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64.選んだ道


「そうか、ヴェルニュスにアルフレッド王弟殿下とご夫人が入られたか」


 ラグザル国王ダビドは部下の報告を聞くと、執務室から全員退出させた。


 棚の奥からひとつのグラスを出す。血のような赤、手に馴染む形、適度な重さ、絶妙な気泡の入り方。ひと目見て気に入ったムーアトリア王国のグラスだ。


 このグラスにラグザル王国の酒精の強い黄金色の酒を注いで飲むのが、ダビドの密かな楽しみだ。


「何をどう間違ってしまったのだろうな、私は」


***

 

 二十年前、ラグザル王国では王位を巡る熾烈な争いが繰り広げられていた。ダビドは長子とはいえ、決して安泰ではない。なにせ、王子八人、王女七人で王位を競うのだ。


「最も国に貢献した者に王位を与える」


 ラグザル王国の国是である。


 ダビドは焦っていた。第三王子が、北の遊牧民族を傘下におさめたらしい。誇り高い騎馬民族で、今まで決して膝を折らなかった。この功績は大きい。


 ラグザル王国は少数民族をまとめ、従えることで成長してきた。内政が得意でないため、民の間では王家への不満が渦巻いている。


 王家への不満をそらすため、ラグザル王国は常に領土の拡大を図る。敵がいれば国はまとまるし、新しい領土が増えればそこから恩恵が得られる。王家の権威は増し、民は大人しくなる。しばらくの間は、だが。



 第三王子を上回る功績を立てなければならない。ダビドはムーアトリア王国の領土を少し削り取れないかと思案する。ムーアトリア王国の工芸技術を手に入れられれば、いまひとつ垢抜けないラグザル王国の工芸品が洗練されるかもしれない。


 何も血生臭い手段を取る必要もない。王族らしく、婚姻によって縁戚関係を結び、穏便に工芸が盛んな領土を持参金としてもらえばよいのだ。


「条件によっては正妃として迎えてもよいな。マリアンヌが猛り狂うであろうが、仕方あるまい」


 美しいが頭があまりよろしくない妻のことは、考えないようにする。



 最低限の兵を連れて、ムーアトリア王国に旅立った。ヴェルニュスでムーアトリア王と交渉するためだ。ムーアトリア王には事前に打診をし、内々で話が進んでいる。現地で詳細を詰め、候補の娘と会うことになっていた。


 

 ヴェルニュスはおかしな空気だった。以前来た時はもっと活気があったが……。精彩を欠く民が目につく。やけに黒衣を着た者が多い。


「誰か亡くなったようだな。この様子だと相当高位の者であろう」


 部下に聞き取りに行かせると、しばらくして青ざめて戻ってくる。


「昨日ムーアトリア王が亡くなったそうです……。後継ぎが決まっていなかったため、急ぎ貴族たちが集まり、次期王を今日選挙で決めると」


「なっ……」


 通りの真ん中で私たちは絶句した。しばし考えを巡らす。私は決断した。


「この国を取るぞ」

「はい、殿下」


 部下たちの目に力がこもった。


 この日、この場所にいる。私は神に選ばれたのだ。



 兵の半分は街中に残し潜伏させる。残りの兵と、城に静かに入った。堂々と歩けば、誰も止める者はいない。選挙のために貴族が集まっているのだろう。高貴な振る舞いをしているだけでよい。


 

「失礼いたします。そろそろ選挙が始まります」


 召使いが呼びに来た。ご苦労なことだ。


 静かに頷いて立ち上がる。


「恐れ入りますが、選挙の場では帯剣は許されておりません」

「それは僥倖。ところで、選挙の部屋はどこだったかな?」

「一階の大広間です。私がご案内いたします」

「いや、それには及ばない」


 部下が召使いの首を折った。


 部屋を出て大広間に向かう。一部の兵には地下の台所に、油と酒を取りに行かせる。


 大広間の前には護衛がズラリと並んでいる。


「火事だー」


 遠くで叫び声が上がった。護衛が顔を見合わせる。


「君たち、半分ほど行って、火事かどうか確認してきてくれないか」


 上位者から命じられることに慣れている護衛は、私の言葉に従い駆け足で立ち去る。



「心配だね……」

「はっ、閣下。すぐに消し止めます」

「頼もしいな。この国の未来を決めてくる。しっかり守っていてくれ」

「はっ、閣下。お任せください」


 護衛たちが敬礼をする。それは、最も武器から遠のく姿勢。


 部下たちが一気に護衛を切った。



 護衛の死体はまとめて小部屋に入れておく。部屋に入ると、貴族たちがあちこちに固まってささやき合っている。


「さあ、選挙を始めましょう。皆さんご着席を願います」


 私がにこやかに声を上げると、貴族たちは顔の汗をハンカチで拭きながら席につく。



「待て、君は誰だ。見たことがないな」


 ひとりの老人が私に問いかける。


「ダビドと申します。次期王を目指しております」

「ははは、大きく出たな。若者はそうでなくてはな」


 居並ぶ貴族たちから好意的な笑いが上がる。


「ありがとうございます」


 私は机に上がると老人に剣を突き立てる。老人を蹴飛ばして剣を抜き、その勢いで隣の老人もあの世に送る。部下が次々と貴族の首を切る。そこからは、ただの作業だった。


 血まみれの剣をカーテンで拭うと、城下のあちこちから煙が上がっているのが見える。


「順調だな」

「殿下、城門を閉めましょう」

「よし、合図を送れ」



 カーテンを引き裂いて、貴族たちの首に巻きつける。外まで死体を引きずり、石壁にぶら下げて行く。全ての貴族を石壁にぶら下げる頃には、城門はしっかりと閉められていた。


 難攻不落の都ヴェルニュス。それは中に入って城門を閉めてしまえば、誰も逃げられず、助けも入れない陸の孤島となる。



「女と子どもには手を出すな」


 私はそう命じると、後は部下に任せた。



***



「お父様、お願いがございます」


 四女のルティアンナが真剣な表情で話しかけてきた。私は黙って頷く。


「ローテンハウプト王国の学園に留学させてください」

「なぜだ」


「彼の国は、我が国と違って内政に優れております。それを学びたいのです」

「ふむ」


「我が国はもっと柔軟に、謙虚に他国の文化を学び、取り入れるべきです。ムーアトリア王国という素晴らしい国を手に入れておきながら、何も得ることはなくむざむざローテンハウプト王国に渡してしまいました」


「確かに」


 ルティアンナは顔を紅潮させながら、懸命に続ける。


「老人たちは、ラグザル王国こそが至高。他国に学ぶことなど何もない、そう言います。ですが、それは間違いです。今、真摯に自国の弱点を見つめ直し対策を講じなければ、我が国は早々に行き詰まるでしょう」


「ほう」


「ローテンハウプトに行かせてください。そこで学び、ラグザル王国をわたくしの手で変えてみせます」


「分かった」

「……え?」


「分かったと言った。留学の手配をしてやる。しっかり学んでこい。ただし、机上の空論にならぬようにせよ」

「はいっ」


 ルティアンナの後ろ姿をじっと見つめる。



「私もそうするべきだったのでしょうか……神よ」


 長らく祈ることもなくなった神に、久しぶりに問いかける。答えなどある訳もない。血塗れの王はとっくに神の加護を失っただろう。


 ルティアンナが統治しやすいよう、国を整備し直すか。それがせめてもの償いになるかもしれない。



 ダビドは赤いグラスを棚の奥に戻した。


 



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― 新着の感想 ―
[一言] 若者の愚かさに多くの悲劇が起きた訳か
[一言] なるほど…こんな経緯が…
[気になる点] はじめから、血なまぐさいことは考えてなかったのね。でも、運良く?運悪く? チャンスがあって悪魔でも囁いたかな。 寂しいね。
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