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57.お葬式


「よし、明日お葬式をしよう」


 ミュリエルが部屋の空気をぶった切って大きな声で言った。アルフレッドが確認する。


「明日……。えーっと誰の?」


「ここかどこかで亡くなった人や、亡くなったかもしれない人。だって、みんなちゃんとお別れできてないでしょう?」


「そうですね。二十年前は、亡骸は物のように穴に投げ込まれ、油をかけられ燃やされたと聞いております。私はそのときのことはよく覚えていません」


 ダイヴァが虚ろな目で静かに言った。


「十年前の飢饉のときは、必死で個別にやろうとしたのですが……。ラグザル王国の人たちが、またまとめて焼いて……。彼らが去ってからは、私たちなりのやり方でひっそりと送りました」


「うん、それだと心残りでしょう? 亡くなった人たちも、みんなが心配で大地に戻れないよ。明日、盛大に送ってあげよう」


 ミュリエルは老人たちを見て心配そうにつけ加えた。


「でも、まだ生きてるって信じることも大事だと思うから、送らなくてもいい。気持ちの区切りをつけるぐらいの気持ちで。どうかな?」


「そうですね。またいつか会えると信じています。ですが、過去のひどい記憶は大地の神に受け止めていただきたい。それがもし許されるなら」


 画家のユーラが遠慮気味に答える。



「大丈夫。大地の母は、えー太っ腹だから? たいていのことは許してくれるよ。でもきっちりとお供えはしないといけない」


「お供えとは?」


「亡くなった人が好きだった食べ物を持ち寄って、大地の神に捧げるの。そのあと皆で食べる。故人の好きだった物とかも一緒に捧げるんだよ。ダイヴァ、あとでここのお葬式のやり方教えてね。ローテンハウプトの伝統も少し取り入れたい」


「はい、かしこまりました。あの……ありがとうございます。皆に急ぎ伝えて来ます」


 ダイヴァは笑ってるような、泣いているような複雑な表情でミュリエルにお礼を言うと、早足で出ていった。

 



 後ほど、ミュリエル、アルフレッド、ダイヴァで話し合ったところ、三人にとってのお葬式に、それなりの開きがあることが分かった。


「あの、ムーアトリア王国のお葬式がお二方と異なるのは分かりますが……。ミリー様とアルフレッド様のお葬式が違うのはなぜなのでしょう? 同じ国ですよね?」


「なぜだろう?」


 ミュリエルは首をひねる。結婚式も大分違って驚かれたが。


「えーっと、新しい領地ってことで、三つをいい感じで混ぜ合わせればいいんじゃないかな」


「そ、そうですわね。新しい時代の幕開けですし」


「そう、死者がいないのだから、そもそも普通の葬儀ではない」


 三人は細いことには目をつぶることにした。



***


 

 翌昼、死者を弔いたい者は、きれいに花で飾り付けたカゴに、料理や思い出の品と石を入れて城塞に集まる。元ムーアトリア王国の者とローテンハウプト王都の者は黒の衣装、ミュリエルとアルフレッドとミュリエルの領地の者は白の衣装を身にまとう。


 先導する元ムーアトリア王国の女たちが、不思議な節回しの歌を歌い、踊りながら花びらを巻く。


「ムーアトリア王国の古い言葉だね。まだ使える人がいるとは思わなかった」


 アルフレッドが感心したように言う。そういえば、歌いますとしか言われていなかった。素敵な言葉だな、神々が会話をしているみたい。ミュリエルはじっくりと耳を澄ます。


「代々、歌で伝えているのです。私は歌えますが、会話はできません。読み書きもできません。でももう、二十年前に子どもたちへ教えることは禁じられました」

 

 後ろを歩くダイヴァが悲しそうにつぶやく。


「ローテンハウプト王国にも古い言葉ってあるの?」


 ミュリエルが聞く。


「あるよ。王族は皆幼いときに習う。普段使うことはないけどね。まれに昔の資料を読むぐらいだ」


「へー、王族って大変だねー」

「そうだね。税金をがっぽりもらっている分、働かないと」


 アルフレッドはふっと笑った。


 街中に降りると、領民たちが軽石を持って待ち構えている。軽石を持った者と、死者を弔いたい者が組になり、死者の家の扉に文字を書くのだ。今日の日付と、父なる太陽、母なる大地を一行で書く。


 そうすると父なる太陽がその家にさまよう魂を天に連れて行き、母なる大地が肉体を大地に戻す。そして一年間、二神のご加護がその家に贈られる。


 これはムーアトリア王国独特の風習だ。領民は散り散りにバラけ、祈りながら扉に軽石で印をつけていく。



「全部終わったかな? そしたら、城壁外の墓地に行こう」


 城壁の外側に墓地がある。本来なら、手厚く整えられ、花や食べ物が供えられるべきところだが、すっかり朽ちかけている。


 個別のお墓もきれいにしないといけないな。ミュリエルは明日以降の予定に組み込むことを決めた。


 だが、今日はまずは穴の中に、一緒くたに埋められた死者を慰めなければならない。


 墓地の隣の開けて草も生えていない空間がそこだ。男たちの手によって、大地の神に捧げるための穴は既に開けられている。


 ミュリエルたちは穴の後ろ側に、持ってきた石を積み上げる。


 ミュリエルは赤い酒を一本全て穴の中に注いだ。


「父なる太陽、母なる大地、我ら大地の子。父なる太陽、子どもたちの魂を天に迎え給え。母なる大地、子どもたちの肉体を大地に戻し給え。子どもらの魂が天に迎えられますように。子どもらの肉体が、新しい生命を生み出しますように」



 領民たちは、故人の思い出の品と、好きな料理を穴に捧げ、ひとりずつ祈りの言葉をかける。


 ダイヴァがこわばった顔で祈る。

「お父様、お母様、お兄様。どうか安らかに。私もいずれそちらに参ります」


 次はユーラだ。

「ローレル、ダリシャ、カシミール、置いて行ってすまなかった。許してくれ。もう一度会えると信じている」


 順番に、思い思いの言葉をかけていく。


「あんた、辛かったねえ、痛かったねえ。いつかきっと仇をうってみせるよ。待ってておくれ」

「ユリアン、ごめんなあ。守ってやれなかった。大事な大事な息子だったのに。母さん、一度だって忘れたことはなかったよ」


 みな、ボロボロと涙を流している。ミュリエルもアルフレッドも、つられて泣いた。


 焚き火をつけ、泣き、歌い、踊る。故人の好きな料理を食べ合い、酒を飲み、また泣く。今まで皆が避けてきたことだ。


 葬儀は夜中まで続いた。ひとり、またひとり城塞に戻っていく。ミュリエルとアルフレッドも手をつなぎ、ゆっくりと部屋に戻る。



***



 太陽が昇る頃、ミュリエルはそっとアルフレッドの腕を抜け、ベッドを降りた。バルコニーに行くと、既にフクロウが待っている。ミュリエルは何も言わず、フクロウに乗った。


 フクロウは静かに羽ばたき、墓地の前に降り立つ。


 積み上がった石の上に魔剣が突き刺さっている。


 (ばあちゃんが言ってた通りだ)


 ミュリエルはそっと魔剣を抜いた。


 (これでヴェルニュスも石の民だ)


 ミュリエルは魔剣を掲げて石の前に跪く。


「石の神よ、ヴェルニュスにご加護を賜らんことを」


 ミュリエルは魔剣で左腕に傷をつけると、血を穴に注いだ。石が光り、その光が領地全体を包むまで、ミュリエルは血を捧げ続ける。


 顔色を失って倒れるミュリエルを、フクロウはそっと背中に乗せて飛び立った。



 バルコニーには、真っ白な顔のアルフレッドが待っている。アルフレッドはフクロウからミュリエルを受け取ると、しっかりと抱きしめた。

 



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― 新着の感想 ―
[一言] 石の民の魔剣、本当に魔剣だった……!
[一言] この物語の中の祈りの文言がとても好きです。 「父なる太陽、母なる大地、我ら大地の子…」 シンプルだけどその通り。万人が納得する真理かと。 こういう信仰だと宗教同士の争いがなさそうですよね。
[一言] 石の民がきちんと弔ってあげるとこうなるのね あの魔剣は石の民の証だったのか ミリーがどんどんかっこよくなっていく
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