32.後世の歴史家による考察
大小の国が繁栄しては衰退し、また新しい国が興り。長い年月が過ぎ去った。変わらぬ隆盛を誇り、平和と安寧を続ける千年王国が、三つある。ローテンハウプト王国、ラグザル王国、アッテルマン帝国だ。
大昔に結んだ三か国不可侵条約を頑なに守り続け、戦をせず、助け合い、三か国が生き残った。他国はなんとかその秘密を探ろうと密偵を送る。
「秘密なんてありませんよ」
「神に祈り、民を愛し、隣国を敬う。それだけです」
三か国の高貴なる方々は、簡単にそう口にする。それができれば、苦労はしないのだが。他国の者は歯噛みする。
「もっと手っ取り早く、何かないのか」
上層部は、今すぐ簡単に使える何かを求める。例えば、便利な魔法。他国を圧倒する武器。もしくは手っ取り早く王族同士での結婚。
「ひとつずつ、地道に正しいことを積み上げただけです。あなた方も、今からそうすればいい」
三か国の偉い人たちは、淡々と助言する。
「千年王国は一日にしてならずですよ。神に祈り、恵みを感謝し、民をよく見れば、自ずと答えは見えます。それをやるだけです。国政に魔法はありません」
至極ごもっとも。言うは易く行うは難しの最たるものだ。それができないから、幾多の国が衰退したのだ。
三か国については、多くの歴史家が調べている。幸い、資料は山ほどあるのだ。それはもう、うなるほどある。ただ、真偽のほどが定かではない。それが問題だ。
ある者は、ローテンハウプト王国のヴェルニュスから始まった、鳥便の手紙を研究している。実におもしろい。短文ゆえに、想像の余地がありまくる。
『亀姫と結婚することになるかもー。どうしよう。ハリソン』
『亀姫がそっちに海ブドウ送ってくれたってー。ハリソン』
『ラウルのそばで獣医することになりそう。ジェイ、ごめんね。ハリソン』
『好きに生きろ。でもたまには帰ってこい。ジェイムズ』
ハリソンというのは、賢王ラウル・ラグザルの右腕として有名だ。実際に何をしたかは定かではない。しかし、ラウル王がまだ王子だった頃から、ラグザル王国を共に旅していたのは確かなようだ。
それは、ラウル王の専属絵師ニコの絵からも見てとれる。まだ紅顔の美少年であったラウル王の隣にはいつも、溌剌とした少年ハリソンがいる。そして、剣神イヴァンと剣王ガイの姿も。
貧しい平民であったらしいニコは、ラウル王に才能を見出され、メキメキと頭角を現したようだ。活き活きと、躍動的な、思わず一緒に冒険したくなるような、そんな絵が多い。どこの国の少年少女たちも、ニコ画伯の画集を食い入るように見つめるのだ。
ニコ画伯と同時代にいたユーラ画伯。彼は絵だけではなく、彫刻の天才でもあった。
「ユーラのダビデ像、ひと目でいいから見たい」
「デイヴィッド像な。ローテンハウプト王国では、デイヴィッド読みが正しい」
「ヴェルニュスに行けば見れるだろうか」
「あそこはもはや聖地だから。一般人の立ち入りは難しいぞ」
三つの千年王国の繁栄の中心は、常にヴェルニュスであった。であるのに、ヴェルニュスの伝説の領主ミュリエル・ゴンザーラについての情報はあまり集まらないのだ。用心深く、丁寧に取捨選択され、ごくわずかな資料のみ公開されているような。そんな気配。
「なぜだ、ミュリエル・ゴンザーラのことをもっと知りたいのに」
「随分と脚色されているような恋愛小説ぐらいしかない」
「夫妻の彫刻があるはずだが、それも一般公開されていないし」
ぐぬぬ。歴史家たちは地団駄を踏む。
「やはり、あれか。嫉妬深かったらしいアルフレッド・ローテンハウプトが妻の情報を隠したのだろうか」
「そもそも、なぜ辺鄙な田舎貴族令嬢が、王弟と結婚したのだ。おかしいではないか」
「第一王子を婚約破棄騒動から救って、褒美に王弟が婿入りしたってあれか」
「とあるマギューお姉さんの日記帳に書いてあったな」
「石を投げて気絶させたってあれな。どう考えても、作り話だろう」
「やはり、ミュリエル・ゴンザーラは魔女なのか?」
ミュリエル・ゴンザーラ、異常なほど人脈が豊富。三か国の王族が、まるで崇めるように接する女領主。世界的規模に巨大化しているサイフリッド商会も、ミュリエルのお抱えで、まるで手足のように使っていたらしい。
賢王ラウルとその妻セファから、ミリーお姉さまと呼びかけられている手紙も残っている。
「魅了であろうか」
「そうでもなければ、辻褄が合わない」
「一介の貧乏貴族が、ここまで成り上がるなんて」
「尋常ではない」
そんな風に学者たちが勘ぐると、色んな国の平民がブチ切れる。
「あいつら、まーたミリー様のこと魅了使い呼ばわりしてる」
「なーんも分かってねえ」
「ミリー様はミリー様だろう」
「人形劇見れば、ミリー様がすっげーってすぐ分かるのにさ」
ミリー焼きとミリー人形は、安く大量生産されている。貧しい子どもにも楽しんでもらいたい。その思いから、利益度外視で売られているのだ。
「ミリー焼きとミリー人形は、儲けはいらないのです。原価ギリギリでいいのです」
なんなら、赤字でも。サイフリッド商会はそう言って、子どもたちにお菓子と人形を届ける。そして、人形劇が色んな村に巡業してくるのだ。たいてい、サイフリッド商会と共にやってくる。
著名な人形師ヨハンとウィリアムが作った人形と、ユーラが描いた背景、そして天才音楽家クルトが基礎を作った人形劇。平民向けの娯楽として、脈々と続けられている。小難しい劇ではない。たくましい緑の娘ミリーが、夫アルフレッドと狩りをする。単純な物語。
魔牛が出てきた、どうしよう。天犬に乗って、空から石投げてやっつけちゃうぞ。いえーい。そんなノリだ。分かりやすい起承転結を盛り上げる、豪華な人形と背景と音楽。娯楽の少ない小さな村は、人形劇の訪れを待ちに待っている。
人形劇が終わっても、まだまだ楽しみは続く。劇団員やサイフリッド商会の従業員が、おもしろおかしく、ミリー様の冒険を話してくれる。子どもたちは、強くてたくましいミリー様が大好き。
「あたしも石投げたーい」
「おじさん、教えてー」
「いいよ。でも、人にはぶつけちゃダメ。約束だ。そして、獲物が取れるようになったら、神様に祈って血を大地に捧げるんだよ」
「はーい」
ミュリエルの伝説は、こうして人々に語り継がれていくのであった。
牧場主さま「後世の歴史家視点でのミリー達に困惑してる話など書いていただければ幸いです」
一十八祐茂さま「サイフリッド商会の未来」
ロンロン様「ハリーは、ラウルの側にいるのか、ジェイを支えるのかも気になってます。天馬で行ったり来たり?」
リクエストありがとうございます。
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