表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/305

32.建前は大事です


「ねえ、最近ブラッド見ないけど、どうしてんの?」


 学園でミュリエルはイローナに気になっていることを聞いてみる。


「ああ、ブラッドはねー、王宮で特訓受けてる」

「へえー、なんで? 学生なのに?」


「えーっと……」


 いつもパキパキ物を言うイローナが、珍しくモジモジしている。


「えー、実は。アタシとブラッドは婚約しましたー。あははー」


 イローナが赤い顔で笑う。


「なんだってえ! どうしてもっと早く教えてくれないのっ」


 ミュリエルは思わず立ち上がった。


「ブラッドが学園に来たら、一緒に言おうかなーと思ってたんだ……」


「えー、わー、おおおお。うん、お似合いだよね。すごいしっくりくる。前から熟年老夫婦みたいだったもんね」


「誰のせいだと」

「あ、やっぱり私のせい? ふたりには何かとお世話になりました」


 へへーっと頭を下げるミュリエル。



「お礼に、魔牛棒もうひとつあげるよ」

「あ、ありがとう……。父がツマミにちょうどいいって言ってた」


 イローナは魔牛棒をハンカチで包んでカバンにしまった。


「そうなの? また魔牛が出たら多目に作っておくね。王都でも出ないかなー」

「ちょっと、物騒なこと言わないでよ」


「あれ、イローナって別の婚約者いたよねえ。なんかシュッとした感じの人」


 そういえば思い出の夜会で紹介されたような……。ミュリエルは首をひねる。


「ああ、違約金払って解消した」

「じ、事務的……」


「貴族の婚約なんてそんなもんよ。そもそもお金で買った婚約だし、むこうもせいせいしてんじゃなーい」


 イローナはとてもサバサバしている。



「ひえー……。あれ、でもそれとブラッドが王宮にいることに何の関係が?」


「ああ、そうね。あのね、アの人がね、いずれブラッドを領地に連れて行きたいって。アの人とミリー、どこかの王家直轄領地を治めるんでしょう? 手足として使える若手文官が必要らしいよ。それで、今アの人から猛特訓受けてるらしい」


 ミュリエルは少し真顔になる。


「私、なにもできないけど、いいのかな……。書類とか書けないけど」


「いいでしょう。そんなの周りに優秀な人を配置すればいいだけだもん。ミリーは気にせず、狩りをしてれば大丈夫。アタシも行くんだし」


「えっ」


「だからこその婚約でしょうが。嬉しい?」

「うううううううう嬉しいっ」

「よしよし」


 イローナは涙ぐむミュリエルを犬のようにワシワシ撫でてあげる。



***



 ブラッドは緊張で喉がカラカラだ。アルフレッド王弟殿下の下で働き出してから、毎日気の休まることがない。食事もあまり喉を通らず、ズボンがゆるくなってしまった。


 ブラッドがまとめたラグザル王国の資料を、アルフレッドが無表情で確認している。


 (この時間が一番キツイ。ダメならダメと早く言ってくれー)


 フッとアルフレッドの空気がゆるんだ。


「いいのではないか。よくまとまっている。この線でいこう。よくやった」


 女なら即恋に落ちそうな笑顔で褒められた。ブラッドは張り詰めていた息を静かに吐き出す。


「明後日の夜は空けておくように。夜会をする」


「はい。……ちなみにどのような?」


「王宮の文官たちを労うための夜会だ。振り回した分、報いてやらんとな。兄上にも散々言われている。それに……」


 アルフレッドが柔らかく笑った。


「僕もミリーに会いたいし。仕事仕事で少しもミリーに会えない。辛い……」


 アルフレッドが机に突っ伏してウジウジし始める。


「君の婚約者も誘ってきたまえ。しばらく会っていないのだろう? これが招待状だ」


「ありがとうございます!」


 (もっと早く言いなさいよって怒られるに違いないけど……)


 久しぶりにイローナに会えると思うと、顔がニヤケそうになる。頬の内側を噛んで、表情を引き締める。


「今日はもう帰っていい。婚約者に招待状を渡してきなさい」

「はいっ」



***



「もっと早く言いなさいよねー。バカなの?」

「いや、私もさっき言われたばかり……」


 ブラッドがモゴモゴ言い訳するが、イローナは聞いちゃいない。


「まったく……。何着ようかしら。やだー、ここ、父でもなかなか予約の取れない、超一流のレストランじゃないの。やったわ。でかした、ブラッド」

「あ、そうなんだ」


 イローナの機嫌が上向いて、ブラッドはホッとする。


「ブラッドは何着るの?」

「え? なんか適当に」


 イローナがしかめ面になった。


「あんた何言ってるのよ。アタシたちの、婚約者として初めての夜会でしょう。もっと気合い入れなさいよね」

「あ、そういえば、そうだった……。ごめん」


 ブラッドは肩を落とす。その様子をイローナはじろじろと遠慮なく眺める。



「それに、ブラッド。あなた痩せたでしょう。今までの服だと変なシワができるわよ。大至急、仕立て直さないと」


「いや、それはさすがに間に合わない」

「大丈夫、うちの専属に超特急料金で直させるから。さあ、行くわよ」


 イローナに強引に連れて行かれ、王都の一流店でブラッドはいくつもの燕尾服を試着させられた。その中で最も体に合ったものを、至急直してくれるらしい。


 専属の仕立て人は、慣れているようで平然としている。もうとっくに閉まっていた店をしれーっと開けさせ、仕立て直しを悪びれずに命じるイローナ。


 これが金の力か……。ブラッドは婚約者の力の一端を垣間見て、ややおののいた。



***



「ミリー、王宮から大きな荷物が届いてるわよ」

「えーなんだろう」


 どでかい何かが、幾重にも厳重に布で巻かれている。ミュリエルは恐る恐る布をはいでいく。


「なにこのドレス。た、高そう……」


 淡い金色のドレスがキラキラ光っている。


「う、まぶしい。金貨の色……。うわっ、靴まで入ってる。白って……外歩いたら一瞬で汚れるのに……」


「ミリー、普通は馬車で行くのよ。ここに手紙も入ってるわよ」


「アルからだ。明後日、お食事会だって。イローナとブラッドも来るって。アルが迎えに来てくれるみたい」


「よかったわねえ。殿下に会うの久しぶりでしょう」

「うんっ」


 マチルダがニコニコ笑顔でミュリエルを見る。


「楽しみね、うんとキレイにしてあげますからね」

「わーい、お願いしまーす」

 


***



「あなた、やっと帰って来たと思ったら、明後日に夜会ってどういうことですか? 私にも予定というものがございますのよ」


 マックスがボロボロになって帰宅すると、妻のケイトがおかんむりだった。


「ご、ごめん……。急に決まったんだ」

「とにかく、招待状を見せてくださいな。……この署名、もしかして……」


 招待状を読むと、妻の鬼の形相がみるみる消えていく。


「あ、ああ。アルフレッド王弟殿下がぜひにってことなんだ。もし君が無理なら、私だけで行くよ」


 ギラリ ケイトの目が恐ろしくぎらついている。


「行くわ。行くに決まっているではありませんか。今もっとも注目を集めているアルフレッド殿下の夜会なんて……。あらゆる予定を調整して行きますわ。まさかとは思いますけど、婚約者の方もいらっしゃったりなんて……まさかねえ?」


 (もう結婚してるけど、これは機密だから言えない……)


「ええっと、ミュリエル様もいらっしゃるよ。そもそもこの夜会は、殿下がミュリエル様に会いたいがために、強引に決められたんだ」


「……詳しく」


「えええーーっと……。殿下がね、まあなんというか色々と、超法規的措置を取られて……。絶対内緒にしてくれる?」


「もちろんですわ」


 ケイトは聖母の微笑みを浮かべた。


「殿下ね、陛下しか使ってはいけない印章をね、大量の紙に押してね……。その紙を持ってミュリエル様の領地に行ってしまわれて。ははは」


「……笑い事ではないのでは?」


「うん……そうだね。まあ、その紙で色んな公的文書を作ってしまわれて、おかげで私たち文官は大変だったんだ」


「それは、誰にも言えませんわね」


 なんと無茶な。謀反ととらえられて処刑でもおかしくはないではありませんか。ケイトはくらりとめまいがした。



「まあ、それで陛下がいい加減にしなさいと、殿下を呼び戻されたんだ」


「そんな、子どものイタズラを咎める温度感で……。陛下、殿下に甘すぎませんか」


 ケイトは頭を振って、意識をはっきりさせようとする。さっきから、貴族の常識では考えられないことばかりを聞かされている。



「そう、確かに。あ、でも、陛下は諸々の調整が終わるまで、ミュリエル様には会ってはならないって、殿下に厳しく命じられたみたいだよ」


「それは……。まるで思春期の男子を持つ父親みたいな……」


「それで、殿下はミュリエル様に会えないのが耐えられなくなって、突然夜会を決行する運びに……。ほら、文官を労うように、陛下が殿下に仰ってくださっていたらしいから」


「なんでしょう、ついで感がひどいですわね。ただの口実的な。いえ、例えどんな理由であろうと、今をときめくおふたりの夜会に出られるなんて……。あなたと結婚してよかった!!」


「えええええ」



 久しぶりに見るケイトの愛のこもったまなざしに、マックスはたじろいだ。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ブラッドは立派な社畜になりそうですね!(笑)
[良い点] ヒューゴ、やっぱりイリーナになにも伝わってなかったんですね笑笑 次はちゃんと自分から働きかけて、幸せになってね!! 登場人物みんな幸せになるから読んでて楽しいです♪ [気になる点] 公文…
[良い点] 陛下しか使ってはいけない印章を押した沢山の紙…… それって5部作った結婚届けもこれだと気づいてニヤニヤしてました [一言] 文官さんしばらく家庭円満そうで良かったε-(´∀`;)ホッ イロ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ