42.小さな命
「皆、今日は集まってくれてありがとう」
石投げ部隊のドウェイン・ブラフマブル隊長が皆の前に立って、お話されます。ドウェイン隊長は元々は騎士団の副隊長でいらっしゃいました。副隊長を新設の石投げ部隊の隊長にするなんて、王家の本気が伺えますわ。
ドウェイン隊長は筋骨隆々、見上げるような巨体です。そばにいるだけで、体温が上がりそうな圧を感じます。
ドウェイン隊長は男の中の男として、平民と貴族から絶大な人気を誇ります。公明正大、公平無私な方と評判です。伯爵家のご出身なのに、身分の分け隔てなく気さくに接してくださるので、下級貴族から憧れられています。
猛牛のような猛々しいお姿ですが、愛妻家で子煩悩なのですって。
そんな巨男の隣に、我らが麗しのアルフレッド王弟殿下が立っていらっしゃいます。
あら、殿下、髪をお切りになったのですね。以前は背中まである柔らかな黄金色の髪を、ゆるく結んでいらっしゃいましたのに。今は潔く刈り上げていらっしゃいます。
まあ……以前のいかにも王族といった殿下も素敵でしたけれど……。アリシアはほうっと息を漏らした。
少し精悍になられたようですわ。以前の人間ばなれした、儚さが垣間見える容姿から、キリリとした戦士に進化なさっています。
どちらの殿下も……イイ。尊い。
アリシアはそっと心の中で祈りを捧げた。
「アルフレッド王弟殿下たってのご希望で、この度新しく石投げ部隊が設立された。殿下からお言葉を賜る。皆、心して聞くように」
ドウェイン隊長が皆を見渡します。アルフレッド殿下が少し前に出られます。
「この石投げ部隊の設立の目的は他でもない。平民、貴族、男女の区別なく、誰もが己で己の身を守り、ひいては家族をも守れるようになるためだ。最終的には、全ての民が石投げで身を守り、狩りができるところまでもっていきたい」
アルフレッド殿下の声は、さほど大きくないのですが、心に深くしみわたります。
「魔物から、他国の軍から、国民全てが己の身を守れるようになってほしい。そう願っている。ひとり一人が強ければ、国はさらに強固となり、無用な戦争を回避できるようになるであろう」
アルフレッド殿下は言葉を紡ぎながら、隊員の顔を順番に見据えます。
「強い民を守るため、騎士団はさらなる研鑽が必要だ。誇り高きローテンハウプトの国民を導くため、石投げ部隊には折れない心と強靭な肉体を持ってほしい。皆が横並びの新人だ。私も共に訓練を受ける。たゆまぬ努力で最強の石投げ部隊を作り上げようではないか」
アルフレッド殿下が三指の敬礼をなさいます。わたくしも、親指、人差し指、中指を伸ばした右手を頭の横に挙げます。国へ、殿下へ、民へ誓います。
***
「殿下、本当に殿下も訓練に参加されるおつもりですか?」
ドウェイン隊長がこっそりとアルフレッドに聞く。
「ああ、執務が立て込んでいるときは無理かもしれんが、極力毎日出るつもりだ」
「それは、隊員の士気が上がります。ありがとうございます」
「まずは百人。これをキッチリ鍛え上げてくれ。ゆくゆくは各領地に派遣して、全ての領地に石投げ部隊を作りたい」
「壮大な計画ですな」
「初期投資も、費用もほとんどかからん。やる気と技術さえあれば、子どもでもできるようになるのだ。弓矢を与えるより、よほど現実的だ」
「確かにそうですね。平民、貴族、男女が満遍なくバラけておりますので、鍛えがいがあります」
「頼むぞ」
ミュリエルを失うかもしれない、そう思ったとき、アルフレッドの体は震えた。子どもの頃から望めばなんでも手に入った。欲しいものなどさしてなかったが。たったひとり、初めてその心を得たいと思った。
策を弄して囲い込んだところで、ミュリエルは大人しくカゴの中になどいてくれない。誇り高い少女はいつだって自由を求めて飛び立ってしまう。
あのとき、ただミュリエルの愛を乞うてすがるだけだった。なんと情けないことであろうか。ミュリエルが共に歩もうと選んでくれる男になるのが先であろうに。
ひとりで狩れるようになるまで、ミリーには会わないと誓った。
アルフレッドは毎朝、日の出と共に走る。体力をつけるには走り込みが一番とミリーが言っていた。
そのあと布を振って肩をほぐし、石を投げる。どれほど忙しくても、必ず両手で百回ずつ石を投げる。
リンゴは少しずつ潰せるようになった。
たまに王宮でルイーゼとすれ違う。ルイーゼは謎の微笑みを浮かべる。少し寒気がするのはなぜだろうか。
ドウェインに言われた。
「殿下、もう大丈夫でしょう。行ってください」
アルフレッドは黙って頷いた。ダンに聞けばすぐミリーの居場所は分かる。今日は高位貴族の令嬢たちと庭園でお茶会をしているようだ。
遠くから隠れてミリーを眺める。久しぶりに見るミリーは、ひときわ輝いて見えた。ミリーは楽しげに笑っている。令嬢たちも爆笑している。
いい友人を得られたのだな、ミリー。嬉しいような、少し寂しいような、複雑な気持ちになる。
お茶会が終わったようだ。皆と立ち去ろうとするミリーを呼び止める。
「ミリー」
「アル、久しぶりだね。忙しいって聞いてたけど、大丈夫? あれ、髪切ったのね。アルは顔がキレイだから、なんでも似合っていいね」
「ふふ、そう言ってくれると嬉しいな。ミリー、この後空いてる?」
「空いてるよ」
「一緒に森に行ってくれないか? 僕の狩りを見てほしい」
ミリーは目を丸くする。
「いいよ」
ミリーは嬉しそうに笑った。
***
森の中の大きな木の陰で、アルフレッドとミュリエルは静かに待っている。アルフレッドは心が乱れないよう、ひたすら呼吸に集中する。
吸って、吐いて、吸って、吐いて……。
カサッ
アルフレッドは石を六つ、連続で投げる。
隣でミュリエルが息を吐いた。アルフレッドは、はあっと大きく息を吐くと立ち上がる。
ゆっくりと近づくと、茶色のウサギがうつろな目をして横たわっている。
「父なる太陽、母なる大地、我ら大地の子。今日の恵みを感謝いたします」
アルフレッドは目をつぶって小さく祈る。
目を開けて、消えようとする小さな命を見る。手を伸ばし、ウサギの首をつかんだ。ひと思いに握り締める。アルフレッドの目から涙がこぼれた。
「ローテンハウプト王国ヴィルヘルムの息子、アルフレッド。石での初めての獲物を、ミュリエルに捧げます」
アルフレッドは流れる涙をそのままに、跪いてウサギを捧げる。
ミュリエルは黙って受け取ると、アルフレッドの額に口づけた。