56.来たー
続々と領民が引っ越してくる。必要な物だけ持って城塞に移るだけなので、いたって簡単だ。足りない物があればいつでも取りに行けるのだし。
部屋割りはジャックがうまく調整してくれた。小さな使用人部屋から巨大な客室まで、部屋は有り余っている。独り身の人たちには、小さな使用人部屋に固まって住んでもらう。男女で階層は分けた。
若い夫婦や子持ち夫婦は上級使用人の大きめの部屋だ。使用人居住区で事足りてしまった。いったい二十年前は、何人の使用人を雇っていたのだろうか。お金持ちだったんだろうな、ミュリエルは遠い目をする。
長年使われていなかったので、あちこちガタが来ている。男性たちには城塞の修理に回ってもらった。
カーンカーンカーン
鐘の音が鳴る。角笛が吹かれていないので、魔物ではない。
ミュリエルは布袋をつかんで外に出ると、あたりの石を詰める。
「フクロウ、乗せて」
「ホッホー」
ミュリエルは強引にフクロウの背に飛び乗った。
「ミリー、僕も行く」
必死で走ってきたらしいアルフレッドが息を切らしながら言った。ミュリエルは手を伸ばし、アルフレッドをフクロウの背に引っ張り上げる。
「しっかりつかまって」
ミュリエルはフクロウにしっかりとしがみついた。アルフレッドはミュリエルの腰に手を回し、背中にピッタリ張り付く。フクロウは少しヨタついたが、無事に飛び立ち、城壁まで滑空する。
「ああああああ」
「また護衛対象に置いていかれたーーーーー」
「犬の皆さま、どうか乗せてください」
護衛たちが後方で悲痛な声を上げている。ミュリエルは少しだけ、悪かったかなと思った。
それほど揺れることもなく、あっという間に城壁に着く。ミュリエルはアルフレッドと手をつなぎ、フクロウの背から飛び降りた。フクロウはやや、不満そうな様子を見せながらも上空を旋回している。
「ミリー様、すごい数の荷馬車が来ます」
見張りの女の言う通り、護衛に守られた三十台の荷馬車がやってくる。
「あれは、王都の石投げ部隊や護衛だな」
アルフレッドが目を細めながら言う。皆がホッと緊張を解いた。
「ミリー姉さーーーーーん」
「ええ、ハリー? ハリーの声が聞こえたけど」
「僕もいるーー。ウィリーーー」
「えええええ」
荷馬車の中から小さな人影が手を振っている。
「アタシも来ちゃったーー」
「イローナ!」
「パッパもいまーす」
「パッパ……」
(パッパ、どこにでも来るな。何も売るものないのに)
「あっしらも来やしたー。嫁を探しにーー」
「うわー、領地の独り身男子たち……」
アルフレッドが苦笑する。
「にぎやかになりそうだね」
「うん。ごはん足りるかな。あ、ちょうどいいところに犬が来た。犬たちー、適当になんか狩ってきて」
「ワウワウーーーン」
犬は護衛を振り落とすと城壁から出ていった。
ミュリエルとアルフレッドはイローナの荷馬車に乗せてもらって、一緒に城塞に向かう。
「イローナ、よく来てくれたねー」
「エヘヘー、ついに来ちゃった。もうここで暮らすつもりなんだ」
「えーそうなのー? 嬉しい!」
「ブラッドもいるよ」
イローナが荷馬車の後ろの物体を指差す。屍のように横たわったブラッドだった。
「……うわっ。どうしたのよ。顔色がおかしなことになってるよ」
「……馬車酔い。お世話になります……」
「う、うん」
馬車酔いする人が、この領地で生きていけるかな。ミュリエルは少し不安になった。まあ、ダメなら王都に帰ってもらえばいいかと、気楽に考えることにする。
荷馬車が無事、城塞の前に並び切った。
「えーっと、いらっしゃい。立ち話もなんなんで、中でお茶でも飲みましょう」
最近修理が終わった豪華な応接間に全員を入れる。
「ほう、これは見事な応接間ですな」
パッパが感心して、壁紙やカーテンをじろじろと観察する。
「さすがは職人の王都と名高かったヴェルニュスですな。華美ではないがとても質が良いですな」
パッパはニコニコしながら、老人たちのかたまりをグイグイとミュリエルの前に押し出す。
「彼らは二十年前に私がこっそり逃した職人と芸術家です。私の商家の雇い人として、ローテンハウプトに連れ帰ったのです」
カチャン お茶を用意していたダイヴァの手が止まる。
「靴職人のハンス、金細工師のマルク、すず職人のハモン、革職人のトビアス、ブリキ細工師のギュンター、画家のユーラ、オモチャ職人のヨハン、オルガン奏者のゲッツ、陶磁器職人のボリス、ガラス細工師のゲオルグです」
「ユーラのことは覚えています。それにゲッツも……」
ダイヴァが小さな声で言った。震えているダイヴァの肩をミュリエルはしっかりと抱いた。
「か、家族は……」
ユーラがダイヴァに聞く。
「分からない。分からないわ。飢饉のとき、たくさん亡くなったの。そして多くがここを離れた。誰が生きていて、誰がどこに行ったのか、もう分からない」
老人たちが床に崩れ落ちる。
「残念ながら当時の私はまだ若く、力が足りなかった。職人しか連れ出せなかったのです。いつか時がくれば帰してあげたいと思っておりました」
パッパは老人たちを悲しそうな目で見つめる。
「交易で元ムーアトリア王国の領地に行くこともある。引き続き家族を探してみるから。腐らず、ミリー様の元で領地の復興に励みなさい」
老人たちはパッパを見上げる。
「はい。パッパ」
「いや、私の方が大分年下だから」
パッパの言葉に、立ち込める重い空気が少しだけやわらいだ。