51.領地に戻ります
婚約式のあと、ミュリエルは真剣な顔でアルフレッドに聞く。
「ねえアル、王都での結婚式ってしなきゃダメかな?」
「え?」
アルフレッドは目を見開いた。
「結婚式って今日の婚約式とほぼ同じだよね?」
「ま、まあ……。同じというと語弊はあるけど」
アルフレッドは瞬きを繰り返す。
「だったらさあ、もう領地にさっさと行って、サクッと結婚式上げて、新領地に移らない?」
「……何かあったの?」
ミュリエルの眉間にシワがよる。
「んー、何かっていうか、私こういう暇な生活って無理なんだよね。確かに狩りはしてるけど、あんなのお遊びだし。ここでダラダラ過ごしてお金を使うのも違うかなって」
「なるほど」
アルフレッドは真剣な表情で続きを待つ。
「王都での結婚式に無駄なお金をつかうぐらいなら、それを新領地での冬支度に使いたいなって。だから、冬支度に困ってそうな小さな領地に行きたいなって」
アルフレッドは首をかしげる。
「どうして? 大領地の方が治めるのは何かと楽だと思うけど。既に仕組みが出来ているから、流れにのればいいだけだし」
「それだと、私お飾りの領主にしかなれないよ。一番苦しいときに、一緒に手を動かして汗を流すから、みんなついてきてくれるんだよ」
「ああ、お義父さんみたいに」
「そう。だって、偉そうに突然やってきて、実務を何にもできない領主なんて。私ならいらないな」
確かに。王弟である自分はともかくとして、若いミリーでは難しいであろう。実務経験もなく、若い元男爵家の令嬢。王弟の寵愛を受けて、身分を与えられただけと見くびられる。
「そうか。分かった。確かに一理ある。具体的な希望はある?」
「うちの領地と同じくらいの規模がいい。それで、とにかく困ってるとこ。それなら、溶け込みやすいでしょう? 困ってるときに助けられると、人は恩を大きく感じるからね」
「探してみよう。ちなみにいつ領地に戻りたいの?」
「できれば父さんたちが帰るときに一緒に戻りたいな。何かと便利だよね」
「……お義父さんたちはいつ帰るの?」
アルフレッドはジワリといやな予感がする。
「明後日。明日一日、王都で買い物して、すぐ帰るって。ほら、弟たちだけだと心配じゃない。食糧全部食べ尽くしてしまうかも」
「明後日……」
パサリ 後ろに立っていたジャックの手から、書類が落ちた。
アルフレッドがジャックと見つめ合う。
「可能だろうか、ジャック?」
「なんとかいたしましょう。大至急、同行者への通達と、冬支度用の薪や食糧の仕入れを行います」
「分かった。ここはもういいから、行ってくれ」
「はい」
ジャックの人生において、最大の試練がやってきた。
***
「いやーなんとかなるもんだねー」
ミュリエルは馬車の中でニコニコ笑う。
「そうだな。あれほど王宮が荒れたのは初めてだったけど。なんとかなるもんだね。驚いた」
別の馬車で、抜け殻になっているジャックを思い、アルフレッドは苦笑する。
「でも、領地での結婚式はそんなにすぐできるものなの?」
「大丈夫、そんなたいしたことはしないもん。獲物を狩ってくるぐらいかな」
「そうか。それなら大丈夫だね」
「弟たち、ちゃんと領地を守れてるかなあ」
「おばあさんがいるから大丈夫なのでは?」
あまり大丈夫ではなかった。
***
「ねえねえ、ばあちゃん。クロたちの様子がヘンなんだけど。ソワソワしてる。なんか来るって言ってる」
「魔物か?」
ばあばは険しい顔をする。クロたちがソワソワするなら、並大抵の魔物ではない。
「魔物じゃない。強くて怖いのが来るって言ってる」
「……ああ、ロバートじゃろう。あやつは動物に恐れられているからな。ロバートが戻れば、魔物の襲来も減るはずじゃ」
ばあばは安心した。面倒ごとはロバートに丸投げじゃ。
「えええ、そんなあ。食糧どうしよう」
「どうすんだよ、まったく。あんな食べる犬、見たことないよ。おまけにフクロウがたかりに来るし。冬支度が間に合わないじゃないか……」
ばあばはブツブツ文句を言う。この辺りの獲物は狩りつくし、食べてしまった。主に犬とフクロウが。
「ばあちゃーん、荷馬車がいっぱい来るって見張りから伝言が回ってきたよ。すごいいっぱいだって」
ウィリアムが呼びにきた。ばあばとジェイムズは急いで城壁まで行く。クロたちは怯えてジェイムズの後ろに隠れようとする。
「ちょっ、やめてよ。僕に隠れられる訳ないだろう。押さないでよー」
クロたちは尻尾を後ろ足の間に隠し、小さくなってヒンヒン鳴いている。
「ジェイ、父さんとミリー姉さんたちが戻ってきたってー」
フクロウにつかまれて、ハリソンが飛んできた。フクロウはハリソンを落とすと、すごい速さで飛んでいった。
「イッター。ひどいよホント。僕の扱いがどんどん悪くなる」
ハリソンは痛むお尻を撫でながらボヤいた。
五台の馬車と、二十台の荷馬車がゆっくりと城壁の中に入ってくる。馬車からロバートが降りてきた。ジェイムズはビクビクしながら声をかける。
「父さん、お帰りなさい。は、早かったね……」
「心配だったからな。異常はないか?」
「だだだ大丈夫。井戸が崩れたり、投石機が壊れたりしたけど、もう直ったから」
「そうか。で、あの寝っ転がってるデカイ犬はなんだ」
ロバートは腹を見せて、必死に服従の意を見せている犬の群れを見る。
「クロがね、戻ってきたんだよ!」
ジェイムズは開き直ることにした。ロバートは厳しい表情で犬を眺める。
「こんなには養えん。クロ以外は売るか」
「そんなあ、父さんひどいよ」
「犬に食わせて、領民が飢え死にしたらどうする気だ。そうなったら、俺はクロもさばくぞ」
犬たちは、腹を見せた仰向けのままロバートの足元にずり寄ってくる。
「媚びても無駄だ。大飯食らいは一匹で十分だ」
ジェイムズの顔が青ざめた。皆が沈黙する。
「私がもらうよ、ジェイ。それならいいでしょう? 父さん」
ミュリエルが明るく言う。
「こんな大型犬、どうする気だ」
「新領地の番犬にするよ。狩りに行くときに乗れるし。馬がわりだよ」
「アルはそれでいいのか?」
「大丈夫ですよ。護衛の人数も少ないし、犬がいればありがたい」
犬たちはミュリエルとアルフレッドの足元にずり寄って腹を見せる。
「連れて行くけど、自分たちの分は自分で狩ってよ。全部食べないで、半分は領民に渡すこと。いい?」
ミュリエルは鋭い目で新しい掟を告げる。
「ヒン」
犬たちは新しい主人に屈服した。ジェイムズはうっとりした目でミュリエルを見つめる。
「ミリー姉さんすげー」
「ジェイ、あんた舐められすぎ。犬に舐められたらおしまいよ」
「うう」
ジェイムズは、ミュリエルとの力量の差を思い知らされた。
後日ミュリエルは、こっそりハリソンをさらいに来たフクロウも屈服させた。
「あんたも私の領地に連れて行くから。いいわね?」
「ホッ」
「犬たちと同じ。自分のごはんは自分で狩る。半分は領民に渡す。いい?」
「ホッホー」
ハリソンがミュリエルを尊敬の眼差しで見る。
「ミリー姉さんすげー」
「ハリー、バカたれ。フクロウの非常食扱いにされてどうするのよ」
「ううう。僕だってがんばったのに。言うこと聞いてくれないんだもん」
「最初に目が合ったときにね、伝えるのよ。食べるのは私、お前は私の肉だってね。簡単でしょ」
全く簡単ではない。ロバート以外の全員が思った。