55.同居が効率的
ミリー様はものすごく働き者です。領地の誰よりも早く起き、薪割り、卵集め、朝ごはんを作って、犬やフクロウたちの獲ってきた獣をさばきます。
私も精一杯早起きしてお城に向かいますが、いつもミリー様は既に起きて働いていらっしゃいます。
きちんと眠れていらっしゃるのでしょうか? 洗濯を担当しているミネルヴァによると、シーツは毎朝ややアレな状態らしいですから、ええ。おふたりが仲睦まじくていらっしゃることは、私たち領民にとっては願ってもないことですわ。
アルフレッド様はさすがに朝は起きられないようです。無理もありませんけれど。ねえ。
「燻製にすると長持ちするからね。燻製小屋を作ろう。余ってるものは有効活用しなきゃ」
そう言って、ミリー様は領地のはずれの方にある小さな木の小屋を、燻製小屋に作り替えられました。屋根に煙突をつけ、上部の壁にいくつか隙間を作ります。床板は全てはがし、土と石を敷き詰めます。床の少し上あたりの壁をぶち抜き、小さな扉をつけ、薪を入れる入り口もできました。
肉や魚は内臓を抜き、一週間塩水に漬けたものを水で洗って乾燥させて、糸で巻きます。小屋の中にいくつも長い棒を渡し、洗濯物を干すように肉や魚を吊るすのです。
薪に火を入れ白い煙が煙突からモウモウと上がり、しばらくすると煙が透明になります。そうすると、次はヒッコリーの小枝の削りカスを加えます。薪とヒッコリーを適宜入れながら一日半かけて燻製させます。
薪とヒッコリーをくべるのは、日中はおばあさんや子どもたちの役割です。夜は男性たちが交代で火を見守ります。これで冬の間も肉が食べられるのです。
ウサギや鶏をしめ、飢えをしのいでいた幾たびもの冬を思い出すと、信じられません。幸い、領地には高価なモノがたくさん埋もれています。ラグザル王国が攻めて来たと分かったとき、各貴族家が貴金属や宝石類を屋敷のあちこちに隠したのです。
亡くなってしまった貴族たちの家に入り、貴金属を探りあて、商人からわずかな食糧を買いました。あまり多く買うとウワサになります。怪しまれない程度、飢えない程度を皆が少しずつ仕入れて、祈るように冬を過ごしてきました。
それがどうでしょう、今は十分な食糧が自分たちの手で賄えるのです。
「今日は畑を耕すよ」
そう言うとミリー様は、犬に馬鍬をつけて広大な農地をあっという間に耕されました。私たちには使い方も分からなかった農耕道具を、ミリー様はなんなく使われます。犬たちはどれだけミリー様に酷使されても、気にしていないようです。
「次は畝立てだね。これは人手がたくさんいる」
ミリー様の号令で子どもたちが二人ひと組で長いヒモの両端を持ちます。畑の端から端までまっすぐヒモを張り、両端を土に刺した長い木の棒に結びます。
そうやって畑中にヒモが張られました。ヒモの外側の土を鍬で掘り、内側に盛ります。それを子どもたちがトンボで均します。
「いよいよ種まきだよ。二、三粒ずつパラパラっと一ヶ所に落としてね。そしたら次は、大人の手の平の幅ぐらい間隔をあけてまいて。子どもたちは種の上に少しだけ土をかぶせるんだよ」
子どもたちはキャイキャイはしゃぎ回っていますが、私たち大人は必死です。目を凝らして丁寧にライ麦を落とします。
「お姉ちゃんすごいよー」
子どもが叫びます。子どもの指差す方を見ると、確かにすごいです。ミリー様は種をつかむとおもむろに腕を横に振って、一気にいくつもの畝に種を落とすのです。ミリー様の周りの子どもたちは鬼気迫る形相です。
「神業だわ……」
「すごすぎる」
「私たちも十年ぐらいやれば、できるようになるかもしれないけど」
「今は地道に丁寧にコツコツとよ」
私たちには神の御業はできません。ゆっくりと確実に種をまきます。
一日働いた後のごはんは最高です。毎日肉が食べられます。もうすっかり、お城での食事が普通になりました。
「みんなさあ、冬になるまでにここに引っ越しておいでよ」
「ここと言いますと?」
「ん? この城塞。空き部屋がいっぱいあるでしょう。領民全員が十分に住めるよ」
「そ、それはさすがにできません」
私は皆を代表して辞退します。
「だってダイヴァの家はあそこで、ミネルヴァの家はあっちでしょう。すっごい離れてるじゃない。みんなの家がバラバラだと、魔物が来た時に守れない。ここなら堅牢な建物だし、高いところにあるから、石を投げるにも弓や槍を使うにも簡単」
皆が顔を見合わせます。
「これから冬が来る。薪のことも考えて。皆が同じ建物にいたら、すごく効率がいいんだよ。数ヶ所を暖めるだけで済むじゃない。ごはんだって、まとめてみんなの分作る方が手っ取り早いし」
どうしましょう。私は思わずアルフレッド様を見つめました。
「僕はミリーがいいならそれでいいけど」
そうでした、アルフレッド様は普通の王族ではありません。
「護衛の観点からは反対です」
ケヴィン様がおっしゃいました。
「どうして?」
「それは、その……。皆を信じていない訳ではないが、おふたりに何かあったらと思うと……」
「ケヴィン、領民の中に私より強い人はいないよ」
確かに。そう言われてみればそうでした。誰もミリー様には敵いません。小指でひとひねりでしょう。
「ケヴィンの気持ちが済むなら、犬とフクロウにも見張らせる。どうかな?」
「それならば。分かりました。出過ぎた真似をいたしました」
「やだ、謝らないでよ。それがケヴィンの仕事じゃない」
ミリー様が必死でケヴィン様を労います。
「じゃあ、みんなで後で部屋決めようね。ケンカしないように決めなきゃね」
なんだかよく分からないうちに、領民全員がお城に住むことになりました。いいのでしょうか……。