33.ほのかな恋心
最初はドン引きしてたんだ。だって、窓から木に飛び移って、石で仕留めた鳥を教室に持ってくる女の子だよ。そんな子、見たことない。田舎にならいるのかもしれないけど。少なくとも、王都にはいない。
うちの組には、平民の生徒もいるから、こっそり聞いてみたんだ。
「あのさ、ああいうのって普通?」
平民の子たちはビクッとしてた。貴族に話しかけられると、みんな決まってそうだ。学園内で身分制度はない。建前はそうだけど、実際はそうもいかない。だって、卒業したらバラバラになって、元の世界に帰るんだもん。所詮は、働く前の社会の縮図ってわけ。
「私の家は平民だけど、それなりに裕福なので。飛んでる鳥を食べたりしません」
「王都で、石投げて獣狩ってる人はいないと思います」
「だよねえ。田舎はああなのかな」
皆でコソコソと話し合う。ミリーが何かとんでもないことを仕出かすたびに、生徒たちで対処する。その場その場で判断して、すぐ行動しないと、事態がおかしな方向に進んでいくから。
いつの間にか、この組は、貴族も平民も砕けた口調で会話するようになった。
「またミリーが」
「今度は何?」
「すくい網でも届かない場所に魚が浮いてて。パパーッと制服脱いで、飛び込んじゃった」
「はあっ? えっ、裸?」
「いや、肌着みたいな。イローナがすぐ、男子は目をつぶってって言ったから大丈夫」
「うん」
どう考えても、大丈夫ではない。医務室に走って行って、乾いた布を借りてくる。急いで湖に行くと、焚き火に当たっているミリー。僕はすぐさま目をつぶった。
「イローナ、布借りてきたから」
「ありがと、ジョシュ」
しばらく、イローナの小言とミリーのごめんごめんが聞こえた。
「男子ー、もう目を開けてもいいよ」
薄目を開けると、布でグルグル巻きになったミリーが、照れ笑いをしてる。
「ごめーん。つい、領地の癖が。ハハハ」
笑い事ではない。男子たちの赤い顔に気づけ、ミリー。僕は一瞬しか見れなかったけど。あれ、けっこうな際どさだったぞ。みんな、思春期なんだぞ。もう。
「それで、ミリーがさあ、今日はまたおかしなことやって」
「ジョシュ、最近よくそのミリーって子のこと話すわね。好きなの?」
「す、好きだけど、そういう好きじゃないよ」
晩餐の席で、姉から聞かれて、僕は慌てた。両親もいるのに、なんということを聞くのだ。
「ジョシュはまだ婚約者がいないのですから。身分に問題がなければ、婚約を整えてもいいのですよ」
母が静かに言う。ヒッ、ほらきた。何かと言えば、婚約に結びつける母。目がキラーンとしてる。
「ええっと。ミリーはゴンザーラ領の男爵令嬢で。婿入りできる男を探してるんだけど」
「ジョシュが望むなら、婿入りもなしではありません」
え、なしではないって。ありってこと? 僕は想定していなかった母の言葉に、飲んでいた水が変なところに入って、むせてしまう。
「グフッ、僕、王宮で官吏になるつもりだったんだけど」
「王宮勤務は狭き門です。領地なら、幅広い業務に携われます。結果的に力がつくかもしれません」
そういえば、母は田舎領地の出身だった。そうか、ありか。ミリーに婿入り。ええー。
その日から、ミリーに婿入りが、ありかなしか、僕はじっくり考えるようになった。
「持参金はまあ、それなりに。土木の知識はないけど、医学はこれから専攻を変えればなんとか」
ええーでもなあ。領地で裸足なんだっけ。石で狩りもできなきゃいけないわけで。僕にそんな生活、できるか? 無理じゃない?
王都で甘やかされて育った。動物も魚も、さばいたことなんてない。だって、料理人がいるし。売られてるところ、気にして見たことがない。肉屋や魚屋は下町にあるから、貴族はめったに行かない場所だ。
「違いが多すぎる。うーん、やっぱり無理な気がする」
ミリーのことは、かわいいと思うけど。一緒に暮らしたら楽しそうだけど。苦労の方が多い気がする。
ところが、夜会でのミリーはとても素敵だった。背中が、すごく、開いている。ミリーの大胆に開いた背中に、釘づけになる男子学生が多数。でも、ミリーはあっという間に座って、黙々と食べ始めた。
ミリー、夜会は社交の場で、食事処ではないぞ。踊らないのか? 何しに来てんだ。ああ、食べに来てるんだなあ。
男子学生たちと苦笑しながら、ミリーの食べっぷりを見る。
「仕方ない。ミリーがお腹いっぱいになったら、踊ってやろう」
「そうだな」
「壁の花になったら、かわいそうだもんな」
あれ、ひょっとして、みんなあの背中にやられてる? そっか、思春期だもんな。そうだよな。チラッと見ただけだけど。他の女子はフワッとしたドレス着てるのに。ミリーのドレスは体にピッタリ沿った感じだった。あんまり、今まで見たことない形。ミリーのスラッとした体が、よく目立った気がする。背中とか、腰とか……。
ハッ、僕はなんてことを。ミリーをそんな目で見るなんて。静まれっ、落ち着けっ、冷静になれっ。僕は通りかかった給仕から水をもらい、ガブ飲みする。
う、うん。僕もミリーと踊ってみよう。具体的な領地の生活を聞いてみるのもいいかもしれない。実は、靴は履いてるかもしれないし。石投げできなくても、問題ないかもしれないし。
そんなことを考えていたけど。
気づいたときには、ミリーはアルフレッド殿下と婚約していた。驚くほどの早さだった。ウワサに耳ざとい母と姉が、こっそり教えてくれた。
「ジョシュが気に入っていた、ミリーさん。アルフレッド王弟殿下と婚約なさったそうよ」
カラーン 僕の手からフォークとナイフが落ちる。侍女が慌てて新しいのを持ってきてくれる。
「え、あ、なんで?」
「なぜなのかしら。そこが謎なのよね」
「皆が不思議がっているわ」
母と姉が、揃って首を傾げている。
「でも、殿下が夢中らしいって。確かな筋から聞いた話よ」
「婿入りに向けて、水面下で攻防戦が始まっているらしいわ」
「王弟が、婿入り? そんなの無理だよね。」
僕はあんぐりと口を開ける。
「殿下、優秀な方ですから。根回しは済んでいるそうよ」
「陛下が後押しされているとも」
それでは、もう、決まりじゃないか。そうか、ミリーは王弟殿下と。そっか。
ミリーがいなくなった学園は、静かで退屈だ。ミリーが毎日、なにかやらかしてたから。はあ、つまらない。
僕は、淡々と学園で勉強している。ミリーがヴェルニュスで大暴れしているウワサは、こっちにも届く。殿下に溺愛され、子どもも産まれたって。
「ミリー、よかったな。幸せになるんだよ。僕も」
次に、いいなって思う子が現れたら。
「今度はすぐに、デートに誘うよ」
モタモタしてたら、いい子はすぐに取られてしまうって。僕は学んだから。
ミュリエル・ゴンザーラ。夜会のとき、なにごともなければ、同級生からモテていたかもしれない。ミュリエルを即座に囲い込んだアルフレッド。同級生より、一枚も二枚も上手だったわけだが。十歳の年の差は、大きい。
黒豆きなこさま「ミリーはとても魅力的だから本人が気付かないけどミリーに惹かれていた男性目線をみたいです。アルがしれっと何事もなかった事にしそうかな」
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