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35.行き当たりバッチリ


 王と宰相は、ラグザル王国への賠償請求の条項が書かれた紙を読んでいる。


「私は問題ないと思うが、ヒーさんはどう思う?」


 ヒースクリフ・マカサータ宰相、通称ヒーさんはしばらく黙っていたが、ニッと笑った。


「アルフレッド殿下、ドーンとやってみなされ。骨はワシが拾ってやりましょう」


「骨になるつもりはないのだが……。何か問題があるなら言ってくれ」


 アルフレッドは苦い顔をする。


「先方の出方次第でしょうなあ。ここまで調べてまとめたのです。あとは交渉してみないことにはなんとも」


 ヒーさんは穏やかな顔でアルフレッドを見つめる。


「孫のヤスミラがよく言う言葉なのですがな、『行き当たりバッチリ』の精神です。ある程度準備をしたら、あとは出たとこ勝負ですぞ」


 ヒーさんは鋭い目で王とアルフレッドを見据える。


「うむ。では、交渉はアルフレッドとヒーさんに任せた。バッチリやってこい」


「はい」



***



「お父様、わたくしアルフレッド王弟殿下に嫁ぎたいですわ。わたくしの嫁入りで、レイチェルの失態をなかったことにすればよろしいわ」


 ラグザル王国の第二王女アナベルは、居丈高に王に意見を述べる。


「まったくよろしくないであろうよ。アルフレッド殿下は、お前にもレイチェルにも興味はない。なぜ分からんのか」


 ダビド・ラグザル王はうんざりといった様子でため息を吐く。


「まあ、お父様。お父様の目はふし穴ですの? わたくしのこの高貴なる美貌、好きにならない殿方などおりませんわ。交渉の場で姿絵を見せれば終了ですわ」


 アナベルは両手を腰に当てて、豊かな巻き毛を揺らす。



「アナベル、そなた出戻りではないか。素行が悪く、かつ子を成せなかったため、離縁されたのだぞ。そなたの価値はもはや無に等しい。……まあ、側妃にということであれば、提案してもよいかもしれぬが」


 王は両手でこめかみをグリグリする。娘たちと話すと頭痛が起きるのだ。



「なんですって! 栄えあるラグザル王家の次女である、わたくしを側妃にですって。お父様、冗談もたいがいになさってくださいませ」


「冗談はそなたの頭の中身だ。もうよい、交渉事に口を出すでない」


 王は頭痛をこらえながら、アナベルを追い出した。


「はあー、どうして我が娘たちは揃いも揃っておめでたいのであろうか」



 美貌に目がくらみ、家臣の反対を押し切って嫁に迎えた妻だったが……。こうなると、あのとき家臣の言うことを聞いていればよかったかもしれない。


 今さら悩んでも仕方がないことを、王はいつまでもグジグジと考え続けた。




***



「殿下、交渉では相手により多く話させた側が勝ちです。焦らずじっくり揺さぶってくだされ」


「分かったよ、ヒーさん。骨にならないよう、やってみる」


 アルフレッドは気を引き締めた。



 ラグザル王国からラモン・デルノルテ宰相と、ハビエル・ペルゴリア外務大臣が訪れた。いよいよ山場である。



「我が国の平民が、貴国で騒ぎを起こしたことについて、お話し合いをさせていただきたい」


 ハビエル外務大臣が口火を切った。アルフレッドは無表情で聞き返す。


「平民と言いますと?」


「ええ、頭のおかしな女がふたり、ご迷惑をおかけいたしました。ふたりは既に処刑しております」


「なるほど」


 アルフレッドはピクリとも表情を変えず、ハビエル外務大臣の言葉を待つ。



「何分、気のふれた哀れな女の不始末です。ぜひご温情を賜りたく。しかし、いくら平民とはいえ、貴国を騒がせたことは事実。いかがでしょう、それなりの賠償金と、アナベル第二王女の側妃入りで手を打っていただけませんか」


「アナベル第二王女の側妃入り? いったい誰に?」


 アルフレッドの眉がかすかに寄った。


「ええ、アルフレッド王弟殿下の側妃として、社交や外交を担当できればと。聞くところによりますと、アルフレッド殿下の婚約者は男爵家のご出身だとか。社交や外交は心もとないのではと、愚考いたします」


「アナベル第二王女の素行については、我が国にも伝わってきております。厄災にこそなれ、賠償にはなりませんな」


 アルフレッドは氷のような視線をハビエル外務大臣に向ける。



「ま、まあ素行については……。しかし美しさにおいては右に出る者はおりません。しばらく時を置いたのち、家臣に下げ渡していただいても……」


 ハビエル外務大臣は、ささっとアナベルの姿絵を出した。


 アルフレッドはチラリと姿絵を一瞥すると、無反応で書類に目を落とす。


 ハビエル外務大臣は、何かを察知して速やかに姿絵を片づけた。



「こちらの情報では、年上の女はムーアトリア王家の末裔、ロゼッタ・ムーア。年下の女はレイチェル・ラグザル第三王女ですが」


「まさか、そのような! レイチェル王女は王都から一歩も出ておりません。それに、元ムーアトリア王国の王族はとうに処分しております。あり得ませんな。王女と元王族と身分を詐称するなど、許せません。早々に処刑しておいてよかったです」


 ハビエル外務大臣は落ち着いた表情を見せる。



「ムーアトリア王家の末裔かどうかはともかくとして……。レイチェル第三王女は、この目で確認しました。まさか、王弟である私の言葉を疑うとでも?」


「いやいや、殿下。女は化けますぞ。化粧をほどこせばなんとでも。物証がない以上、いくら殿下のお言葉でも、はいそうですか、とはなりませんなあ」


 ハビエル外務大臣はうっすらと笑う。


 アルフレッドは大臣の前にコトリと指輪を置いた。



「つい先日、レイチェル第三王女から捧げられた指輪だ」


 ハビエル外務大臣とラモン宰相が指輪を凝視する。


「ここに、ラグザル王家の紋章が入っていますね」


 アルフレッドは指輪の中の百合の紋章を指し示す。


 外務大臣と宰相は顔色を失った。



「ラグザル王国の国家予算二年分。そして、国境沿いの土地をいただきたい。そうですね、旧ムーアトリア王国の領地あたりがいいでしょう。併合後、統治がうまくいってないのでしょう?」



 ラモン宰相はアルフレッドの差し出す書面を受け取り、ゆっくりと全文を確認した。渋い顔で頷くと、ハビエル外務大臣に渡す。ハビエル外務大臣は急いで文面を確認すると、青ざめた顔で署名した。



***



「行き当たりバッチリでしたかな?」


 ヒーさんがアルフレッドに問いかける。アルフレッドはしばらく考えたのち、ゆっくりと口を開いた。


「女たちをラグザル王国に返したのは失敗だった」


「そうですね。交渉するまで、返すべきではありませんでした。ただ、それだけが殿下の犯した間違いではない」


 アルフレッドがヒーさんを見つめる。


「殿下、なぜ事前に相談してくださらなかったのです。じいはいつだって、殿下のお力になりたいと思っておりますぞ」


 ヒーさんは優しく諭す。


「殿下は優秀です。それは誰しもが認めるところでしょう。ですが、優秀な人間ひとりは、優秀な人間三人の知恵には敵いませんぞ。それをゆめゆめお忘れなきよう」


「そうだな。自分の力を過信していた」


 アルフレッドは悔しそうにうつむいた。



「殿下は部下をこき使うのには定評がございます。こき使ってなお、部下に慕われるという得難い資質も……。しかし、もっと上の人間を頼りなされ。ワシら老人は伊達に年を取っていない。幾多の失敗を乗り越えて、この地位にいるのです」


「む……」


「指輪をお持ちだったのは僥倖でした。それがなければ、はした金でお茶を濁されたでしょう。ですが、もし事前にご相談いただければ、賠償金は国家予算の五倍は取れましたぞ」


「五倍……」


 アルフレッドがヒーさんをまじまじと見つめる。



「ダビド王に手紙を一通送ればいいだけです。『各国の賓客を招いた夜会にレイチェル第三王女を出す』それだけで、ダビド王はいくらでも金を積み上げたでしょう」


「ああ……」


 アルフレッドは顔を歪めてがっくり肩を落とした。



「ミュリエル様に関わることを、おひとりで片づけたかったお気持ちは分かります。吐くほどに嫌いなレイチェル王女を、すぐ返したかったのも。しかし、殿下は王族です。もっと強く、冷酷であらねばなりません」


 ヒーさんはアルフレッドの肩に手を置いた。


「ひとりで抱え込まず、周囲を頼りなされ。ひとりでは無理でも、誰かがいればより強く、より冷酷になれるでしょう」



 ヒーさんはひとり静かに考えるアルフレッドを置いて、王の元へむかった。



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― 新着の感想 ―
アルフレッド、ミュリエルたちからすれば、すごく頼りになる人だけど、海千山千のジーさんたちからすれば、まだまだヒヨッコということですか。
[良い点] 年の功! こう、若者が主体のラノベで、食えねぇジジイとかババアとかが活躍する物語、大好物でございます! [一言] あー、隣国の王女たち、神経がゴン太いな!?庭のワルナスビかよ!と思っていた…
[一言] リアルヒーさんっすかw
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