37.無欲ってむずかしい
雪が降り積もるヴェルニュス。ミュリエルとアルフレッドは久しぶりに、ふたりだけの散歩を楽しんでいる。もちろん護衛と犬はたくさんいるが。ルーカス抜き、デート気分というアレだ。
「たまには、アル様に甘い時間をお贈りいただけませんか」
ジャックの切なる願いが、こっそりダイヴァ経由でミュリエルに届けられた。
「そう言われてみれば、雪が降ってからふたりで散歩してないね。寒いとつい部屋にいたくなっちゃうもんね。雪の中を散歩するのも、いいかもしれない」
素直なミュリエルは、アルフレッドをデートに誘った。
「ジャックがやきもきしてるんだって。ルーカスにかまいっきりでアルが寂しがってるんじゃないかーって」
あからさまに言い過ぎであるが、アルフレッドは慣れている。後ろの壁際で目をつぶっているジャックのことを、怒ったりしない。
「ミリーとのデートなら、雪山だって火山だって砂漠だって、大歓迎だよ。寒いから暖かくして行こう」
アルフレッドはいそいそと、ミュリエルに編んでもらったマフラーを巻く。手袋も帽子も、ミュリエルが編んでくれた。ミュリエルの愛がこもったぬくぬくに身を包み、アルフレッドはミュリエルの手を握る。
雪が積もった道を歩くのは大変だ。ヘタをすると靴が脱げる。靴の隙間から雪が入るとビチャビチャになる。ミュリエルは慣れているけれど、アルフレッドは四苦八苦。見かねた犬たちが、先を走って道をつけてくれる。
「そなたたち、ありがとう」
アルフレッドがお礼を言いながら、雪まみれの犬たちを撫で、雪を払ってあげる。
「今日は風がないから、そんなに寒くないね」
ミュリエルが赤い鼻をマフラーで隠しながら、手袋をはめた手をこすり合わせる。アルフレッドはミュリエルの両手を取って、はあーっと息を吹きかける。
「部屋に戻ったら、温かいお茶を飲みながらケーキを食べよう」
「うん、楽しみだね。今日は雪に見立てたケーキなんだって。どんなだろうね」
創意工夫を凝らしまくる料理人たち。ケーキ大好きな領主のため、次々と新作を出してくれるのだ。
ミュリエルが雪のケーキを頭に思い浮かべながら歩いていると、ふと妙なものに気がついた。
「なんだろう。小さな人形が立ってるね」
ミュリエルの腰ぐらいまでの大きさの、木彫りのおじいさんが六体、大きな木のそばに立っている。雪が積もって、ほとんど顔が見えない。
「屋根がないから、雪が積もっちゃうね。かわいそうに」
ミュリエルとアルフレッドはそっとおじいさんたちの体から雪をはらった。
「今は無理だけど。春になったらここに屋根つけてあげるね。そしたら次の冬は寒くなくなるよ。今は作れないんだ、ごめんね」
ミュリエルは首からマフラーを外すと、おじいさんの頭の上に巻いてあげる。アルフレッドはしばらくためらったあと、自分のマフラーを隣のおじいさんの頭にかぶせた。
「ミリーに編んでもらったマフラーだ。でも、僕のマフラーはミリーのマフラーの隣にある方がいいし。他にもたくさんあるし」
「またすぐ編んであげるし」
ミュリエルがニコニコ笑いながら続けた。護衛たちが、それぞれ自分たちのマフラーを外して、おじいさんたちの頭にのせる。
「みんなの分も編んであげるね」
「いえ、ありがたいですが、結構でございます」
「ミリー様の手作りは、殿下にのみということで、なにとぞ」
「我々の分は、妻に編んでもらいますので」
護衛たちは必死の形相で断る。アルフレッドは苦笑し、ミュリエルはクスッと笑った。
「そうだよね。みんな、もう奥さんや恋人がいるもんね」
護衛たちは、ヴェルニュスでいい人を見つけているのだ。ミュリエルが世話を焼かなくても、大丈夫。
おじいさん人形たちに別れを告げて雪道を楽しんで、城に戻ったその晩。ミュリエルはおかしな声を聞いた。
「どっせーい、どっせーい」
ミュリエルはベッドから起き上がり、魔剣を持つと静かに窓際に立った。アルフレッドがミュリエルの後ろから外を見る。
「どっせーい、どっせーい」
色とりどりのマフラーを頭に巻いたおじいさんたちが、ソリのようなものに大量の荷物を載せてお城の前に歩いてきた。おじいさんたちは、ソリをそこに残すと、サーッと帰っていく。
ミュリエルとアルフレッドは、護衛と共に階下まで降り、残されたものを見る。
「毛糸がたくさん」
「すごくキレイな色」
「マフラーのお返しということでしょうか」
「わざわざいいのにね」
「雪が降らない日に、屋根を建てにいきましょうか」
「帽子も編んであげようかな」
編み物の上手な人たちで手分けして、帽子や手袋、マントを編んだ。大工仕事が得意な人たちが、屋内の仕事場で屋根を小分けして作る。
「これなら、雪の合間に少しずつ持って行って、現地で組み立てられますからね。あっちで、いちから作るより早い」
防寒着と屋根の一部を持って、おじいさんたちのところに行った。ミュリエルは神妙な顔でおじいさんたちに話しかける。
「おじいさんたち。この前はわざわざ毛糸を持ってきてくれて、ありがとう。お返しなんていらないんですよ。でも、どうしても、どうしてもお返ししたくてしょうがないって感じなら、次は野菜の種とかハチミツがいいです」
「ミリー、それはさすがに、あからさま過ぎやしないだろうか」
アルフレッドが小声でたしなめる。
「あ、やっぱりー。おじいさんたち、気にしないでね。キリがないからね。わざわざ持ってくるのも大変だろうから。ここに置いててくれたらいいんですよ。次の散歩のときもらいにくるから」
「ミリー」
アルフレッドはミュリエルの口を手でおさえた。不思議な存在に不敬ではないかと心配になったから。でもアルフレッドの最愛の妻ミュリエルは、おじいさんたちの不興を買わなかったようだ。
ミュリエルとアルフレッドが散歩のついでに、おじいさんたちに挨拶に行くたびに、何かが置いてあるようになった。野菜の種、ハチミツ、毛糸、陶石、絵の具になる石など。
ミュリエルはケーキなんかをお供えしながら、ちゃっかりお願いごとをしている。
「おじいさんたち、いつもありがとう。料理人たちがハチミツでケーキ作ってくれたから、お裾分けですよ。お返しは、物はもういいんです。あのね、最近子どもたちの間で風邪が流行ってるの。心配だから、早く治るように、ちょーっとだけお力を分けてください」
子どもたちの風邪は、いつもよりちょーっとだけ早く治った。
「不敬だから、ミリー以外はお願いに行かないように」
アルフレッドはこっそりと領民に言い渡している。ミュリエルだからこそ許される厚かましさかもしれないではないか。普通の民が欲にかられて願いを言い、とんでもないことになってからでは遅い。
領民たちは、よくわきまえているので、不思議なおじいさんたちに気軽にお願いをするミュリエルを、遠くから見守っている。
soukaiさま「12月が近いですがサンタさんに傘地蔵ネタはやらないんですかね?」
リクエストありがとうございます!
11/15あたりに2巻が発売になります。ぜひ、よろしくお願いいたします!
1巻がまだだーいぶ残っているらしいので(泣)、1巻がまだの方は、ぜひお手に取ってくださいませー。




