43.ミリーの望むもの
最近、アルフレッドとミュリエルは毎日森に狩りに行っている。
アルフレッドの狩りの腕は順調に上がり、せっせとミュリエルに獲物を捧げている。十匹目を捧げたあと、アルフレッドはなかなか聞けなかったことを切り出した。
「領地では、プロポーズするまでに獲物をいくつ捧げるの?」
ミュリエルはうーんと考えた。
「ひとつだと思うけど……。人によるんじゃないかなあ。父さんは捧げてないし。母さんがいらないって言ったから。ははは」
「そう……。百匹とかじゃないんだね……」
「百匹もらっても困るよね」
アルフレッドはほっと息を吐いた。
「領地では、プロポーズはどんな感じ?」
「えーっとね、一番人気はね、隣の領地に結婚式のドレスを買いに行かないかってヤツ。でもそんなことできる人、滅多にいない。現金収入がないからね」
「なるほど。他には?」
「お前のために家を建てる、とか。どっちかの家族と同居がほとんどだからさ」
「うん、興味深いな。……ミリーは理想のプロポーズとかある?」
アルフレッドはチラリとミュリエルの顔を見る。
「ん? この前、アルがやってくれたのが最高だったよね。持参金は領地の年間予算の十倍ってやつ。みんなにうらやましがられたよ」
アルフレッドは地面にうずくまった。
「どうしたの? お腹でも痛い?」
「いや、胸がちょっと……」
ミュリエルは心配そうにアルフレッドの背中を撫でる。ミュリエルは気になっていたことを聞いてみる。
「アルってさあ、子どもは何人ぐらい欲しいの?」
ゴフッ……。アルフレッドがむせた。ミュリエルは慌てて背中を叩いてあげる。
「な、何人……。ふ、二人とか? 三人とか? …… ミリーは?」
「そうだなー、三人は欲しいよね。でもよかった。十人とか言われたら、ちょっと大変だなーと思ってたんだー」
「そうか……」
「男の子と女の子、両方欲しいよね」
「そうだね」
「あ、でも、最初の子は女の子の方が楽だって、ばあさんたちが言ってたよ」
「そうなの?」
「女の子の方が小さいから、スルッと産めるんだって」
アルフレッドは赤くなった顔を腕で隠す。
「男の子の方が病気しやすいし、大変らしいよ。最初に女の子産んでると、お母さんも子育て慣れてるからね」
「なるほど」
「それに、女の子は少し大きくなったら、下の子の面倒見てくれるからさ」
「そうか。……貴族や王族は、育児は乳母に任せるんだけど、ミリーはどうしたい?」
「自分で育てたいなあ。領地では、みんなで子育てするんだよ。お母さんが大変なときは、手の空いてる人が面倒見るの。特に出産後はお母さん体が大変だからね。お母さんは授乳だけ、他は全部周りがやってあげるんだよ」
アルフレッドは眉間にシワを寄せる。
「それは……全く想像がつかない」
「子育てはね、ひとりじゃ絶対にできないから。周りに助けてもらわないとね。アルも、オムツぐらいは替えられるようになってもらわないと」
「分かった。最近子どもが産まれた誰かに聞いてみる」
アルフレッドは真剣な目でミュリエルを見つめる。
「いや、産まれてから覚えれば十分だよ。一日やれば慣れるから」
「そうか」
「楽しみだねえ」
ミュリエルは朗らかに笑った。
***
アルフレッドは思い詰めた顔をしている。色々考えた結果、ヒーさんに言われた通り、周りに頼ることにした。
「ジャック、ミリーへのプロポーズで悩んでいる」
「はい」
「どう思う?」
ジャックは大真面目な顔で、書きつけを取り出す。
「こういうこともあろうかと、巷で流行りの恋愛小説を数十冊ほど読んでみました」
「ジャック、さすがだな」
「一番人気は、ふたりの思い出の場所です」
「……森かな」
「二番目は、舞踏会で皆に見られる中で跪いて求婚です」
「それなら簡単だな」
「三番目は旅行先です」
「なるほど」
「四番目は高級レストランです」
「ふむ」
どれも問題ないな、アルフレッドの表情が明るくなった。
「ですが……ミリー様は一般的なご令嬢ではございません」
「そうだった」
アルフレッドが顔を引き締める。
「やはり、女性の意見を聞くべきかと」
「ルイーゼか」
「イローナ様も」
「それでは、ミリーの仲の良い女性を全員集めてくれ」
「はい」
***
「……ということで、ミリーへのプロポーズについて、助言をもらえないだろうか」
アルフレッドは真剣な表情でお願いする。ルイーゼ、イローナ、魔牛お姉さん六人は顔を見合わせる。
「森じゃないでしょうか」
「狩りの道具を積み上げては?」
「金貨」
「夢がなさすぎますわ」
「馬は?」
「だったら石」
「それはない」
「一流の服屋で、ここからここまで全部って」
「税金を無駄にしてって怒られますわよ」
「舞踏会で跪いてプロポーズというのは?」
アルフレッドが質問する。
「それは、小説で読む分にはおもしろいですけどねえ……」
「貴族は婚約が決まってますでしょう? 婚約者に今さらそんなことされてもねえ」
「婚約してない相手ですと、なおのこと困りますわ」
「断りたくても断りにくいですし」
「受け入れて、あとで親に怒られたら困りますわ」
アルフレッドは何度も頷いたあとで、神妙な顔で言う。
「となると、やはり森で狩りの道具や武器を積み上げるのがよいか……」
「殿下、ミリーのお母様に手紙で聞いてみては?」
イローナがはっと思いついて言った。皆が一斉に同意する。
「そうだな、それがいい。ありがとう」
アルフレッドは心から感謝の気持ちを述べた。
「あまりお役に立てませんでしたわ」
「でも、ああやって殿下が色々考えていらっしゃることが素晴らしいのですわ」
「そうですわ。独りよがりの押しつけはいけませんもの」
魔牛お姉さんたちは、アルフレッドに頼られて嬉しかった。プロポーズがうまく行くことを、腕輪に祈った。
***
ミュリエルは心配している。アルフレッドの様子がどうもおかしいのだ。いつものように森で狩りをしているが、全く集中できていない。
「アル、なにかあった? 様子がへんだけど……」
「ああ、すまない。少し考えごとをしていた。今日は集中できないから、湖の近くで休憩しない?」
「うん」
ふたりは手をつないで、のんびり歩く。湖に着くと、アルフレッドはミュリエルの手をとって跪いた。
「ミリー。僕はミリーに猪から助けられたとき、ミリーに恋をした。そして、ここでミリーに怒られたとき、ミリーと結婚したいと思った」
ミュリエルは目を丸くする。
「ミリー、僕と結婚してください。僕と一緒に家族と領民を守ってほしい。ミリーのために家を作ったんだ。受け取ってくれる?」
アルフレッドは置いてあった木箱のふたを開けると、人形用の木の家を慎重に取り出す。
「本物の家もいずれ建てさせるけど、僕には本物の家は作れないから……。人形の家を作ってみたんだ」
アルフレッドに促され、ミュリエルは壁部分を開く。二階建てになった家の中には、二体の人形が並んで座っている。
「ミリーのお母さんが、ミリーが唯一欲しがった人形だって教えてくれた。お母さんが服を縫ってくれたんだ」
アルフレッドは人形の服を指差す。
「こっちの男の人形は僕が作った。縫い物は初めてだったから、少しいびつだけど……」
アルフレッドは男の人形を照れ臭そうに見つめる。
「子どもが産まれるたびに、その子の人形を作るよ。服はお母さんに頼むと思うけど。家具ももっと増やす。ウィリーに木彫りのコツを教わったんだ」
ミュリエルはそっと男女の人形を手にとる。古ぼけた女の子と、いびつな男の子。ふたりとも、服は驚くほど豪華だ。
ミュリエルはすっかり荒れてゴツゴツしたアルフレッドの手を見る。裁縫と木彫りでのケガだろうか。切り傷がたくさんある。
「ありがとう。すごく嬉しい」
ミュリエルは泣きそうな顔で笑い、優しく人形を撫でる。
「ミリー、僕と結婚してくれる?」
「はい」
ミュリエルはアルフレッドの目を見て、しっかり答えた。
「たくさん家族を増やそう。産むのはミリーだけど、僕もちゃんと子育てする」
「うん」
「ミリー、愛してる」
「アル、ありがとう。私もアルを愛してる」
アルフレッドはミュリエルに初めてのキスをした。