【特典SS】パッパと靴
ローテンハウプト王国の王都には浮浪者がほとんどいない。ローテンハウプト王国は長年、戦争を免れてきた。よって豊かだ。貧しい者へ伸ばす手が長く、厚い。
政治の力も大きいが、実はパッパ率いるサイフリッド商会も一役買っているのは、知る人ぞ知る事実
サイフリッド商会の本店はローテンハウプト王国の王都にある。
「王都から浮浪児を一掃する」
パッパの祖父は、小道のすみっこや空き家で震えながら寝る孤児を見るのが、耐えがたかった。浮浪児を住まわせる家を用意し、衣食住を整えた。
「学がなくても、靴磨きならできるだろう」
パッパの祖父はまず、既に街角で靴磨きをしている少年たちを雇った。既得権益とうまくやれ。それがサイフリッド商会の理念だ。彼らには新人の教育係に回ってもらう。もちろん、今まで靴磨きをして得た賃金より高い給料を払うのだ。少年たちは喜んで知識と技術を伝授してくれた。
「すっごくお金持ちの人は来ないよ。家に靴磨く人がいるから」
「ちょっと落ちぶれた貴族がねらい目」
少年たちはどこの区域に落ちぶれた貴族が来るか教えてくれる。
「大きな舞踏会があるときが狙い目だよ」
「雨の日は商売あがったりだ。でも翌朝は忙しいよ。ぼっこぼこの靴で駆け込んでくる人がいっぱい」
こうして、パッパの祖父は、身寄りのない子どもを靴磨き職人にする仕組みを整えた。
「一過性でものごとに対応するな。仕組みを作れ。百年後、孫の世代を考えた上で、仕組みを作れ」
パッパの祖父は口を酸っぱくして、何度も繰り返し言う。
パッパの父は、祖父の仕組みを改善するのが得意だった。
「小さく始めて、どんどん改善する。それが商売成功の秘訣。ぼやぼや二の足を踏んでいると、商機を逃す。すぐやる、改善する。ダメだったら撤退する。ダメでもそこから得ることはたくさんある」
パッパの父は、失敗を恐れない。むしろ喜ぶ。
「何が原因だった? そこから何を学んだ? どうすれば次はうまくいく?」
目を輝かせて、矢継ぎ早に質問する。サイフリッド商会に、失敗を恐れない風土ができた。
パッパの父は、靴磨き少年たちに、パリッとした制服を支給することにした。それまでは、簡単なシャツとズボンだった。
「理想は、貴族の執事だ。上品で礼儀正しく、パリッと装った小さな紳士。そんな紳士に、靴を磨かれたら、嬉しいじゃないか」
身なりの良い、溌溂とした少年たちが、靴を磨いてくれる。とても気分の良い靴磨き体験は、一気に王都で人気になった。孤児でない平民の少年も、靴磨きの仕事に就きたがるようになった。
パッパは父と祖父が整えた仕組みを更に発展させる。靴磨き少年たちに、サイフリッド商会の流行の衣装と靴をまとわせるのだ。
「靴はこれから売り出す、まだ市場に出してないものにしましょう。そして、服は流行が少し落ちてきたもの。道行くお客様に、この服そろそろ安くなる、という暗黙の宣伝にします」
いい機会なので、希望があれば少女も靴磨きの仕事に就けることにした。ただし、少女はサイフリッド商会の店舗のすぐ前でのみ、商売をする。やはり危ないからだ。路上に立っている少女を、無体な目に合わせたくない。
パッパの予想以上に、やりたがる少女は多かった。流行の服と靴をまとえるのは、お金のない少女たちにとっては夢のような条件だったようだ。意外な副産物は、貴族女性の利用があったことだ。
「さすがに男の子に足を見られるの、イヤじゃない。でもあなたみたいなかわいらしい女の子なら、お願いしてみようかなと思ったの」
靴磨き少女たちは、貴族女性の抱える痛みに気づいた。
「足に合わない小さな靴を履いてる女性が多いです。小指と親指が苦しそうでした」
「足の裏にタコがあって、痛いって」
「新しい靴を履くと、毎回靴ずれでかかとが血まみれになるんですって」
華やかな装いの陰に、そんな苦痛を隠していたなんて。
パッパは、そういう女性向けの商売を始めることにした。
「足が痛くならない靴をお作りできますよ」
そう少女たちがささやくと、貴族女性はいそいそと靴屋を訪れる。
感じのいい女性店員が至れり尽くせりで対応する。穏やかな会話を続けながら、貴族女性の出せる金額をそれとなく把握する。足に合わない靴を履くということは、お金に余裕のないことを意味するからだ。お金に困っていなければ、足にピッタリの靴を作っているはずなのだ。
なるべく安く、足に合う靴を。少し傷があったり、色むらのある革を使う。クズ宝石を散りばめて豪華に見せるなど、お金はかけずに工夫する。
店にある既製品が足に合えば、さらに安く済む。なんなら、中古の下取りをしたものならもっと。
パッパは、こっそりと貴族たちから衣服の下取りを進める。貴族たるもの、何度も同じドレスを夜会で着るわけにはいかない。需要と供給が合致して、貴族社会でこっそりと衣服が循環し始めた。もちろん手直しはする。
「あら、そのドレス、いつぞやのあの方のと同じ」なんてことがあったら、どちらの評判もガタ落ちだ。
お金がなくても、幸せな買い物体験を。パッパの思いは少しずつ実を結んでいる。
身寄りのない子供にも、衣食住と職の提供を。パッパの祖父の意志は成し遂げられた。
靴磨き職人の子どもたちは、靴と足を知り尽くしている。パッパは子どもたちの適性を見て、別の道の可能性も提示する。
「職人に弟子入りすれば、靴職人になれますよ。」
「お店の下働きから始めて、靴屋の店員になれますよ」
「礼儀作法と言葉遣いを覚えれば、貴族のお屋敷への御用聞きの仕事ができますよ」
「読み書き計算ができるようになれば、靴の仕入れや売買の担当もできますよ」
ずっと靴磨きをやっていきたいという子もいれば、別の道に進む子もいる。道で短い一生を送るしかなかった浮浪児たち。人生の選択肢を得て、自分で選べるようになった。
「サイフリッド商会は慈善事業に力を入れているのですね。儲からないのに、頭が下がります」
そう褒められることもある。パッパは即座に否定する。
「慈善事業とは思っていません。浮浪児が街からいなくなれば、王都の治安はよくなります。浮浪児保護に使っていた税金を、王家が別の事業に回せばローテンハウプト王国は潤います」
パッパは力説する。
「ローテンハウプト王国が豊かになれば、他国から商人や裕福な貴族が訪れるでしょう。王都の学園には他国の王族が留学してくるでしょう。そうすれば、サイフリッド商会が儲かります。決して慈善事業ではないのですよ」
パッパは機会があれば、その思いを熱く語る。貴族や他の商会が、同じように考えれば、より多くの人が助かり、国が栄える。そうすればサイフリッド商会は安泰だ。
「金が金を生むのです。経済を回すことが人を救い、サイフリッド商会を大きくするのです」
パッパは金の力を信じている。そして、人々の内にある善の心も。




