41.石投げ部隊の始まり
ごきげんよう、アリシアですわ。マルベーリャ侯爵家の長女ですの。わたくしは泣く子も黙る、「学園の愛と平和を守る七人衆」のひとりですわ。
最近はリリー・ギルフォード様が学園にいらっしゃらないので、六人衆になってますわ。わたくしたち、最近マギューお姉さんって呼ばれてますのよ。ホホホホ。
ミリー様が名づけてくださったの。マギューとは、ミリー様の領地で、最高という意味なのですって。光栄ですわ。
それを聞いて以来、マギューをもっと流行らそうと思って使っているのですが、イマイチ流行らないのですわ。おかしいですわねぇ。
「このケーキ、マギューおいしいですわ」「わたくしの婚約者、マギューかっこいいですわ」などと使っているのですけれど。
わたくしたちマギューお姉さんは、高位貴族の集まりですの。ひとり一人では弱いですけれど、七人集まれば怖くありませんわ。上位にある者として、学園の秩序を守ることが使命ですわ。なかなか難しいですけれど……。
でもでも、ミリー様の公式な親衛隊という肩書きを得ましたから、わたくしたちの権威は右肩上がりですわ。ホホホホ。
ミリー様、不思議なお方ですのよねぇ。
「アルフレッド王弟殿下が溺愛する男爵令嬢がいるらしい」
なーんてウワサがひそかに出回ったとき、だーれも信じませんでしたわ。
だって、あのアルフレッド殿下ですわよ。美神のふたつ名を持ち、文武両道、若い頃から執務をこなす切れ者殿下ですもの。
ええ、国中の、いえ諸外国も含む、あらゆる女性の欲望の吐け口になっていましたわ。あら、わたくしったらついはしたないことを……。だって、素敵なんですもの、ねぇ。
皆、密かに思っていましたわ。
「アルフレッド王弟殿下のお目に止まりたい」
そしたら、婚約者なんてとっととポイして、アルフレッド殿下の元に駆けつける所存ですわよ。ええ、当たり前ですわよ。
でもねえ、アルフレッド殿下は、ちーっとも、かけらも、みじんも女性に興味がないのですわ。きっと、寵愛する男性がいらっしゃるのだわ、そう婦女子は妄想をたぎらせたものです。
そんなアルフレッド殿下が寵愛するという、ウワサのミュリエル・ゴンザーラ男爵令嬢が、久しぶりに学園にやってきたものですから、あのときは大騒ぎでしたわ。
身分の低い女子生徒たちから懇願されたのです。ウワサの真偽を確かめてくださいって。
「お姉さま、私どうしても信じられなくて。あれほど麗しいアルフレッド殿下の相手が、あのように平凡な女だなんて。きっと魔女ですわ」
そんなことを言う生徒もおりましたわ。聞き捨てなりませんでしょう。
ええ、もちろん快諾いたしましたわ。学園の愛と平和を守る七人衆、ここで動かずしていつ動くというのです。勢い込んで、ミリー様の教室に乗り込みましたわ。
まあ、それがねえ、ホホホホ。あっさり籠絡されてしまいましたのよ。凄まじい手腕ですわ。
「恐ろしい子、ミリー」
皆、白目になりましたわ。
不思議なのよねぇ。まあ、それなりにかわいらしいのよ、でも突出するほどではないの。アルフレッド王弟殿下の眩い輝きとは、比べ物になりませんわあ。
でも、よく分からないけど、好きになっちゃうのよねぇ。意味が分からないですわあ。それがミリー様のミリー様たるゆえんなのでしょうね。
さて、腕輪ですわよ。わたくし、実はまだ祈っておりませんの。だってねぇ、自慢ですけど、わたくし人生にこれといって不満がございませんのよ。
父はボヘーッとした侯爵なのです。切れ者とはとうてい言えませんわ。でも、父のそういう抜けたところがなんだかイイって仰ってくださる人が多いのですわ。父は抜け作ですけれど、周りに優秀な方がいるものですから、安泰なのですわ。
王都の主要な土地をいくつも持っておりますから、寝ていても収入が入ってきますし。
婚約者はね、キャッ、マギューかっこいいの。ホホホホ。ホイヤー伯爵家の嫡男、赤の獅子ネルソン様ですのよ。ミリー様に自慢したら、「ああ、にんじんの」って仰ってたわ。にんじんって何かしら。野菜のにんじん? まさかねぇ……。
ネルソン様は、国を守る騎士になるのが夢なのですわ。強くなるために、常に鍛えていらっしゃいますの。筋肉美ですわ〜。近衛騎士団から誘いを受けているようですわ。でも、最近の様子だと、騎士団に心が動いているようですわ。
騎士団に石投げ部隊が新設されるのですって。そこの幹部候補にどうかと誘われているのです。とても名誉なことですわ。
それに、石投げ部隊はミリー様がゆかりらしいですわ。素晴らしいですわあ。
そうそう、先日ルイーゼ様とミリー様を愛でる会のピクニックがございましたのよ。そこで、ミリー様自ら、石投げを教えてくださったの。文字通り、手取り足取りですわ。家に帰って自慢しましたわ。
もちろんネルソン様にも自慢しましたの。とても興味を持ってくださって。ホホホホ。今では朝の鍛錬で布振りを一緒にやっておりますのよ。
わたくしが、石投げで獣を狩るのも、時間の問題ですわね。ホホホホ。
「森の獣たち、怯えて待つがよろしくてよ」
ふと、思いつきましたわ。
「そうね、願いごと、それにしようかしら……」
いいかもしれませんわ。ネルソン様のホイヤー伯爵家に嫁いで、家の切り盛りをするつもりでしたけれど。家令がいるのですもの、わたくしの出る幕はそれほど多くはないでしょう。
「お茶会や夜会で社交するのもいいけれど。まあ、そんなの片手間でできますし。家で暇を持て余すぐらいなら、ねえ」
なんだかワクワクいたしますわ。
「今からやって、間に合うかしら。わたくしあまり筋肉はございませんけれど……。ネルソン様に相談してみましょう、そうしましょう」
ネルソン様に相談したら、とーっても喜んでくださったのよ。
「家でも外でも背中を預けられる女房なんて、最高だ。アリシア、一緒にがんばろう」
ですって。
「キャーーー、あんなかわいらしい笑顔のネルソン様は初めて見ましたわ。絵師を連れていなかったのが悔やまれますわああああ」
はっ、落ち着くのよアリシア。さっきからひとり言が漏れていてよ。
コホン では、いざっ。
「ネルソン様と共に、国とミリー様を守れる石投げ部隊を作り上げられますように。強い女になれますように」
さっ、これでいいわ。早速石投げの特訓ですわあ。