44.買い物、それは新たな試練
ミュリエルは買い物を練習中だ。今まで狩った獲物を売って得たお金は、鶏小屋の屋根の隙間に隠していた。硬貨一枚が領民ひとりの血液と思えと、父に刷り込まれてきた。今さらお金があるから好きに使えばいいと、アルに言われたところで難しい。
「僕はミリーに色んなものを買ってあげたい。でもそれはいやなんだよね?」
アルフレッドはミュリエルの気持ちをよく分かっている。
「アルのお金は王都の人たちが払った税金でしょう。私が使うわけにはいかないよ」
「ミリーのその気持ちは分かった。尊重する。でも、税金でも使わなければいけないときはあるからね」
「城壁の修理とかだよね。それはもちろんだよ。だって城壁が弱かったら、魔物に襲われてみんな死んじゃうもん」
ミュリエルが真面目に答える。
「そう、たとえば王都なら騎士団は絶対に必要だ。石畳の修理をしたり、井戸を整えたり。医者を増やしたり。それは必要だよね。住民にはできないことを、税金でやるんだ」
「うん」
「ミリーには抵抗があると思うけど、王族と貴族はいい服を着ていなければならない。他国との外交で、王族が貧相な服だと舐められるだろう。そうすると他国から侵略されるかもしれない」
「そっか」
確かに。父さんの服は、行商人よりボロかったけど……。大丈夫なのか?
「王族や貴族が、平民よりいい服を着るのは、必要経費だ。武器と一緒だ。だから、ミリーもいい服を着ることに慣れてほしい。僕は王弟だ、王弟の妻というのは人に見られる立場だから。そこは飲み込んでほしい」
「うん、分かった」
自分がおかしな服を着たせいで、アルがみくびられるのはよくない。うんうん、ミュリエルは頷いた。
「普段から着慣れていないと、態度に出てしまうからね。それに、いい服を買ってあげないと、仕立て屋が困る。縫製の技術も上がらない。金はきちんと市場に回さないといけない」
「そっか」
そういう考え方もあるのだな、ミュリエルは驚いた。
「少しずつ慣れていこう。まずは狩りで儲けたお金を使ってみない? それなら税金じゃないから、後ろめたくないよね。何か買いたいものとかある?」
「アル、一緒に行ってくれる?」
「もちろんだよ」
ミュリエルはソーセージパンの屋台にアルフレッドを連れて行った。
「いつか食べようと思ってたんだー。私がアルの分も払うからね」
ミュリエルはキリッと言った。
「……ありがとう。嬉しいな」
「ソーセージパンふたつください」
「はいよ、銀貨一枚だよ。カラシは好きなだけつけてね」
「はい」
ミュリエルは銀貨一枚をおばさんに渡した。上側のパンをずらして、三本のソーセージに少しだけカラシを塗る。アルフレッドもぎこちない手つきでカラシをつけた。
「いただきまーす」
パンを少し潰して大きく口を開ける。ガブリッ、かじりつくとソーセージの皮がプチンと破れて、肉汁とほのかなハーブの香りが口の中に広がる。
これは、父さんが絶対に好きなやつー。ミュリエルは確信した。物足りないかと思ったけど、食べてみると十分にお腹が満たされた。
「おいしいね」
ミュリエルはあっという間にたいらげたが、アルフレッドはまだ半分ぐらい残っている。
「ああ、とてもおいしい。こういう屋台の食べ物はほとんど食べたことがないんだ。味が濃いけど、おいしいと思う」
「体使って働いてる人は、塩気が多い方がいいからね」
「なるほど」
アルフレッドは上品にチミチミと時間をかけて食べきった。
***
さて、買い物である。食べたいものなら思いつくが、欲しいものとなると難しい。
物欲は持たないように育ってきた。ミュリエルは険しい顔で街をさまよう。欲しいものとはなんなのか、それが問題だ。
アルフレッドはそんなミュリエルを優しい目で見ながら、一緒にさまよってくれる。
「そういえば、最近ずっと私と一緒だけど、執務は大丈夫なの?」
授業が終わるとジャックが迎えに来て、アルフレッドが乗る馬車に押し込まれるのだ。
「大丈夫だよ。宰相が張り切っているから。僕が王宮にいると、ざわついてよくないらしい」
腑に落ちない顔のミュリエルに、護衛のケヴィンがこっそり教えてくれる。
「アルフレッド殿下が浮かれて、誰にでも笑顔を振りまいていらっしゃいます。王宮の女性官吏や侍女がバタバタと倒れておりまして」
「ああ……」
なるほど、この顔面で無駄に笑ったら面倒くさいことになるだろう。ミュリエルは遠い目をした。
まあ、買い物につき合ってもらえるのはありがたいので、放っておこう。ミュリエルは考えないことにする。
ひとつの小さなお店がミュリエルの目に止まった。領地では見たことのないような色鮮やかな毛糸が積まれている。
ああ、これだ。ミュリエルは決めた。
「これを買うよ。私、刺繍はあんまり得意じゃないけど、編み物は好きなんだ。これから寒くなるし、アルと家族になんか編んであげるね」
さすが王都、柔らかで手触りがよい毛糸がいっぱいだ。あんまり細い糸だと、編む量が増えて大変なので、太めの毛糸にする。
「うーん、母さんは赤が好きだから、この夕焼けみたいな毛糸。父さんは……好きな色とかあるのかな……。青がいっかな。濃い青が似合いそう」
ミュリエルは赤と青の毛糸を三玉ずつカゴに入れる。
「マリー姉さんは水色かピンクどっちにしよう……。ピンクにしようかな、似合いそうだし。弟四人は……なんでもいっか。色んな色が混ざった毛糸で編んだげよう。それならケンカしないでしょう」
ひとつの玉に少しずつ異なる色が入った毛糸を選ぶ。どうやって染めてるんだろう。おもしろいな。ミュリエルはしげしげと毛糸を眺める。
「あ、アルはどれがいい? 好きなの選んでね」
アルフレッドは固まっていたが、ミュリエルの言葉で我に返ったみたいだ。じっくりと毛糸の山を見て、ひとつを手にとった。
「ミリーの目の色と似てるから、これがいい」
森の色だ。
「そっかー、そういうのいいね。じゃあ、私のはコレにするね」
ミュリエルは今日の空のような爽やかな青色の毛糸を選ぶ。
「アルの目の色だね」
アルフレッドが空を見上げて口をギリギリしている。
「どうしたの?」
「喜びを噛み締めていた」
「喜びって本当に噛めるものではないと思うけど」
「気分の問題だよ」
「大げさだなー。いくらでも編んであげるから。人形たちにも作ってあげよう。マフラーにするね、簡単だからね」
護衛のケヴィンがこそっとミュリエルにささやく。
「ミリー様、ほどほどにしてください。殿下が寝られなくなります」
「いや、ちょっと意味が分からない」
「興奮のあまり、寝られなくなります。私には分かります」
「そっか……」
子どもみたい……。ミュリエルは心の中でつぶやいた。ちなみにミュリエルはいつでもどこでもすぐ眠れる。怪しい気配があればすぐ目が覚める。野生動物である。
ミュリエルは大急ぎでアルフレッドのマフラーを仕上げた。寝不足になられると、王宮の皆が困るではないか。
アルフレッドは、まだ寒くもないのにずっとマフラーをつけている。皆、生温かい目でアルフレッドを見守っている。
二十五年間、王族然としたにこやかな笑顔を絶やさなかった殿下だ。有頂天で挙動がおかしくなるなんて、喜ばしいではないか。
季節は秋。王宮の中は春真っ盛りだ。
今季節は秋で、結婚式は来年の春です。ネタを……ネタをください(切実)
こんなん読みたいというのがあれば、ぜひお願いします。
できる限り書けるようにがんばります。
ご要望に添えないこともあると思います。すみません。
よろしくお願いします。