48.食べ盛り
ジェイにクロが戻った。ジェイの魂が喜んでいるのを感じる。
僕とジェイは双子だ。僕の方がほんの少し早く産まれた。だから僕が兄さんだ。ジェイは茶色の髪に緑の目を持つ。森の息子だ。僕は母さんと同じで、金髪に青目だ。
ジェイのことならなんでも分かる。離れていたって、ジェイの心が揺れたらすぐ分かる。それを言うと他の家族は不思議な顔をする。
僕にとっては、ジェイは右手みたいなもんだ。右手が困っていたら分かるだろう?
でもジェイは僕の気持ちはそこまで分からないみたい。小さいときは、一心同体って感じだったけど、少しずつ別の人間になった。
幼いとき、ジェイにクロが現れたとき、僕たちの間に隙間風が入った。その切れ目はどんどん大きくなった。ジェイは僕よりクロにべったりになった。
僕はジェイと家族と領民と、そして動物が好き。だから狩りは苦手だ。
「僕は肉は食べない」
あるとき、言ってみた。父さんは僕をじっと見つめた。
「分かった。でも卵は食べろ。牛乳も飲め」
「うん」
「そしてな、お前がいくら動物が好きだろうが、お前は動物を狩らなければならない。それはこの地で領主一族として産まれた宿命だ」
父さんの目は、痛そうだった。ごめん、父さん。僕は……。
僕はただ黙って頷いた。
魔物が来たら殺さなければならない。それは太陽が昇って、そしてまた沈むのと同じだ。僕は魔物だって好きだ。でも領民は守らないといけない。
ジェイは僕の代わりに率先して命を奪ってくれる。ごめん、ジェイ。僕は兄さんなのに。
クロが死んだ。魔物からジェイをかばったんだ。ジェイの魂がどこかに消えてしまいそう。ジェイは泣きもしない。ただそこにいる。
ジェイは魔物を容赦なく屠るようになった。そんなことしたって、クロは戻ってこないのに。
僕もジェイと一緒に魔物を殺す。そんなことでクロを弔えるとは思わないけど。でも、ジェイと一緒に殺す。血を流せば流すほど、ジェイと僕の隙間は少しずつ埋まったような気がした。
父さんたちが王都に旅立ったあと、クロが戻った。僕にはすぐ分かった。だって、ジェイの心が歓喜で震えている。ジェイの血まみれの心が癒されていく。
あの日、ジェイとクロたちは、夜遅く戻った。ジェイはばあちゃんにガッツリ怒られていた。でも僕には分かる。ジェイは全く聞いていないってことを。
「ジェイ、クロたちの食糧、まかなえそうなの?」
もうすぐ冬が来る。大型の犬十頭を養うのは簡単ではない。
「ハリー、大丈夫だと思うよ。最近魔物がたくさん出るから」
「そう。ならいいけど。犬は塩漬け肉とか食べられないんじゃない?」
「魔犬だから大丈夫だって。最近、魔物も動物もこっちに流れて来てるから、クロたちもこっちに来たんだって。で、こっち来たら僕のこと思い出したみたい」
ジェイの心が凪いでいる。僕の心も静かだ。もう僕はクロに妬いたりしない。ジェイが幸せなら、僕も幸せ。
魔物が増えているというのは、本当だった。毎日のように、鐘と角笛が鳴る。でも、領民は誰も気にしない。
だって、ジェイがクロに乗って、狩りつくすんだ。十頭の大型魔犬の威力は凄まじい。魔物がかわいそうになるよ。
みんな、とりあえず城壁に登って、スリングは構えているけど、惰性でやってるのが分かる。
「凄まじいな……」
「アタシたちの出番、もうなくなるんじゃ……」
「もっと石拾いすっか」
石投げ部隊はせっせと石拾いをしたり、農作業に精を出す。そんなとき、また聞いたことのない鐘と角笛が鳴った。その少し性急な音に、心がざわつく。
僕たちは城壁に駆け上がった。
「あっちの空から、何か来る。鳥が一羽。デケえっ」
じいちゃんが見張り台から叫ぶ。クロたちは居心地悪そうにグルグル回っている。
「投石機用意───」
ジェイが大声で叫ぶ。
「投石機かまえ───放てっ」
巨鳥は石をなんなく避け、近づいてくる。羽ばたきの勢いが強くて、地面の砂が巻き上がる。
「投石部隊────放てっ」
僕たちはスリングで石を放った。当たった。でも効いていない。風で石の勢いが殺されちゃってる。
ばあばが弓を射る。避けられた。
ジェイが槍を投げた。巨鳥は槍を羽で叩き落とす。ばあちゃんの顔に焦りが見えた。
「ダメじゃ。このままだと全滅。ジェイ、撤退だ。地下に潜る」
「総員───退避! 地下に潜れーーー」
皆は城壁から飛び降り、地下に続く扉に向かう。
「ハリーーー」
飛び降りようとしたとき、ジェイの声が聞こえた。振り返るとジェイが青ざめて僕に手を伸ばす。
「なん……」
お腹の当たりをギュッとつかまれ、フワリと持ち上げられる。
「おうぇえええええ」
吐きそうー、寒いー、速いー。僕は巨鳥に振り回されて意識を失った。
「ホッホー」
「ううー」
「ホッホホホー」
「げえっ、暑いっ、羽が邪魔ー」
モフモフした羽に包まれて目が覚めた。
羽がブンブンして風が吹く。
「や、やめてー。息ができないー」
「ホッホー」
「しょんぼりしないでよ」
「ホッ」
「ええーお腹減ったから人食べに来たの? もーやめてよー。ネズミでも食べてなよ」
「ホッホホー」
「ああ、ネズミじゃ食べたりないと。僕、おいしくないと思うけどな……。ほら僕、野菜中心だから、肉がパサついてると思うよ。油分が足りないから」
「ホッホ」
「やっぱり、肉をたくさん食べてる動物の方が、風味とコクがあると思うなあ」
「ホッホホホー」
「ネズミって雑食じゃない。虫も死んだ動物も食べてるでしょう。だからおいしいんだ。僕はね、基本的に葉っぱ食べてるから。葉っぱ。君、葉っぱ食べないよね」
「ホッホ」
「うん、いいよ。一緒に森に狩りに行ったげるよ。だから人間は食べないでよ」
「ホッホー」
「ええー、ジェイがきたって? どこ?」
「ここ」
洞窟の入り口にクロにまたがったジェイがいる。
ジェイがクロの上から飛び降りた。手には魔剣を持っている。
「無事なの? ハリー」
「うん、もう僕のこと食べないって。でもいっぱい狩らないと、食べちゃうぞって言ってる」
ジェイが口を歪める。
「それ、ひどくない?」
「う、でも今すぐ食べられるよりはマシじゃない……」
「心配したよ」
「う、ごめん。助けに来てくれたの?」
「当たり前じゃない」
「次期領主はそんなことしちゃダメだと思う」
「ミリー姉さんがいるからいいんだよ」
今度は僕がしかめっつらになった。
「うん、でも、やめてほしい」
「だったら、あんなにアッサリさらわれないでよ」
「うん、ごめんね。助けに来てくれてありがとう」
「ホッホー」
僕はフクロウにつかまれて、振り回されながら領地に戻った。乗せてって頼んだけど、乗せるのはイヤなんだって。誇り高い鳥は、エサは乗せないんだって。ひどい。
領地に戻ったら、ばあちゃんがウロウロしていた。顔がいつにもましてシワクチャだ。
ばあちゃんは僕とジェイを両手で抱いた。ばあちゃんの腕がプルプルしてる。
「アホウ、お前らふたり。気軽に動物を飼うな。食糧どうする気だ」
ばあちゃんに震える声で怒られた。
どうしよう……。僕は途方に暮れた。
僕とジェイはせっせと遠征して狩りをする。食欲旺盛すぎる生き物を養うのは大変だ。
父さんにも怒られるだろうな……。僕は、父さんたちの帰りがなるべく遅くなることを祈った。