60.禁断の……
「へー、イローナのお母さんってムーアトリア王国出身だったんだー」
「ねえ、ビックリだよねえ」
ミュリエルとイローナは顔を見合わせて言う。
「いやいや、イローナ。パッパとマッマの運命の出会いについては、百回ぐらい話したじゃないか」
「そんなの、誰も聞いてないわよ。親の出会いとか、興味ないから」
「そうだな」
美形だけどものすごく無表情な男性がうなずいた。
「ああ、ご紹介が遅れましたが、こちらがデイヴィッドです。私の次男です。無愛想ですが、仕事はできますのでご安心を」
パッパが、ニコリともしないデイヴィッドをミュリエルに紹介する。
「デイヴィッドはミランダにそっくりなのですよ。見た目も中身も。おそらく生存本能からくるのでしょう。下手に愛想よくすると身の危険ですからな。美しいのはいいことばかりではない」
「ドミニクさんは、美しいですけど、すごく愛想がいいですよね。ばあさん連中にまで」
ハリソンが気になって聞いてみる。領地で腕輪用の石拾いを進めているドミニクは、愛想のかたまりのような男性だ。
「ドミニクは私に似ているのですよ。まあ、よくある美形です。それなりです。ミランダとデイヴィッドとは格が違う」
「えええっ」
ドミニクを知るハリソンとウィリアムが大声で叫ぶ。パッパとドミニク……。似て……ないっ!
ふたりはパッパに金髪のカツラをかぶせた姿を想像する。ああー、少しは似て……ないっっ!
「ドミニクさんとパッパ、似て……ませんよね……」
ハリソンがやや涙目になりながら、思い切って言った。
「はははははは、信じられませんかな? これでも若かりし頃は、神話時代の美の神ウェヌスに例えられることもあったのですよ」
微妙な空気が部屋を覆った。
「父さん、くだらないこと言ってないで。さっさと話し進めてよ」
イローナが冷たくあしらう。
「ミリー様、アル様、ヴェルニュスの復興に一番必要なもの。それはなんだとお考えですか?」
「手工芸?」
「男だな」
ふたりの言葉にパッパがニコニコと微笑む。
「そうですね。復興には手工芸が必要です。そのためにも男が必要です。なぜなら、女性だけでは子がなせない」
「ああ、だから領地から独り身の男たちを連れて来てくれたんだ。ありがとうございます」
「領地の男だけではありません。王都から連れてきた石投げ部隊や護衛の男たちも、独り身の者ばかり」
「えーっと。ありがとう……。でも、ここの女性たちは辛い目にあってきたから、そんなにすぐ子どもをどうこうって気持ちにはなれないと思う……」
ミュリエルはお茶を用意してくれているダイヴァをチラリと見る。ダイヴァはミュリエルの視線に気づくと、少し考えてから口を開いた。
「そうですね、私はもう男はコリゴリですが……。他の女性たちはまんざらでもなさそうです。ラグザル王国の男はとにかく高圧的でしたが……」
ダイヴァがイヤなことを思い出したと言わんばかりに、頭をブルブルッと振った。
「ローテンハウプトの男性は優しいです。率先して力仕事をやってくれます。何かお願いしても、イヤな顔ひとつせずに助けてくれます。強引に女性に手を出そうとしませんし」
「あのー、それってすごく当たり前だと思うんだけど」
沈んだ表情のダイヴァに、ミュリエルが愕然として突っ込む。
「ラグザル王国の男は何もしてくれませんでしたから……。まあ、侵略者としては当然の態度だったのかもしれませんが」
「そっか……。二度とあいつらに侵略されないようにしないとね。全員、石投げの猛特訓を続けてね」
「はい。がんばります」
ダイヴァはやっと笑った。パッパが勇気づけるように言う。
「心が癒えるには時間がかかります。無理に結婚する必要もありません。ひと冬一緒に過ごす間に、愛が芽生える者も出るかもしれません」
「ははあ」
まあ、ひとつ屋根の下に男女がいれば、色々あるか。ミュリエルは自然な流れに任せることにする。
「私はしばらく元ムーアトリア王国を巡って、職人たちの家族を探してみます。もし街や村で孤児がみつかったら、こちらに連れてきてもいいでしょうか?」
パッパの言葉にミュリエルは首をかしげる。
「私は構わないけど、アルはどう思う?」
「思想に問題がなければいい。ラグザル王国の考え方に染まっているようだと、厄介だ」
「分かりました。そこはよくよく注意いたします」
パッパは神妙な顔で頷いた。
「連れてきた職人たちの必要な道具類は、準備済みです。金やすず、ガラス細工の原材料などはこれから調達します。その辺りはデイヴィッドにお任せください」
コトリ 机に並べられた皿の上に乗る物体に、ミュリエルの目はくぎづけになった。
「ケーキ! なぜこのような禁断の甘味がここに!? 魔よ、去れっ!」
ミュリエルは飛び上がると、応接間の端っこまで逃げた。
イローナが呆れたような口調で言う。
「ミリー、砂糖はアタシたちが持ってきたの。それにねえ、ヴェルニュスだって砂糖買う予算ぐらいあるでしょう」
「そうなの?」
遠くから弱々しくミュリエルが聞いた。
「砂糖なら百年分だって買えるよ。ごめん、自給自足の特訓中なんだと思って、気にしてなかった」
アルフレッドがすまなさそうに謝る。ミュリエルはじりじりと近づいてきた。
「ミリー姉さんが寝てる間に、僕たちいっぱいケーキ食べたんだー」
自慢するハリソンの頬を、ミュリエルが渾身の力で引っ張る。その手をアルフレッドがそっと止めた。
「アル兄さん」
さすが、頼りになる。ハリソンは感動した。
「ミリーやめなさい。傷にさわる」
「そっちか」
ハリソンはガックリした。
イローナはミュリエルにフォークを持たせる。
「まあ、食べなさいな。ミリー、税金を節約するのは大事だけど、やりすぎ注意よ。お金のことは私とブラッドに任せて。ね。」
「むぐ」
ミュリエルはケーキを詰め込みながら、満面の笑顔で頷いた。
魔剣が出て、頼りになる人がたくさん来た。もう憂うことは何もない。ミュリエルは次のケーキに手を出そうとして、アルフレッドに止められた。
「スープが先だ」
「はい……」
ダイヴァは苦笑しながら、大きなひと切れを皿に乗せて、横によけておく。ミュリエルが元気なら、全てうまくいく。皆がそう思った。