40.根回しとはこのように
「ええ、そうなんです。頭の固い方っていらっしゃいますでしょう? ミリー様のよさは、古臭い方には分からないみたいですわ。ええ、もちろんわたくしたちは、新しい柔軟な貴族ですもの。古きは尊びつつ、変革を受け入れる度量がございますでしょう?」
ケイトは、文官を夫に持つ夫人の会で、こっそりと情報を共有する。
「そうですわよ。それになんといっても、腕輪ですわ。わたくし、ようやく腕輪を購入できましたのよ。それでね、早速叶いましたの、願いが」
ひとりの女性が興奮を隠しきれない様子で声を高める。
「まあ、やはりウワサは本当でしたのね。私の腕輪はまだですのよ。少し予約を申し込むのが遅かったのですわ……」
「あの、どんな願いが叶ったか、聞いてもよろしくて?」
「……実はふたり目を授かりましたの」
「!!」
「わたくし、ひとり目は割と早く授かったのですが、ふたり目がまったくで。でもそんな愚痴、外ではこぼせませんでしょう……」
「分かりますわ。ひとりいるならいいじゃないって、言われてしまいますものね。分かります」
「ずっと祈ったのです。ふたり目をお願いしますって、それに、ミリー様への感謝の気持ちも。それがよかったのかしら」
「それは、早速広めなければなりませんわね。腕輪で幸せになる人が増えれば、ミリー様もお喜びになりますわ」
ケイトは力強く皆を見渡した。
***
「ルイーゼ様、文官の統制は完了いたしました」
王宮内にあるルイーゼの私室で、ケイトは現状を報告する。
「まあ、さすがはケイト様ですわ。仕事が早くていらっしゃる」
「ルイーゼ様とミュリエル様、二柱の女神にお仕えできること、光栄でございます」
ケイトはうやうやしく礼を執った。
「ほほほ。次は、そうですね。女性だけでピクニックをいたしましょう。ミリー様のピクニックへの悪い記憶を塗り替えねばなりませんわ」
「それは素晴らしいですわ。でも、護衛はどういたしましょう」
「女性騎士を集めます。遠巻きに前回の護衛と騎士を待機させましょう」
「それなら安心ですわね。どなたをお呼びいたしましょう」
「そうね……。イローナ様と、魔牛お姉さんたち六名と、ケイト様とわたくし。これで行きましょう。ミリー様を入れて十名ですわ」
「手配いたします」
「よろしくお願いしますわ」
ケイトは静かに部屋を出た。
***
「今日は新しい趣向を凝らしたピクニックですのよ」
ルイーゼはおっとりと微笑む。
「まあ、新しい趣向とはどのようなものかしら?」
魔牛お姉さんのひとりが首をかしげる。
「大地の女神の愛を感じることが主題ですの。わたくしたち、食事のたびに祈りますわよね」
「『父なる太陽、母なる大地、我ら大地の子。今日の恵みを感謝いたします』ですわよね。もちろん毎日祈っておりますわ」
「わたくし思いましたの。毎日祈ってはいるものの、大地の女神に本気で感謝を捧げたことがあったかしらって」
ルイーゼはかすかに眉をひそめた。
「まあ……」
「今日は、ミリー様に狩りを少し教わって、大地を感じながら、大地の恵みをいただくのですわ」
「素晴らしい試みですわ」
「新しいですわ」
「斬新ですわ」
「新しい流行になりますわ」
魔牛お姉さんたちは新しいことが大好きだ。
「ミリー様、わたくしたち、乗馬はたしなむ程度ですの。大地の女神の恩寵を一身に受けたミリー様には、到底ついていけませんのよ」
ルイーゼの言葉に、ミュリエルは真面目な顔で答える。
「分かりました。ゆっくり走らせますね」
「そうしていただけると助かりますわ」
「まあ、ミリー様の乗馬姿のなんて見事なこと」
「狩りの女神、アルテミッソスのようですわ」
「人馬一体とはこのことですのね」
「背筋が矢のようにまっすぐですわ」
「感服いたしましたわ」
魔牛お姉さんたちはもとより、女性騎士たちもミリーの美しい乗馬姿に見とれる。
「まあ、石だけで狩れるなんて」
「興味深いですわ」
「わたくしもやってみたいですわ」
「あら、全然飛びませんわ」
「まあ、布で練習するのですね」
「家で試してみますわ」
魔牛お姉さんたちは、初めての石投げに大騒ぎだ。女性騎士たちは、さすがに飲み込みが早く、何人かは獲物を石で仕留められるようになった。
「これをすれば、ミリー様のような美背中になれるのですね」
「まあ、わたくし、母と一緒にやりますわ。だって、うちの父、いつも母をぶつんですもの」
「石で頭をかち割ってやればいいのですわ」
「応援しますわ」
魔牛お姉さんたちが、暴力男に呪詛を吐く。
「疲れましたわ」
「肩が痛いですわ」
「座りたいですわ」
魔牛お姉さんたちは、口はよく動くが、体力はない。生粋のお嬢様だもの。
「さあ、大地を感じるために、本日は敷物の上に座りましょう」
ルイーゼが敷物の上に座ると、魔牛お姉さんたちもイソイソと続く。
「あら、なんだか楽しいですわ」
「地面に座るなんて、子どものとき以来ですわ」
「大地の女神の力を感じますわ」
「ホントですわ」
「そういえば、お聞きになりまして? リリー様のこと」
「ミリー様?」
「いいえ、リリー・ギルフォード侯爵令嬢ですわ」
「ああ、リリー様ね。わたくしたちと一緒に遊んでくれなくなりましたわ」
「仕方がないのですわ。妹のマーリーン様に、婚約者のキリアン様を奪われたのですもの」
「そのふたり、石を投げてやりたいですわ」
「賛成ですわ」
「マーリーン様は、いつもリリー様のものを欲しがるのですわ」
「今は、キリアン様より、ヒューゴ様を追いかけ回していますわ」
イローナが目を丸くする。
「ヒューゴ様?」
「あら、失礼しましたわ。イローナ様の元婚約者でしたわね。ホホホホ」
「ヒューゴ様はね、イローナ様に振られて傷心だったのですわ」
「まさか、そんな……」
「あら、本当ですわ。殿方ってね、自分の手の中にあるときは、興味を示さないのよ」
「逃げ出した途端、追いかけてくるのですわ」
「まあ……」
イローナは目をパチパチする。
「とにかく、キリアン様に捨てられたリリー様と、イローナ様に振られたヒューゴ様が、今ちょっといい感じなのですわ」
「ミリー様の腕輪のおかげだってもっぱらのウワサですわ」
「まあ、そういえばわたくしも、試験の点数がよかったですわ」
「わたくしは婚約者の浮気が元で婚約を解消できましたわ。おかげで好きな幼馴染と婚約できましたの」
「まあ、素敵ですわ。わたくしも祈ってみますわ」
「話を戻しますけれど、マーリーン様はヒューゴ様に、あっさり断られたらしいですわ」
「いい気味ですわ」
「ついでにキリアン様にも振られたらしいですわ」
「まあ、胸が熱くなりますわ」
「キリアン様は、貴族女性からソッポをむかれてますわ」
「当然ですわ」
ミュリエルは交わされる高速の会話についていけず、女性騎士たちと肉を焼いている。
「まあ、お肉が焼けましたのね。いつの間に」
「えっ、このまま串から食べるのですか?」
ルイーゼは大真面目に頷く。
「ええ、大地の女神はそのように召し上がっていたと、聖典に記されていますのよ」
「まあ、ではやらない訳にはいきませんわね」
「はふはふ、むぐっ。まあ、熱々なお肉ってとってもおいしいわ」
「いつもは毒味の間に冷めてしまいますもの」
「塩だけでこんなにおいしいだなんて」
「これが大地の恵みなのですね」
魔牛お姉さんたちは、初めて食べる焼き立ての肉に夢中になった。手も口もベタベタになっている。
「さすがですわ。ミリー様は大地の女神の化身なのかもしれませんわ」
「きっとそうですわ」
「間違いありませんわ」
「大地の女神が、わたくしたちにミリー様を遣わされたのですわ」
『ミュリエル様は、大地の女神の御使い様であらせられる』そんなウワサがまことしやかに、ささやかれるようになった。