47.どうしてこんな時にかぎって
領主不在の領地はしっちゃかめっちゃかだった。
「ジェイ様、井戸が崩れたって」
「ええっ」
「ジェイ様、行商人が来たよ。塩買わなきゃいけないんじゃなかったっけ?」
「ああー」
「ジェイ様、男の子たちがケンカしてるー」
「うおー」
「ジェイ様、投石機が壊れた」
「ひええええ」
「ジェイ様、今日の晩ごはん何がいい?」
「ぎええええ」
ばあばがジェイムズの両肩に手を置いた。
「ジェイ、落ち着け。息をゆっくり吐け、吐ききったらゆっくり吸え」
「ふーーーー、すーーーーー」
「落ち着いたか?」
「うん、ばあちゃん、ありがとう」
「全部自分でやろうとせんでええ、受け流せ」
「うう」
「井戸はウィリーに行かせな」
「はい。ウィリー、井戸を頼んだ」
「はーい」
「行商人はギルだ」
「はい、ギルおじさーーーーーん」
ジェイムズは屋敷の窓から叫んだ。
「おおおーーーーーー」
遠くからギルバートの返事が聞こえる。
「塩おねがーーーーい」
「りょーーーーーーー」
「坊主どものケンカは放置でええ。そのうち誰かが止める」
「はい」
「投石機はじじいに任せな」
「はい、じいちゃーーーーーん」
ジェイムズは屋敷の窓から叫んだ。
「なんじゃ?」
じいじが隣の部屋から顔を出す。
「あ、いたの。投石機が壊れたって。見てくれる?」
「おう、行ってくるわ」
じいじはのんびり出ていった。
「晩めしは肉だ」
「はい」
扉の前にいた女が頷いて立ち去る。
「な、右から左に受け流せ。ロバートはそれがうまい。ひとりで抱えこんだら潰れるぞ」
「はい」
ジェイムズは、ばあばを尊敬の目で見る。いつもはウワサ話と井戸端会議で一日を終えているのに。ばあちゃん、ヤルな!
カーン
ブオー
「なんじゃあの合図は。聞いたことがないねえ」
ばあばが首をかしげる。
「とにかく魔剣を持って急げ」
ばあばは壁に掲げられた魔剣をジェイムズに投げる。
「やれやれ、ロバートがいないときに限ってまったくもう」
ばあばは、棚から弓矢一式と槍を取った。
「いっちょ狩るかい」
ばあばは足取り軽く城壁に向かった。
城壁の周りには人がワラワラ集まっている。
ジェイムズは急いで城壁の上に駆け上がった。
「あれは……犬の群れ?」
「うーん、どうなんじゃろ。怪しい気配はないけど、犬にしてはなんか妙な動きじゃ」
じいじが遠くの砂ぼこりを見ながら、首をかしげる。
「城門は閉じてるからいいけど。とりあえず投石機は準備しなきゃ」
ジェイムズは慌てて下を見る。女たちが言われるまでもなく、投石機を準備している。子どもたちも慣れているので、巨石の乗った荷車を押してきた。
ジェイムズはホッとする。慌てて気を引き締めた。
石投げ部隊が城壁に上がってくる。ばあばも来た。
ばあばがジェイムズの肩を叩く。
「ジェイ、なんとかいいなよ。みんな待ってんだろう」
「あ……」
ジェイムズは息を呑んだ。言葉が出てこない。
「み、みんな……た、待機──」
「おうっ」
ジェイムズは喉がカラカラだ。犬の群れはヨロヨロふらふらしながら近づいてくる。
「妙な犬だな。悪い気配はしないが、普通の犬でもなさそうだ。なんせ、デカい」
ばあばがジェイムズの隣で言う。
近づくと、犬がいかに大きいか分かる。子牛ぐらいの黒犬が十頭、城壁の下についた。
「ワウーーーーン」
先頭の犬が吠えた。
「ワウワウーーーン」
残りの犬も吠える。
石投げ部隊はスリングを構えた。皆がチラリとジェイムズを見て、指示を待つ。
「お腹が減ってるみたい」
ジェイムズはつぶやいた。
「なぜ分かる」
「だって、そう言ってる」
「ワシには聞こえん」
ばあばは厳しい目で言った。
「だって、そう聞こえた」
ジェイムズは涙目になって言い張る。
「だって、あれ、クロだもん」
ジェイムズは先頭の犬を指差す。
「まあ、確かに黒いが。どれも黒いぞ?」
ばあばが不思議そうに言う。
「違う、あれ、クロ。僕が小さいとき仲良かったクロ」
「ええええ」
「クロだろ、お前」
「ワウーーーーン」
「クロッ」
「ワウッ」
「さっぱり分からん。誰か分かるヤツおるか?」
ばあばが皆に聞いた。みんなポッカーンとして首を横にふる。
「僕、行ってくる」
「こりゃーーー」
ばあばが止めるのも聞かず、ジェイムズは城壁の向こう側に飛び降りた。
ばあばは弓を構える。
「クローーー」
「ワウーーー」
ジェイムズと犬は抱き合ってコロコロと転がった。
「えー」
ばあばは目を見開いた。
領民たちは顔を見合わせる。
「どうするー?」
「どうすんだろ……」
「ジェイ、どうする気だい?」
ばあばが叫んだ。
「飼ってもいい?」
「……お前が食事を用意するならな」
「分かったー、なんか狩ってくるねー」
「こりゃーーーー」
ばあばは怒鳴ったが、ジェイムズはクロに乗って行ってしまった。
「帰ってきたら説教じゃ」
ばあばの言葉に領民全員が頷いた。
次期領主、いちから鍛え直しだな。皆の心がひとつになった。