30.イイ男
「ちょっとー、すっごいイイ男が来たーーーー」
城壁の上から女が叫ぶ。
一瞬で領地中の女が城壁に駆け上る。
「ほら、あそこ!」
長い金髪を風になびかせ、領地では見たことのない煌びやかな衣装に身を包んだ、伊達男。
ブーッ ひとりの女が鼻血を吹いた。
色男は、荷馬車の御者台から城壁を見上げると、輝く笑顔を向ける。
ブブーッ 三人の女が鼻血を出す。
「やあ、お姉さんたち。ミリーさまのお遣いで王都から来ました。ご領主様にお取り次ぎいただけますか?」
「はわはわはひぃいい」
女たちは腰が抜けて動けない。
「ボクが行ってくるー」
少年がニコニコしながら駆けて行った。
女たちに取り囲まれながら、三台の荷馬車はゆるゆると城壁内を進む。
屋敷から、ロバートが慌てて出てきた。
「なっ」
ロバートは絶句する。なんだこの美形は、まるで王都で見た役者みたいじゃないか。アルも美しかったが、この男はなんというか……。色気がすごい。ばあさん連中まで顔が真っ赤だ。
魔物のたぐいではあるまいな。ロバートは警戒する。
「初めまして。ドミニク・サイフリッドです。妹のイローナは、ミリー様の友人です。こちら、ミリー様からの手紙です」
ロバートはまだ警戒したまま手紙を広げる。
=====
父さん
ドミニクさんの言う通りにして。
めっちゃ儲かるから。
ミリー
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これだけ……? ロバートは念の為、裏側も見たが何も書いてない。
(これではなんのことかサッパリ分からんぞ、ミリーーー)
「ま、まあ。ここではなんですから、屋敷にお入りください」
ゴミ捨て場に舞い降りた蝶のようなドミニクを見て、ロバートは早急に屋敷を改築することに決めた。
(こんな美形がこれからも来るんだろう、きっと……。俺の胃がもたん)
ドミニクはにこやかに石の腕輪を出した。
「こちらが王都で大人気です。今、予約が三百件以上入っております」
「ええっ」
「ひとつ金貨二枚で売ります。ひとつにつき、金貨一枚を我が社の取り分とさせていただきたく。その代わり、輸送、加工、販売は私どもで行います。こちらのご領地では、腕輪にふさわしい石をご準備いただきたい」
ドサッ ドミニクは金貨の入った袋を机に置く。
「腕輪ひとつ分の石につき、金貨一枚お支払いします。とりあえず、こちらは予約分の金貨です。お納めください」
ロバートはドミニクと金貨袋を交互に見る。
「そんなうまい話がありますか?」
「ミリー様の価値がそれほど高いということです。アルフレッド王弟殿下を陥落させた女性ですよ。王都中がその挙動を注視しています。これからは、ミリー様が流行の発信源となられるのです」
ドミニクが蠱惑的な笑みを浮かべる。
「ミリー様の領地と取引きできるのなら、赤字でも全く損ではありません。私が専任となり、こちらに通わせていただきます」
「それは、女どもが大騒ぎになりそうだ」
ロバートは苦笑する。
「そして、こちらはイリーという靴の新商品です。試作品ですので、もちろん無料です。履き心地、ご要望など、ぜひ領民の皆さまから聞かせていただきたく。もちろん聞き取り調査は私どもでいたします」
ドミニクが木箱からいくつか靴を出して見せる。
「それは、本当にありがたいな。ちょうど靴の追加購入を考えていたところなのだ」
「それはもう必要ございません。今後は我が社の商品をお持ちいたしますよ。冬用の靴もお持ちしましたので、お使いください」
「しかし、これらは試作品ではないのでは? もらう理由がない」
「ミリー様のご実家で人気の靴という触れ込みが欲しいのです。それだけで全国で飛ぶように売れます」
ドミニクは考え深げに続ける。
「今後、有象無象が領地に群がるでしょう。中には悪どい商人もいるはずです。いかがでしょう、こちらへの商品の流入は全て我が社にお任せいただけませんか? 専属商人としての地位をいただければ、今までより必ずお安く納品いたします」
「それは……弟のギルバートの意見も聞かないと判断できない」
「もちろんでございます。細部まで詰めて、きちんと契約書を交わしましょう」
数時間に及ぶ話し合いで、ロバートとギルバートは抜け殻になった。
ドミニクはツヤツヤぴちぴちしている。
やはり、王都は魔物だらけだな、ロバートは思った。
***
「お姉さんたち、どうですか? 石は集まりそうですか?」
「任せなさい、徹夜で集めてみせるよ」
「それはいけません。睡眠は大事です。お姉さんたちの美貌にさわりがあるといけない。きちんと休息を取ってくださいね」
とろけるような笑顔で優しくさとされ、ツツーッと鼻血が流れる。
「はははははいいいいい」
「ちょいとあんたたち、子どもの面倒も見ないで何やってんの。石ばっかり探してないで、家のこともやんなよ」
「それは、すみません。私の不手際です。ぜひ家に帰ってください。そうですね、石拾いは一日一時間にしませんか。別の仕事もあるのでしょう? ロバート様にご相談しますね」
ドミニクは優しく続ける。
「さあ、今日のところは十分ですから、皆さんどうかお帰りください」
ドミニクはロバートと話し合った。石拾いを誰がどれぐらいするか、家族で決めてもらうことにした。他に仕事がない子どもは長く働くなど、各家庭で融通をきかせればいい。一時間あたり銅貨八枚の賃金を支払うことになった。賃金はロバートの取り分から支払う。
「あんたさあ、ドミニクさまの顔に見惚れてばっかで、手が動いてないじゃないか。アタシはもう鍋いっぱい石拾ったのに。同じ賃金じゃあ、割が合わないね」
「なるほど、私の詰めが甘かったですね。少し調整しますね」
ドミニクは再度ロバートと話す。集めた石の量によって、賃金に差をつけることになった。
「ちょいと、あんたたち。砂利ばっかり集めてんじゃないよ。こんなの使い物になんないだろ」
ズルをした子どもたちがヒッと肩をすくめる。
石に詳しいばあさんたちが集められた。いい石の見分け方講座が開かれる。
「見るんじゃない、感じるんだ」
「ええー、意味分かんなーい」
「石の声を聞け」
「なんだそれー」
「いい石ってのはこれじゃ。温かい何かを感じるだろう?」
「……確かに」
石拾いする人に、見本の石が渡されるようになった。それより小さいのはダメ。それより質が悪いのもダメ。基準が明確になった。
「次から次へと何かが起こるな……」
ロバートはげっそりしている。
「新しいことを始めるときは、こういうものですよ。試して失敗して改善して、それの繰り返しです」
「うんざりしないのか?」
「むしろワクワクします。少しずつ、目標に向かって進んで行く感じが好きなんです」
「へー……。すごいな」
ロバートは珍獣を見るような目でドミニクを眺める。一流の商家の息子ってのは顔だけじゃ務まらないんだな。ロバートの中で、ドミニクの評価は右肩上がりだ。
コイツとならうまくやっていけそうだ。ロバートは確信した。