんとか仕留めたところで、食べ方が分かんないし。ヤリ損だって」
「…………」
「確かに、モソモソしてそうだよね」
「ひっっ」
どデカい蜂を想像してイローナはプルプル震える。
「やっぱりどうせ狩るなら、獣の方がいいもん。虫はさー、ちょっとさー、見た目がねー。きっと食べたらおいしいんだとは思うけど……。他に食べるものがあるなら、何もわざわざ虫を食べる必要はないと思うんだよねー。イローナは虫食べてみたい?」
イローナはブンブンと首を横に振る。
「食べたくないっ。アタシは野菜と肉があればそれで十分満足っ」
「でしょー。父さんは虫も食べられるけど、母さんがイヤがるから食べないよ。口からみょーんと虫の足とか出てたらイヤじゃない」
イローナが顔を青くしながら懇願する。
「ミ、ミリー、この話はもうやめよう。ね、砂糖はたくさんあるから、蜂蜜はいらないから」
イローナは必死で別の話題をふる。
「キノコって難しいの? アタシは買ったキノコしか食べたことないけど」
「キノコは難しいよ。まずさあ、キノコ取りに行くのも大変なわけよ。ばあさんたちが、素手でキノコは触るなってうるさいの」
ミュリエルが眉間にシワを寄せて力説する。
「へーそうなの?」
「触っただけで死ぬ毒キノコもあるんだって。だから、キノコ取るときは、手袋して、口に布当てるの」
「そうなの」
「それで、色々よさげなキノコ取るじゃない。で、戻ってキノコ専門のばあさんに見てもらうのね」
「キノコ専門のばあさんがいるんだ」
どんなばあさんだろう、イローナは想像するけどよく分からない。
「そう、半端な知識だと、領民全滅だからね。信頼できる、キノコ道何十年の専門家に見てもらわないと」
「すっごい大変だね……」
「カゴに山盛りキノコ取って、ばあさんに見てもらうじゃない。どんどん捨てられるの。とにかく少しでも怪しいと思ったら、ばあさん捨てるから。ばあさんがイケるって確信がもてるキノコって数本なのよ」
イローナはすっかりキノコ狩りに興味を失った。
「ええー割に合わない」
「そうなの、だから誰もキノコ取らないよ。キノコ食べた猪狩る方が簡単だもん」
「そっかー、気軽に八百屋で買ってたけど、キノコって大変なんだね」
「イローナも森でキノコ見つけても、触っちゃダメだよ」
「うん、ひとりで森に行ったりしないし、キノコは触らないから大丈夫」
今度はミュリエルが質問する。
「ブラッドと仲良くしてるの?」
「仲いいよ。ブラッドはアル様にこき使われてるから、あんまり会わないけど」
「そ、そっか。いずれ結婚するんだよね?」
「そうね。母さんが結婚式の衣装を選んでるから、来年じゃないかな。あの人、王都にある全ての衣装を見て選ぶって息巻いてるから」
「へ、へー、それは……終わりが見えないような……」
王都にある全てのドレス……。目が疲れそうだ。ミュリエルは遠い目をする。
「いいのいいの、母さんは買い物が趣味だからね」
「イローナのお母さんは、こっちに来ないの? ここらへんが故郷なんでしょう?」
「うーん、母さんは王都が大好きだからなあ。ここが王都並みに栄えたら来るかもしれない。田舎はもうこりごりなんだって」
「そっかー、それはまだまだ先だね。あれ、ダイヴァがいる。ダイヴァー」
下を見ながらのんびり歩いていたダイヴァが、ミュリエルの声に顔を上げる。
「あら、ミリー様にイローナ様。お散歩ですか?」
「そうなの。ダイヴァも散歩?」
「はい。最近子どもたちの間で風邪が流行っているので、なにかいい薬草でも生えてないかと思いまして。石塚のあたりにたまにいい薬草が生えているらしいので」
「へーそうなんだ。私は薬草には詳しくないんだ。ハリーは詳しいから、ハリーに後で聞いてみたら?」
「はい、聞いてみますね」
ダイヴァが薬草を布に包んでポケットに入れる。
「子どもが風邪を引くと親にも移っちゃうからねえ。困るよね」
「子どもは寝返りが激しいですから。私の息子も小さいときはしょっちゅう、掛け布団を蹴飛ばしていました。布団をかけ直すために私も何度も様子を見に行って」
ダイヴァが懐かしそうに笑う。ミュリエルは不思議に思って聞き返す。
「ん? このあたりの子どもは掛け布団で寝るの? 寝袋じゃなくて?」
「掛け布団です。寝袋とはどのような?」
「寝袋って、綿入りの袋みたいなの。あったかいよ。私の故郷ではね、赤ちゃんから五歳ぐらいまではみんな寝袋で寝るの。寝相が悪いと掛け布団から出ちゃうからね。イローナは?」
「アタシはずっと掛け布団だったと思うけど……。寝袋かあ。そういえば農家とかは、家の作りがちゃちいから、隙間風があるのよね。農家では寝袋で寝てるって聞いたことがあるような……。寝袋作ってみる?」
「うん。簡単だから、やってみようか。ワンピースを二枚重ねて中に綿を詰めて、裾を全部縫いつけて袋みたいに閉じちゃえばいいだけ。袖はなくてもいいしね。子どもは寝返りうっても寒くないし、お母さんは掛け布団をかけ直しに行かなくて済むよ。」
ミュリエル、イローナ、若いお母さんたちで小さな子どもたちの寝袋がせっせと縫われた。
子どもたちは相変わらず風邪は引くが、お母さんたちは元気になった。
「夜心配で何度も起きて布団をかけ直してたんです。すぐ隣で寝てるからすぐかけ直せるんですけどね。でも朝まで気にせずぐっすり寝られると、すごく体が楽です」
「よかったねえ」
ミュリエルとイローナはニコニコしている。これからますます寒くなる。領民皆がぬくぬくと寝られるなら、それは素晴らしいことだ。
薪も十分に乾燥させたものが、城塞内に積み上がっている。ハリソンの指導の元、じゃがいもも順調に育っている。
無事、冬を迎えられそうだ。ミュリエルは少し肩の力を抜いた。最初の冬を、死者を出さずに乗り越えること。それが父さんとばあちゃんから言われた助言だった。そうすると、領民の信頼を得られ、領主としてやりやすくなるらしい。
ハリーにウィリー、故郷の男たちが来てくれて助かった。アルは頼りになるけど、農業や城壁修理は専門外だ。ミュリエルひとりの手では限界がある。
ミュリエルはふと思いついてアルフレッドに声をかける。
「ねえ、アル。冬の間に、書類の書き方とか、確認方法とか教えてくれる?」
「いいよ。そんなに難しくないから、ミリーならすぐできるようになるよ」
「えー本当?」
ミュリエルは信じられない。あまり学業には自信がないのだ。
「一番大事なのは、信頼できる文官がいるかどうかだよ。僕がいちから書類書いたりしないからね」
「そっかあ」
「冬の間に、僕に農業のこと教えてくれる? 春になったら農作業が増えるよね?」
「うん、分かった。農業についてはハリーが詳しいからね。ハリーにも言っておくね」
結婚相手がアルでよかった。ミュリエルはしみじみと思った。
冬はもうそこまで来ている。