5.ドキドキの学園生活
嬉し恥ずかし、初めての学園生活である。ミュリエルは掲示板に貼ってあった組分け表を見ると、教室まで全力疾走する。
「イローナ!」
「ミリ〜」
ミュリエルは飛びついてきたイローナをしっかり抱き止める。
「一緒の組なんて、夢みたい! よかったー、ひとりじゃ心細くて」
「でしょー、そうだと思って同じ組にしてもらったの」
「え?」
「ミリー、世の中たいていのことは金でカタがつくのよ」
「す、すごい。さすがです。私にはできないけど」
いったいどれぐらいの銀貨を積んだのだろう。ミュリエルは気になったが聞かないことにする。世の中には知らない方が幸せなことも多いはずだ。
「まあ、父の金だけどね。さっ、席取らなきゃ。早い者勝ちだよ、どこがいい?」
「窓際がいいな」
教室には長机と長椅子がいくつも階段状に並んでいる。ミュリエルとイローナは一番後ろの窓際に陣取った。
担任の先生が入ってきて、みんな慌てて席につく。
「やあ、この組を担当するクリス・フェントレスだ。子爵家のしがない五男だ。専門は剣術だ」
ミュリエルの目がギラリと光った。子爵家で五男で剣術、完璧じゃないか。背も高いし、筋肉もきっちりついているし、素晴らしい。
「子どもは三人、息子ふたりと娘ひとりだ」
ミュリエルの目から光が消えた。いい男は売約済み、ばあさんが言っていたな。
「では、前の席から順番に自己紹介をしよう。初日だからな」
ミュリエルが息を吹き返した。紙とペンを用意し、真剣な表情で男子生徒を値踏みする。
「ジョナサン・ステリングです。男爵家の次男です。経理関係を専攻する予定です。よろしく」
ひとり目の男子生徒が壇上で挨拶した。皆温かい笑顔で拍手している。ミュリエルはまっすぐ手を上げた。クリス先生が少し驚いた様子でミュリエルを指名する。
「婚約者はいますか?」
一瞬しーんとしたが、次の瞬間教室が爆笑の渦に包まれた。クリス先生が涙を拭きながら言う。
「君、おもしろいねぇ。ははは。よし、全員婚約者の有無も言ってくれ。確かに、みんなにとって結婚相手を探すのは大事だもんな」
(話の分かる先生でよかった)
ミュリエルの隣では、イローナが突っ伏して声を出さずに笑っている。
「はい、婚約者はいます。だから、残念ながらあなたとはおつき合いできません」
ジョナサンは爽やかな笑顔でミュリエルに言う。また皆が笑った。ミュリエルは紙の上のジョナサンの名前の上に線を引いた。
いいヤツだが、婚約者がいる男子に関わっている時間はない。
順調に自己紹介が進み、ミュリエルの紙に男子の詳細情報が増える。ついにミュリエルの番になった。ミュリエルは気合いを入れた。
今日は寄せてあげる例のアレを装着している。隙間に布をグイグイ詰め込んだので、ミュリエル史上最深の峡谷だ。
ミュリエルは胸を突き出し気味にしながら前へ行った。
「ミュリエル・ゴンザーラです。ミリーって呼んでください。男爵で次女です。得意料理は肉料理。獲物を仕留め、解体し、料理までひと通りできます」
ドヤァっと流し目を決めたが反応が薄い。なぜだ。ばあさんは、男は料理上手な女に弱いと言っていたのに。
「特に学びたいことはありませんが、剣術は興味があります。一番得意な武器は石です」
「石……というと?」
クリス先生が怪訝な顔をして聞く。
「はい、石は最も基本の武器です。どこにでもあり、誰でも取り扱え、そしてタダ! これは大きいです。石の良さはもっと見直されてもいいはずです」
「なるほど……」
クリス先生は頷いているが、生徒たちは微妙な表情をしている。もっと石の良さを伝えなければ、ミュリエルは謎の使命感に燃えた。
「実際目にしないとピンと来ませんよね。私が石の素晴らしさをお見せします」
ミュリエルはポケットから石を取り出すと窓を開けて、上空に投げた。
ドサッ ムクドリが校庭に落ちる。
「ちょっと失礼します」
ミュリエルは窓の外にある木に飛び移ってささーっと地面に降りると、ムクドリを掴んでまた木を登って教室に戻る。
教室は異様な静けさに包まれている。
「どうです。これが石ひとつで獲れるんですよ。すごくないですか?」
ミュリエルがムクドリをぶら下げて得意げに見せびらかすと、ワッとひとりの女の子が泣き出した。
「ひどい、かわいそう、そんなにカワイイ鳥を殺すなんて」
(なんですと?)
「いやいや、どんな動物もかわいいですよ。かわいいと美味しいは別物です。あなたも牛や豚を食べるでしょう? 牛も豚もかわいい、でも食べる。そういうものです」
「まあ、その通りだな。しかし、ミリーはすごいな。素晴らしい腕だ。石投げを授業に取り入れるか、先生方に相談してみるよ」
クリス先生が腕組みしながらうんうんと頷く。
「ぜひお願いします。クリス先生は話の分かる素敵な男性ですね。独身でないのが惜しまれます。もし奥さんに捨てられたらぜひ我が領地へいらしてください。領民一同で歓迎しますよ」
「ははは、そんなに情熱的に口説かれたのは初めてだ。ありがとう」
クリス先生はポリポリと頬をかいた。
「えーっと、もう次の生徒にいっていいかい?」
「あ、最後にひとつ言わせてください。医学、法律、測量、土木などの知識を持って、健康で、婿入りできる男子を探しています。持参金はなるべく多い方がいいです。よろしくお願いします」
クリス先生とイローナは大ウケしているが、他の生徒はポカーンとしている。
(もしや、やりすぎたか? でも父さんはいつも、最初に大きく望みを言えって。そうすれば徐々に条件下げれるからって)
まあ、大丈夫だろう。ミュリエルは笑顔を大盤振る舞いしながら席に戻った。