52.蛮族の結婚式
領地での結婚式。それは陶器の割れる音で始まる。領民が一家からひとりずつ、家にある古い陶器を持ち寄り屋敷の前に集まる。ミュリエルとアルフレッドの前で、領民たちが祝いの歌を歌い、踊りながら陶器を割るのだ。
なるべく大きな音を立てて粉々にする。そうすることで、邪気が祓える。
『愛を恐れず
毅然と頭をかかげよ
考えるのはいつも自由
ふたりの愛は壁に閉ざされず
真実の言葉を紡ぐ
愛を求めて手を伸ばせ
ふたりの心は天まで広がる
父なる太陽、母なる大地、我ら大地の子
地に足をつけ手に手をとって
歩みを止めることなく』
全員が陶器を割ると、ミュリエルとアルフレッドはホウキで欠けらを集める。これから共に暮らすふたりの、初めての共同作業だ。欠けらは荷車に乗せられる。
地面がきれいになると、ミュリエルとアルフレッドは領地を練り歩く。
領民は太鼓を打ち鳴らし、笛を吹き、歌い踊る。子どもたちがふたりにトウモロコシと麦の粒を投げかけ、鶏たちは半狂乱でついばむ。
「すごくにぎやかなんだね」
アルフレッドはミュリエルの耳元で叫ぶ。
「そう、結婚式は最大のお祭りだから。大地の神はにぎやかなのが好きなんだよ」
ミュリエルが叫び返す。ミュリエルとアルフレッドは、王都での婚約式の衣装を着ている。領民たちは赤や緑の色鮮やかな服だ。
領地を一周すると、ミュリエルとアルフレッドは再び屋敷に向かう。領民たちは楽器と食べ物の入った器を持ち、ふたりの後に続く。
屋敷の裏庭に、大きな穴が開けられている。
「父なる太陽、母なる大地、我ら大地の子。父なる太陽と母なる大地の娘ミュリエル、息子アルフレッドに、肉を与えてくださるよう、お祈りします」
ロバートの言葉に合わせて、皆跪き祈りを捧げる。
「石を、肉を!」
領民が順番に、器の食べ物を穴の中に捧げる。
ジェイムズが昨日、生きたまま狩った鹿を連れてくる。
「父なる太陽、母なる大地、我ら大地の子。今日の恵みを感謝します」
ミュリエルとアルフレッドは静かに祈ると、大きな石で鹿の頭を殴る。意識を失い倒れる鹿を、ミュリエルとアルフレッドは支えてゆっくりと地面に寝かせる。首の下に銀の器を置くと、ふたりは二本の短剣で鹿の首を素早く切った。
短剣についた血をミュリエルが親指でぬぐって、アルフレッドの額に横向きの線を引く。アルフレッドも同様にすると、ふたりは短剣を交換する。
銀の器の血を、穴の中に捧げると、ふたりは再度祈りを捧げる。
「聖なる父、輝く太陽、我らの暗闇を祓い給え。聖なる母、あまねく大地、我らの無知を取り払い給え。神よ、我らに叡智を恵み与え給わんことを。ここに祈りを捧げます」
「ミュリエルとアルフレッドはこれで夫婦となった」
ロバートの言葉に領民が一斉に歓声を上げ、音楽を奏でる。ふたりは踊り歌う領民に見守られながら、キスを交わした。
その後は、ひたすら食べる。各家庭から持ち寄られた料理が、庭のテーブルにずらりと並ぶ。椅子はなく、好きなところで座って食べている。皆思い思いに食べながらも、少量を穴の中に捧げる。
「王都では見ない習慣だ」
アルフレッドがつぶやいた。
「そうなんだ。大地の神は食いしん坊だからね、お祭りのときは食べ物とお酒と血を捧げるんだよ。そうすると、来年の収穫がよくなるし、いい石が出る」
「そうか」
「王都の婚約式でも、赤いお酒を地面に捧げたじゃない。あれと同じことだよ」
「ああ、そういえばそうだね」
深く考えたことがなかったな、アルフレッドは思う。
「ここでは、王都より、神が身近なんだね」
「厳しい土地だからね。神にすがらないと生きて行けないんだよ」
太陽が沈む頃になると、いくつもの焚き火がたかれる。ロバートが立ち上がった。
「暴露話の時間だっ!」
「うおおおおお」
「待ってました」
「過激なのをお願いしやーす」
領民たちから雄叫びが上がる。
「ミュリエルとアルフレッドの暴露話を家族が順番にする。本来なら話した後に、話した者同士が殴り合いをするところだが、今日はなしだ。王都の皆さんに蛮族と恐れられてはいかんからな」
「もう思われてるんじゃなーい」
誰かが叫び、民がドッと笑う。
「では俺からだ。ミリーは四歳まで右手の親指を吸っていた」
「ギャー」
ロバートは叫ぶミュリエルをニヤニヤしながら見ると、お酒を半分飲み、残りを地面にこぼす。
「では、僭越ながら私が続きます」
侍従のジャックが立ち上がった。アルフレッドは心配そうにジャックを見上げる。
「アルフレッド様は、赤ちゃんのときから使っている枕を未だに使っておられます。滅多に洗わせていただけないので、困っておりました。ところが、ミリー様にマフラーをいただいてから、枕はすっかり用無しになりまして。今度はマフラーをなかなか洗わせていただけません」
ジャックはお酒を飲み、地面にこぼす。アルフレッドはうつむいて腕で頭を抱えた。
「大至急あとふたつぐらい編むね」
ミュリエルの言葉にジャックがニッコリと笑う。シャルロッテが立ち上がる。
「ミリーが赤ん坊のときにわたくしが着ていたガウンを、ミリーは未だに持って寝ます。ガウンの腰ヒモを握りしめて寝るのです」
「ぎえええええ」
護衛のケヴィンが立ち上がる。
「アルフレッド様は居心地が悪いと、耳たぶを触ります。今のように」
皆が一斉にアルフレッドを見る。アルフレッドはパッと耳たぶから指を離した。
「へー、いいこと聞いた」
ミュリエルがニコニコする。姉のマリーナがニヤリと笑いながら言った。
「ミリーは嘘ついたとき、半笑いで小鼻が膨らむのよ」
「うそーーー」
ミュリエルは両手で鼻を隠す。
「ほう、それはいいことを聞いた」
今度はアルフレッドが笑う。
「アルフレッド様はにんじんが苦手です。にんじんが出たら、限界まで小さく切って、食べたフリをされます」
「グフッ」
影のダンの言葉にアルフレッドがむせた。
みんなが酔っ払って大騒ぎしているさなか、ミュリエルはそっとアルフレッドの手を取って引っ張った。
「行こう」
「どこへ?」
アルフレッドが戸惑う。
「私たちにはすることがあるでしょう」
ミュリエルの頬が赤く染まった。
「ああ、そうだね。行こう」
アルフレッドも少し赤くなる。
ふたりは手をつないで屋敷の中に入っていった。
焚き火は朝まで燃え盛り、二日酔いの大人たちが焚き火の周りで雑魚寝をしている。
ミュリエルとアルフレッドは翌日も部屋から出て来なかった。