表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

66/305

66.祈る人


「ボリスさん、これ」

「デイヴィッド、どこでこれを?」

「散歩してたら道に落ちてました」

「落ちてましたって……。最高級の陶石……」

「これもミリー様の、いや、石の神のお力なのでは?」



 ここでは不思議なことが日常的に起こる。なかなかおもしろい。ローテンハウプトでは目に力の入っていなかった職人たちが、ここに来てからは生き生きとしている。


 私は職人を見ているのが好きだ。無から芸術を作り出す魔法の手。私たち家族にはないものだ。その代わり、私たちはいい目を持つ。


 父さんはいい目と、必要なときにその場に居合わせる能力がある。イローナは新商品のひらめきがあり、ドミニクは人たらしだ。それぞれ得意分野がある。


 私は誰に売れるか分かる目を持っている。仕分けは私の仕事だ。


 職人の手が作品に命を吹き込む瞬間を見るのは楽しい。最後のひと削り、追加のひと針、迷いなく加えられるひと筆。職人は完成の瞬間が分かるようだ。終わった、そう聞こえるらしい。


 

 オモチャ職人のヨハンは、ウィリーと一緒に木のオモチャを作っている。ろくろを使って大きな木をグルグル回し、ノミを色んな角度で当てて削っていく。薄い削りカスがハラハラと床に落ちる。



「これで出来上がりだ。こうして薄く切っていくと、牛がたくさんできる。同じ型のモノを大量に作るには、ろくろが最適だ」


 ヨハンの説明をウィリーは真剣な目をして聞いている。


「これに彩色する。今日は練習だから、好きなように塗りなさい」

「はいっ」


 ウィリーが顔や手に絵の具をつけながら、口を尖らせて牛を塗っている。


 (迷いなく塗るんだな。あらゆる牛の模様が頭に入っているんだろう)


 ウィリーが塗る様子を後ろからそっと見守る。ヨハンも横目でチラチラ見ていたが、満足そうにしている。筋の良い弟子を持てて嬉しそうだ。



 出来上がった大量の牛を、三人でじっくり眺める。


「ウィリー、いくつか特別な相手に売りたい。取っていいかい?」


 私が尋ねると、ウィリーは目を丸くする。


「売れるの、これが?」


「売れるよ。そうだな、これと、これと、あれと……。この三つは特別に良くできている。これを欲しがりそうな良家のお嬢さんを知っている。売れたら特別手当てを払うからね」


「どうしてその三つ? こっちの方が顔がかわいいと思うんだけど」


 ウィリーがひとつの牛を手に取って、私の手の中の牛と見比べる。



「それは、説明が難しいな……。多分言っても伝わらないと思うが、この三つは比率が最適なんだ」


「比率?」

「黄金比とも言われている。完璧な調和があると、美しいと感じるんだよ」

「……よく分からない」


 ウィリーの眉間にググッとシワがよる。



「分からなくていい。職人はそんなこと気にせず、好きに作るべきだ。狙ってできるものでもないし、狙うとあざとさが出てよくない。気にしないでいい」

「でも、売れるならそこを目指すべきでは?」


 なんと言えばよいだろうか。私は少し考えをまとめる。


「実に難しい問題だけど……。黄金比は一定の審美眼を持っている人にしか、良さが分からないかもしれない。多くの人は、美しすぎるものには恐れを抱く。少し崩れている方が、愛嬌があって好かれるんだ。さっきウィリーが言った、顔がかわいい牛もそっちだ。オモチャ店で手に取られやすいのは、その顔がかわいい牛だよ」


「難しいね」

「だからこそ私のような商人の出番だ。職人は気の向くまま、好きなものを作ればいい。その作品を見極め、適切に売るのが私の仕事だ。安心して任せてくれたまえ」


「そっかー。分かった。高く売って来てください」

「任せなさい」


 ウィリーがニコニコする。


 私はウィリーの頭をポンポンと叩くと、工房を出てまたブラブラ歩き出す。




 画家のユーラが、石投げをするミリー様を取りつかれたように素描している。そのふたりを、アル様が微笑みながら見ている。



 アルフレッド王弟殿下。ローテンハウプト王国とラグザル王国での姿絵売上、不動の一位だ。長年に渡って衰えることのない人気。


 アルフレッド殿下は黄金比ではない。笑うときに右側の口がやや大きく上がる。鼻もほんのわずか右に曲がっている。だが、それがいいのだ。それこそがアル様の魅力だ。そこがなければ、完璧すぎてここまで人気は出なかっただろう。


 黄金比は美しいが記憶に残りにくい。絶妙な揺れ、それが人の目をとらえて離さない魅力だ。


 私と母さんは、黄金比だ。美しいが、人間味がない。昔からそう言われてきた。イローナは黄金比ではない。目が大きすぎ、口は口角が上がりすぎている。だからこそイローナはかわいい。人間は人形ではないのだ。愛嬌がある方が人に好かれる。


 私と母さんは黄金比を見分けるのが得意だ。小さいときから黄金比の自分の顔を見慣れている、当たり前だ。他の人には簡単ではないらしい、大人になって気づいた。私の目は、この仕事に最適だ。



 ユーラが素描を終えて、仕事場から銅板画を持ってくる。ユーラは天才なので、何ででも描ける。水彩画、油彩画、木版画、銅版画。なかでも、ユーラの銅版画は非常に人気がある。何を刷ったのか興味が湧いて、近寄る。


「ほう、これは……。控え目に言って、傑作だな」


 私の言葉にユーラが嬉しそうに笑う。



 石塚の前で剣を掲げるミリー様の後ろ姿だ。少しこちらを振り返った表情が素晴らしい。朝日と石塚の光の違いがよく表現できている。そばに控えている巨大なフクロウも、神話の一幕のような神秘性を出すのにひと役かっている。



 しかし……。私はしばし考え込んだ。


 私が黙り込んでいる間に、ミリー様を崇めたてまつるふたりの男の間で、幼稚な戦いが繰り広げられている。



「だから、言い値で買うといっている」

「いえ、原版は売れません」

「この絵を流通させることは反対だ」

「なぜです。全ての民が、ミリー様の神との邂逅を知る権利がある」


 ミリー様は何度か口を挟もうとするが、諦めたようだ。私の方を見て、助けて欲しそうにしている。


「おふたかた、落ち着いてください。私もアル様の意見に賛成です。これは世に流通させるべき絵ではありません」

「デイヴィッド、お前……」


 ユーラが怒りをこめた目で私を見る。


「この絵は刺激が強い。下手に狂信的な宗教家の目に触れると、とんだ言いがかりをつけられかねない。一見すると、ミリー様を神と持ち上げているように受け止められる」


「…………」


「だからといって、この傑作を埋もれさせるのも悲しい。どうだろう、教会に飾るというのは?」


「それだ」


 アル様とユーラが手を取り合う。


「いや、それこそ不信心だって怒られるよね」


 ミリー様の声はそっと聞き流された。


「神に祈る民の絵、とでも下に書いておけばいいのですよ」


 私の言葉にユーラが力強く頷く。


「実は銅版画はまだまだまだまだある」

「全て飾りましょう」

「そうしよう」


 ミリー様を置き去りに、教会での絵の永久展示が決まった。



 後日、ボリスの家族がヴェルニュスに到着した。呆然としてへたり込むボリスと、大騒ぎする職人たち。笑い合う領民。


 少し離れたところで、静かに祈るミリー様。


 ユーラの描いた『祈る人』と『祈りの手』の銅版画は、彼の代表作となり全世界で売れに売れた。


 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 私も他の女の子の顔はみんなそれぞれ良さがあって、みんな可愛いって思ってるんですけど 最近、自分の顔の欠点がどうしても気になっちゃってて悩んでいたところでした。 この話で黄金比じゃないから…
[気になる点] ユーラがユーラーに変わってるのはゴーダーと混ざったのかな?
[一言] こういう銅版画確かに売れるんだよな~というのは歴史的に見て正しいのでありそう…めっちゃありそう。 それにしてもカローナの家族のスキル凄いな。兄と母の審美眼、ちょっとこわいくらい。見込んだ人が…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ