65.最高級の陶石を求めて
元ムーアトリア王国は最南のヴェルニュスから、最北のタヘリンまで伸びる長細い国だ。ローテンハウプト王国とラグザル王国の間に位置する。
ローテンハウプト王国にとって元ムーアトリア王国は、侵略拡大を図るラグザル王国の間の壁として、大変ありがたい存在だった。
今パッパはイェルガという陶石の採掘が盛んだった土地にいる。
「この辺りは飢饉の影響もほぼなく、住民の数が減っていないはずなのだが」
すごく寂れている。ローテンハウプト王国から、主要都市に代官が派遣されているが、まだまだ手が回っていないようだ。
「ラグザル王国も、人手のいる場所では男を生かしていたと聞いたが……。やはり虐殺されたのだろうか」
パッパは護衛と共に、小さな食事処に向かった。
「いらっしゃい」
まったく歓迎されてる風でもない態度で迎えられた。
「こんにちは。この辺に来るのは久しぶりです。この店のオススメは何ですかな?」
パッパはニコニコと無愛想な女店員に聞く。
「オススメも何も、うちの店にあるのは、ひき肉団子入りスープ。それだけだよ」
「では、それをふたつ。ビールもふたつね」
パッパは金貨を一枚渡した。
「釣りはいりません。あとで手が空いたときに、この辺りのことを教えてください」
「へえ、おじさん、気前がいいじゃないか。いいよ、どうせ暇なんだ。いくらでも教えてあげるよ」
パッパと護衛は、カチカチのパンをスープに浸しながら食べる。素朴ながら温かく塩気の強いスープは、疲れた体に染み渡る。
女店員は手早く皿やガラスを洗うと、エプロンで手を拭いて隣の席に座った。
「で、何が聞きたいの?」
「実は私、ヴェルニュスから来まして。ヴェルニュス出身の人を、どなたかご存知ではないですか?」
「ヴェルニュスに三十歳以上の男はいないはずだけど?」
女店員は不信感をあらわに、パッパの全身をジロジロ観察する。
「私はローテンハウプト王国の商人なのです。ヴェルニュスの新領主と面識があるので、今はヴェルニュス復興のお手伝いをしているのですよ」
「ふーん。……ヴェルニュスって今はどうなってるの?」
「新領主の元で、日増しに良くなっていますよ。手工芸も再開し始めました。人手が足りないのですよ。だから元ヴェルニュスの領民には戻ってもらいたい。それで探しに来ました」
女店員は気乗りしない様子で話を聞いている。
「手工芸って、職人がいなきゃ話になんないだろう?」
「何人か生き残っている職人がいます。彼らを中心に活動を広げています」
「誰? 誰が生き残ってる?」
女店員が急に身を乗り出した。
「靴職人のハンス、金細工師のマルク、すず職人のハモン、革職人のトビアス、ブリキ細工師のギュンター、画家のユーラ、オモチャ職人のヨハン、オルガン奏者のゲッツ、陶磁器職人のボリス、ガラス細工師のゲオルグです」
「少し待ってて、すぐ戻るから」
女店員は店の奥に行くと、ガタガタ音を立てながら階段を登って行く。しばらくすると、やせ細った老婆を支えながら降りてきた。
老婆はぜいぜい言いながらゆっくり歩くと、パッパの前に立つ。じっとパッパの顔を見ると、小さなかすれ声で言った。
「レオさんかい?」
「そうです。レオです。ひょっとして……ボリスの奥さんのターニャさん?」
老婆は涙をこぼしながら何度も頷いた。
「ということは、君はリオナか。大きくなったね」
「うっそ、本当にレオさんなの? ええ、どうしちゃったの? あんなキレイなお兄さんが……。面影が無いにもほどがあるよ」
「ははは、色々あったんだよ」
「そうか、そうだよね。二十年もたったんだもんね。で、父さんは、元気なの?」
パッパはかいつまんで、これまでのことを伝えた。三人は、泣いたり笑ったりしながら長い間話し続けた。
「リオナの弟のスタンは北に行ったんだね。確か当時八歳だったかな?」
「そう、スタンは殺されずにすんだ。スタンだけじゃない、生き残った住民はほとんど北に行ったよ。漁港なら仕事があるしね。ここはもうダメだ」
リオナが険しい顔で肩をすくめる。
「どうして? 陶石といえばイェルガじゃないか」
「ラグザル王国のやつらが、陶磁器作るのをさっさと諦めたんだよ。だから陶石も必要ないって」
「はあ……だったら何のためにムーア王国を侵略したんだ。まあ、今さら言っても仕方ない」
リオナが冷めた口調でパッパに言う。
「破壊するのは簡単だけどさ、物作りは根気がいるからね。ラグザル王国のヤツらには、根気がないんだよ」
パッパはビールを飲み干すと、両手を軽く打ち合わせた。
「さあ、これからどうしましょうか。ふたりがヴェルニュスに帰るつもりがあるなら、荷馬車を手配しますよ」
「母さんが長旅に耐えられるかな……」
「着いてすぐ死ぬかもしれないけど、死ぬなら故郷で死にたい」
ターニャは弱々しいながらも、しっかりとパッパを見つめて言った。
「なるべく揺れない荷馬車を用意します。ターニャさんはずっと寝てればいい」
「ありがとう、レオさん。こんなところまで探しに来てくれて……。ありがとう」
「こちらこそ、生きていてくれてありがとうございます。私は嬉しすぎて髪が増えそうですよ、はははは」
パッパは泣き笑いしながら頭をツルッと撫でた。
「うーん、そうね……。増えるといいね。昔はステキな金髪だったのにねえ」
リオナがしみじみとした口調で言った
***
パッパはリオナの紹介で採掘現場の責任者ゴーダーに会った。
「陶石にご興味がおありだとか」
青白い顔をしたゴーダーは揉み手をしながらやってきた。売りたくて仕方がないのが全身からにじみ出ている。商人なら失格の態度だ。
「そうなんですよ。ヴェルニュスでまた陶磁器製作を始めるのです。まだ人手は足りないが、ゆくゆくは二十年前と遜色ない規模にまで持っていきたい」
「二十年前!」
ゴーダーの声が裏返った。青白い顔に少し赤みがさしている。
「それはそれは、実現すれば素晴らしいことですなあ。いやはや、ここ何十年と景気の悪い話しかありませんでしてね。久しぶりに威勢のいい言葉を聞いて、動悸が……。うっ」
「これはいけない。さあ、座ってください。ウィスキーでも少し舐めた方がいい」
ゴーダーは長椅子に横になると、パッパの助けを借りてウィスキーを少し舐めた。
「これまでよく持ち堪えてくださいました。大変だったでしょう」
パッパは痛ましい表情でゴーダーを労う。
「そうなんです。全盛期は人であふれたこの街が、今はこんなありさまでしょう。ラグザル王国のヤツらに言われるがまま陶石を掘ったはいいものの、職人がいなきゃ使い道がない。バカな話ですわ。生き残った職人で細々と陶磁器を作ってはいますがねえ……」
「生き残った職人がいるんですね?」
パッパの目がキラリと光る。
「ええ、ラグザル王国も途中で、職人を殺すのは悪手だって気づいたみたいですわ。最初から気づけって話ですけどね。ヴェルニュス以外の土地では、割と男も生きております。私も生かされましたしね」
「それは素晴らしい。職人たちにお伝えください。ヴェルニュスに来てもらってもいい、そこで作り続けてもらってもいい。作品は必ず買いに行きますから」
「それはありがたい。作ったところで売り先がないんで、やる気を失ってる職人が多いんですよ」
ゴーダーが嬉しそうに笑う。
「そうでしょうとも。大丈夫、これから流通網を整えます。元ムーアトリア王国の陶磁器は人気が高い。今でも当時の陶磁器が高値で取引きされています。流通さえできれば、きちんと売れますから。好きな物を作るようお伝えください」
「レオさん……。ありがとうございます。あなたは救世主だ」
「はははは、救世主はヴェルニュスの新領主ミリー様ですよ。さあ、体調が大丈夫なら、陶石を見せてください」
ゴーダーはパッパを倉庫に連れて行く。
「やることないんで、等級毎の仕分けと洗浄も済んでます。低等石の鉄分も取り除いてます」
パッパは整然と分けられた陶石を見て感激した。
陶石は鉄分含有量が低いほど高級だ。特等石は真っ白で、高級白磁の原料となる。四等石になるとやや赤みのある色合いだ。特等石からできる白磁は、光沢のあるやや青みがかった白色に仕上がり、日の光を通す薄くて繊細な品になる。
各国の王侯貴族に愛用される逸品が間違いなくできる。パッパは白光りする特等石を見て確信した。
「全て買いましょう」
「は、ええ? えー、特等石を全てということでしょうか?」
「いやいや、全てです。四等石には四等石の良さがあります。庶民向けには強度の強い四等石の方が、使い勝手がいいですからな」
「ええええええ、莫大な金額になりますよ」
「大丈夫です。ああ、ただ、そうですね、一括で購入となるとお互い大変ですよね。ゴーダーさんも継続的に収入がある方が安心でしょう。他の商人や業者の買う分も残してあげないと……。独り占めは陶磁器市場によくない」
パッパはしばらく宙を見ながら考えていた。
「とりあえず、全等級を半分ずつ買いましょう。手付金は、今手持ちの分で」
パッパは金貨のぎっしり詰まった袋を手渡した。
「残りは大至急、部下に届けさせましょう」
「あああああの、そんなに大量の金貨を持って来られると、不安です。盗まれないか心配で寝られなくなります」
「なるほど……。借金がおありならそれを代わりに返済したりもできますが」
「ありますあります」
ゴーダーは金庫の中から大量の借用書を取り出した。パッパはパラパラっと借用書を確認すると、力強く頷いた。
「部下に対応させます。ご安心ください。ゴーダーさんは、採掘業のテコ入れ、陶磁器職人とのやりとりに集中してください。面倒なことは私どもが、ゴーダーさんは物作りです。よろしくお願いしますよ」
「ありがとう、レオさん。よく来てくださいました」
ゴーダーはパッパの手を握って何度もお礼を言う。
「これから忙しくなりますから。しっかり食べて、よく寝てくださいよ。もう少し太った方がいい。そうですね、私ぐらいまで。はははは」
「が、がんばりますっ」
ゴーダーはたっぷりとしたパッパの腹肉を見て、食事の量を増やすことに決めた。
元ムーアトリア王国の陶磁器文化が新しく花開くまで、あと少し。