38.やっぱり馬が好き
世界をまたにかけて取引きする一流の商人、パッパ。移動の手段は主に馬車だ。もちろん船も使うが、陸地では馬車だ。
「パッパなら、ワイバーンも買えるでしょうに」
「飛ぶと早いですよ」
たまにそんなことを言われる。パッパも飛べば早いと知っている。でもパッパは馬が好きなのだ。馬は頭がいい。ヒトを見る目がある。性根の悪い人には心を閉ざす。臆病者には上から目線で舐めてかかったりもする。
こちらがきちんと誠意をもって向き合うと、馬も忠義を尽くしてくれる。何より大きいのは、草食動物ということだ。
パッパはご存知の通り、ふくよかだ。いいものを食べてできあがった、フクフクとした体。どうやら、おいしそうに見えるらしい。
実はパッパ、ワイバーンを試乗しようとしたことがある。大変だった。とてもよくシツケされているはずのワイバーンたち。パッパを見ると、一様に大きな口をパッカリ開けて、舌なめずりをした。
とがったキバがヨダレでぬらぬら光る。赤くて長ーい舌がベロベロベローンと大きな口をグルリと舐める。普段は冷めた感じらしいワイバーンの目が、なんだかイヤな感じにギラついている。
「私は、おいしくないですよ」
パッパは思わず叫んでしまった。ワイバーン牧場は沈黙に包まれた。
パッパは冷や汗をハンカチで拭うと、深呼吸をしてから穏やかに微笑んだ。
「やっぱり馬が好き。そう再確認できました。私は馬車に乗り続けることにします」
上客になりそうなパッパに、最上の接待をする気まんまんだったワイバーン牧場の人たちは、ガックリとうなだれた。でも、どうしようもない。もしも、万が一、ワイバーンがパッパをかじったら? 牧場は終わりだ。従業員は路頭に迷い、家族は腹を空かせて泣くだろう。
「もし、状況が変わったら、再度ご検討くださいませ」
もし、痩せたらまた試しにいらしてくださらないかなーという気持ちを、ボカしてボカして伝えるのがやっとであった。
機微に聡いパッパは、ワイバーン牧場の人たちの遠回しな希望に気づいているが、穏やかな笑みを浮かべたまま別れを告げた。各地で接待を受けまくるパッパ。痩せるのはほぼ無理だと分かっている。パッパはポヨンとしたお腹をさすりながら、馬車に乗り、ワイバーンたちの欲望の目から逃れた。
「馬はいい」
パッパは馬にニンジンをあげながら、しみじみとこぼす。
「食費がそんなにかからないですしね」
ワイバーンは肉食だ。食費が高くつく。腹が減ったら、乗り手を食べるかもしれない。腹が減ってなくても舌なめずりされたのだ。空腹時はパッパなんてパクリだろう。
「誰でもお世話ができますし」
走り終わったら鞍を外し、ブラシを全身にかけ、蹄の間に詰まった泥をガリガリかき出してあげればいい。清潔な寝床と、新鮮なワラとお水。「今日もありがとう」と労うのを忘れなければ、機嫌良く走ってくれる。
ブフーッブルルルッと鼻息を吹きかけながら、パッパの肩に長い鼻をスリスリする。かわいらしく、安全な動物。
サイフリッド商会の支店は各地にあるので、支店に着くたびに馬を替えることができるのも、いい。馬を乗り潰してはかわいそう。若い馬は長距離に。年老いた馬はのんびり街中だけで、商品をお届けする役目だ。
ヒトも馬も、きちんと手と目をかけてあげれば、幸せに長く働くことができる。使い捨てはしない。
そんなパッパだからこそ、あらゆる動物に崇められ、かしずかれるミュリエルをとても尊敬している。ワイバーンもクジラもフクロウも、なんなら犬たちも、パッパを見ると目がギラッとするのに。ミュリエルを見る目とまったく違う。
「ミリー様なら、ワイバーンもなんなく乗りこなすんでしょうなあ」
パッパがそう言うと、フクロウのシロの目つきが悪くなった。パッパは冷や汗が出た。言ってはいけないことを、言ってしまったらしい。
肉食獣にウットリ見られがちなパッパ。ゆえにハリソンに親近感がわきまくる。フクロウに「お前おいしそうだな」目線で見られる仲間だもの。
そんなハリソンが天馬を乗りこなしているのを見たときは、少し寂しい気持ちになったものだ。
「やはりミリー様の弟君。ただものではありませんよね」
「パッパ、天馬に乗りたい?」
気前のいいハリソンは、パッパに天馬を譲ろうとしてくれる。パッパは丁寧にお礼を言って断った。
「ありがたい申し出ですが、結構ですよ。パッパには馬が合うのです。のんびりゆったり行くのが安全で好きなのです」
パッパは今日もポクポクと、馬車に乗って旅をする。




