45.婚約式とはどのような
ある日、狩りに向かう馬車の中でアルフレッドが切り出した。
「ミリー、婚約式をしようと思うんだけど、どうかな?」
「婚約式……それはどのような?」
結婚式は領地でもあるから、分かっている。領地には婚約式なんてない。そもそも、領地では婚約自体しない。
「ねえ、そろそろ結婚する?」
「するする」
そんなお気軽お手軽なノリだ。そのあとはまあ、色々あるけど、ドンチャン騒ぎ、飲めや歌えやである。
王都、ましてや王族ともなれば、それは大変そうだ。
「正式なものなら、両家が揃って教会で挙げる。親族や派閥の貴族も参列する。誓いの品を交換し、宣誓書に署名をし、司教が認めれば正式な婚約となる」
「ほほう。厳かな感じだね。殴り合ったりはしないんだよね」
「……殴り合ったりはしないが。領地ではするの?」
アルフレッドの動きが止まった。
「婚約式はそもそもないけど……。まあ、結婚式では大体するかな」
「そうか……。領地での結婚式はまた改めて考えよう。ミリーの家族は出られるだろうか」
「う、それは、分からない。聞いてみないことには」
「そうだね、聞いてみよう」
御者席にいるジャックは、至急早馬を出さなければと思った。
「他に誰か呼びたい人は?」
「学園の人たち呼んでもいい?」
「もちろん」
「マチルダさんとジョニーさん」
「そうだね」
「街の人は?」
「街の人というと……?」
「肉屋の夫婦とか、家の近所の人とか」
「善処しよう」
ジャックは今までの前例を高速で思い出した。前例は……ない。しかし、それぐらいならなんとかなるだろう。
「セレンティア子爵夫妻はどうする?」
「それは……母さんに聞いてみないと」
「そうだね、聞いてみよう」
今度はミュリエルが確認する。
「誓いの品は、短剣でいいんだよね?」
「……短剣?」
「あ、王都では違うんだ。何なの?」
「指輪かな」
「そうなんだ、分かった。鍛冶屋に頼みに行くね」
「あ、ああ」
「指輪に何を彫ればいいの?」
「王家の紋章は獅子だけど、僕はミリーに婿入りするから、ミリーの紋章がいいな。ミリーの領地の紋章って……なんだ? あれ?」
そういえば、紋章の記憶が全くないことにアルフレッドは愕然とする。
「ああ、うちは今は魔熊だよ。父さんの魔剣での初獲物が魔熊だったからね。死闘だったって自慢してた」
「そうか、代替わり毎に紋章も変えるのか、それは……斬新な……。ということは、ミリーの紋章は魔牛か」
「おっ」
「ちょうど、ミリーにもらった魔牛の角もあるな。あれでふたり分の指輪を作るか」
「いいね」
軽い会話で、ミュリエルとアルフレッドの新領地の紋章が、魔牛に決まった。どこの領地か知らぬが領民に幸あれ。ジャックは静かに祈りを捧げた。
「衣装はどうしたらいいのかな?」
「これは僕が買う。税金だ、経費だ、いいね」
「は、はい」
アルフレッドは有無を言わさず押し切った。
「衣装は何色がいい?」
「赤だよね? 父なる太陽の赤であり、母なる大地からいただいた恵みの色、血の色」
「そうか……。僕も?」
「ん? 男性は大地の色。茶色か黒だよ」
「分かった」
ジャックはハラハラドキドキしていたが、無難な色に落ち着いてホッとした。
***
領地では、ミュリエルの家族が王家からの手紙を囲み、うなっていた。
「俺とシャルロッテは出る。それでいいな」
「はいっ」
全員が声を揃えた。
「ジェイは留守番だ。俺がいなくても領地を守れると民に示せ」
「はいっ」
ジェイムズは真剣な目で答える。
「他をどうするかだ。マリーナとトニーは出るか?」
「父さん、母さんに私までいなくて、弟たちだけって……。帰ってきたら領地が潰れてるんじゃ……」
「う……」
弟たちがさっと目をそらした。
「やっぱり私とトニーは残るよ。心配で王都で寝れなくなっちゃう」
「そうだな……」
マリーナの言葉にロバートが頷く。
「いんや」
ばあばが遮った。
「マリーナとトニーも行きな。あとのことは、ワシらでなんとかする」
ばあばが、頼りない男連中をギロリと見る。
「大丈夫、万が一のことがあったら……」
「あったら?」
「隣の領地に全員で逃げる」
ロバートは押し黙った。
「…………まあ、領民の命が助かればいいか。逃げられるのか?」
ばあばは胸を張った。
「ワシらの逃げ足の速さは王国で随一。引き際を見極めることにかけては、右に出る者はおらん」
「……確かに」
「一瞬で領地を空っぽにしてみせよう」
ばあばは強気な笑顔を見せる。
「その技、ギリギリまで使わないでくれ」
「任せろ。気にせず行ってこい」
一抹どころではない不安を抱えたまま、領主夫妻と長女夫妻は王都への旅に出た。