6.ヤバい女
あの子はヤバい。ミュリエルは組の男子から警戒対象に定められた。うかうかしていると、石で気絶させられ、領地に拉致されるかもしれない。婚約者のいない男子たちは震え上がった。
男子生徒たちはこっそり話し合い、他の組の男子をミュリエルに差し出すことにした。
「ミリーおはよう」
「おはよう、えーっと、ブラッド・アクレスさん。子爵の三男。婚約者なし。なんでしょう?」
ミュリエルは昨日叩き込んだ男子の情報を思い出す。
「そ、そう。よく覚えてるね。ちょっと怖いな……。あのね、医学の授業取ってる男子まとめてきたから。この紙に載ってる男子は婚約者いないから。がんばってね」
「はいっ。ありがとう。どうしてこんなによくしてくれるの?」
「え、それは……」
ブラッドは瞬きを繰り返す。
「あ、分かった。肉が食べたいんだね。いいよ、今日もお昼に肉焼こうよ。みんなで食べよう」
「あ、ああ、それは楽しみだ。この組の男子は、誰も医学に詳しくないからね。他の組の男子をつかまえるんだよ。協力するから」
「ありがとう。いい肉とってくるね」
噛み合ってるようで、いまいち噛み合ってないが、ミュリエルと組の男子の間で協定が結ばれた。男子たちの顔に安堵の色が浮かんだ。
昨日はあのあと、ムクドリを焼いて食べたのだ。クリス先生が、野営の実地訓練ということで許可を取ってくれた。ノリのいい先生である。
内臓を抜いて、羽をむしって、よく洗い、焚き火で丸焼きだ。女子はキャーキャー騒ぎながら、手で目を覆って、指の隙間から見ていた。小さなムクドリだったので、少しずつしか行き渡らなかったが、こんがり焼けたムクドリはおいしかった。
「あの、ミリー。ムクドリおいしかった」
かわいそう発言をした女子は、恥ずかしそうにミリーに話しかけた。
「そう、おいしく食べればかわいそうじゃないんだよ。食べる前に、いただきますって言えばいいの」
「そっか、そうするね」
ミリーは組の人気者になった。珍獣としてではあるが。
***
「今日は何狩ろうかなー」
授業をまともに聞かず、ミュリエルは狩りのことばかり考えている。ミュリエルは勉強は最低限でいいのだ。婿が決まったらすぐ領地に戻るのだから。
「あ、でも先に尾行するか」
ミュリエルはブラッドからもらった医学を学ぶ男子の情報を見る。上から順番に尾行していこう。
「ジェイク・ネルソン子爵子息。三男。子爵なら持参金が期待できそう」
ミュリエルは授業そっちのけで、攻略方法を考える。
授業のあと、組の男子にどの人がジェイクか聞いた。男子はわざわざジェイクの教室まで一緒に来て、教えてくれる。
「がんばれよっ」
男子はニコッと笑って拳を突き出す。ミュリエルは男子の拳に、自分の拳を当てた。
ジェイクは黒髪をキレイに撫でつけた育ちの良さそうな男子だ。さすがは子爵、所作が美しい。背はミュリエルより低いが、これから肉をいっぱい食べさせれば伸びるだろう。問題はないな、ミュリエルは頷いた。
ミュリエルに見られているとも知らず、ジェイクは図書館で医学書を熱心に探している。おや、一番上段の本が取れないようだ。つま先立ちになって、指の先で引っかけようとしている。
「さあ、どうぞ。こちらでよろしいですか?」
ミュリエルはさっと本を取ると、爽やかな笑顔でジェイクに渡す。
「あ、ありがとう」
ジェイクは顔を真っ赤にして本を受け取ると、胸に抱えて走っていった。
「あの赤い顔……。ひとめぼれだな。しめしめ」
ホクホクしながらミュリエルは家に帰った。
翌日もミュリエルはジェイクを尾行する。ジェイクは毎日図書館で本を借りているようだ。
勉強熱心な医学生、最高じゃないか。
今日もジェイクが届かなかった本を、ミュリエルが手際よく取って渡してあげる。ジェイクは頬を赤らめてお礼を言う。
そんな日々が積み重なり、ふたりの距離は順調に縮まっている、そう思われたが……。
「イヤがらせは、もうやめてください」
真っ赤な顔のジェイクが、ブルブル震えながらミュリエルに言った。図書館にいる生徒たちが一斉にふたりを見る。
「え? イヤがらせって……」
「僕が背が低いからって、見せつけなくてもいいじゃないですか。もう僕に近づかないでください」
ジェイクはミュリエルを見もせずに、足早に出ていった。
ミュリエルはトボトボと教室に戻る。
「ミリーどうしたの?」
イローナと男子生徒たちに囲まれた。
「ジェイクに、イヤがらせはやめてって言われた」
「え、どういうこと?」
イローナに促され、今までのことを話す。イローナと男子たちは顔を見合わせた。
「あ、あのさ。俺たちぐらいの年齢の男って、身長を気にしてるんだよね」
「そうそう、これ以上伸びなかったらどうしよう、とかさ」
「僕も毎日、牛乳飲んでる」
「ほら、ミリーは背が高いだろう。正直、女の子に身長で負けるって、男にとってはすごく屈辱なんだよね」
「でさ、毎日、ミリーに本取ってもらって、それを他の生徒に見られるってのは……」
「結構キツイかな……」
「だなー」
「そっか。そんなこと考えたこともなかった」
ミュリエルはしょんぼりとつぶやいた。
「ま、まあ、男はまだいっぱいいるだろ。気にすんなって」
「そうそう、ミリーのいいところを分かってくれるヤツがきっといるよ」
「いちいち気にしても仕方ないだろ、次いこう次。なっ」
ミュリエルが少しだけ笑みを浮かべた。
「みんな、ありがとう……。みんなは私に婿入りする気はないのかな?」
ヒュッ 誰かが息を飲んだ。
「お、俺は王都を離れられないから」
「僕はほら、背が低いからさ。僕より背が低い女の子の方がいいかなーなんて」
「私は王宮で官吏になりたいから、ミリーの領地には行けない。残念だけどね」
「そっか……」
ミュリエルの口角が下がる。
「あああ、でもほら、俺たち協力するから。なんでも聞いてくれ」
「どうやったら落とせる?」
しーんとする男子たち。
「少し時間をくれないか」
ひとりの男子が真剣な目で言った。
「分かった。色々ありがとうね。そしたら私、狩りに行くから。じゃね、また明日」
ミュリエルの背中を同級生がじっと見つめる。
***
「どうする?」
「どうしよう」
「まずね、ミリーのことを、他の組の男子に聞かれたときどうするかよ」
イローナが険しい表情で言う。
「あーなー。まず、婿入りの条件と持参金のことは言わない。それでいいよな?」
「うん、あれ言ったらおしまい」
皆の意見が一致する。
「だな。領地のことはどうする?」
「王都から少し離れたとこ、ぐらいでよくね?」
「うん、店が一軒しかないとかは、言わない方がいい。引くもん」
「靴履かないとかな。ビビるわ」
「足の裏がどんだけ分厚いんですかって話になるじゃん」
「狩りが必須てのもヤバくね。俺、絶対無理。さばくとか、考えただけでゾワゾワする」
「分かる。僕、肉は切り身しか見たことなかったから。あんなに内臓あるんだって……ウプッ」
「思い出させるなよ」
草食系の貴族たちは青ざめて、生々しい記憶にふたをする。
「つーかさー、だったら何も言えなくね?」
「…………」
「胸がデカい」
「見るからになんか入れてんじゃねえか。たまにズレてるし」
「それは言わないであげて」
イローナが懇願する。
「脚が長い」
「スカートの丈、短くしてもらうか」
「そうだな、恥じらいとか、そもそも持ってないもんな」
「まあな」
「よし、ひざちょい上ぐらいにしてもらおう」
「分かった。うちの仕立て屋で直してもらう」
イローナが請け負った。
「…………」
「えっ、これでおしまい?」
「いやいや、まだなんかあるだろう。よく考えろ」
全員が腕組みして宙を見据える。
「料理ができるって言ってたよな」
「……貴族女性って自分で料理しないよな」
「料理人いるからな」
「料理人が雇えないほど貧乏なの、って思われんじゃね」
「非常時にはありがたいけどさ」
「……これは言わない方がいい」
気を取り直して、もう一度頭をひねる。
「いい子だよな」
「それな、それだよ。いい子なのは間違いない」
「貴族なのに裏表ないじゃん」
「そう、表しかない」
「それって、貴族としてマズくないか?」
「…………」
皆が顔をしかめてお互いを見る。
「あ、でも領地なら駆け引きとかいらないわけで」
「そうだよ。表だけでいいんだって」
「そっか、よし」
「よく見ればかわいい、かもしれない」
「うーん、化粧すればいいのか?」
「一回やってみるね」
イローナが任せてっと拳を握る。
「…………」
「ま、まあ今日のところはこんな感じで」
「とりあえず、他の組の男子に聞かれたら、すっげーいい子って答えよう」
「おうっ。それなら本音で言えるわ」
「よし、じゃあそういうことで。またなー」
男子たちは晴れやかな顔で帰って行った。
残されたイローナは、どの兄をだまくらかすか算段し始める。いざとなったら、どれかミリーにあげよう。持つべきものは優しい友である。
ミュリエルの婿探しは、割と前途多難かもしれない。