31.ブロッコリー克服作戦
王弟であるアルフレッド。幼い頃より、好き嫌いはよくないと育てられてきた。
「お腹いっぱい食べられない民がいるのだ。それは王家の不徳だ。甘えたことを言ってはならぬ」
父王から、そう言われてきた。よって食べたくない、などとは決して言わない。苦手なものでも、気取られずに飲み込むことができる。
そんなアルフレッドだが、それでもやはり、苦手な食べ物があった。にんじんとブロッコリーだ。
「これは、木ではないか」
初めて皿の上のブロッコリーと対面したとき、思わず心の声が出てしまった。おそらく、もっと小さく切ってあれば、何も思わなかったのではないか。幼い時は、細切れで混ぜ込んであったから、気づかず食べていたのだと思う。
食べにくいものを、優雅にフォークとナイフで口に運ぶ。王族は当たり前にできなければならない。だから食材が、わざわざ難しい形で出されることがある。毎日の食事で練習して、身につけていくべきことだから。
アルフレッドが七歳のとき、ゴロンと大きなブロッコリーが皿にのって出てきた。アルフレッドの目には、いつも王宮のバルコニーから見下ろしている、木そのものに見えた。
「木は食べられない」
そう言ってしまった。給仕についていたジャックは、思わず笑みをこぼしてしまう。
「殿下、これはブロッコリーです。木ではありません。栄養価の高い野菜です」
一度、木だと刷り込まれてしまっては、いかなアルフレッドでも難しかった。そのときのブロッコリーが、素材の味を生かす調理法だったのもよくなかった。なんだかモソモソして、緑色の味。木、木だ、木を食べている。そんな味だ。
美しく切り分けないと、緑の小さなツボミのようなものがバラバラと皿の上で散らばり、無残。たまに庭師が庭園の木を剪定するのだが。そのときの庭の様子によく似ている。なんという食べ物だろう、それがアルフレッドの感想だ。
アルフレッドはそれ以来、ブロッコリーが苦手だ。もちろん、晩餐会などでは問題なく飲み込める。ジャックしかいないときは、どうしても食べる手が遅くなりがちだ。
「本日は、ブロッコリーのスープでございます」
ジャックも、少しでもブロッコリーの良さを引き出そうと、料理長と試行錯誤する。
「木をすりつぶしたようだな」
もしくは、庭園の芝生か。アルフレッドは小さくこぼすが、きちんと食べる。でも、おいしいとは思えない。ただの苦行であり、義務だ。
野菜農家に悪い。料理長とジャックの気持ちを無下にすることはできない。そう思って、食べるが。できれば、もうジャックには諦めてもらいたいと、密かに思っている。好きにはきっとなれないんだから。
そんなアルフレッドだったが。森の娘、ミュリエルと結婚し、ブロッコリーが少し好きになった。ミュリエルが最も美しく見える場所といえば、木の上かもしれない。伸びやかな体で、あっという間に登り、ダラーンと枝にまたがる姿。アルフレッドの目には、森の精が遊んでいるかのように優美に映る。
ミュリエルに関するものなら、なんでも素敵に見えるアルフレッド。ブロッコリーまで、かわいらしく思えてしまうから、不思議だ。
ミュリエルがちっとも好き嫌いをしないので、それにも影響された。今では、ブロッコリーが出されても、ススッと食べられる。ジャックがミュリエルを拝むわけだ。
ブロッコリーを克服したアルフレッド。ここに来て、苦手な食べ物ができてしまった。ヴェルニュスの特産、ミリー焼きだ。
輝く笑顔で商品化を許したアルフレッドであったが。心の中にモヤモヤがある。大人気ないにも程があるが、ミリーと名のつくクッキーを食べるのは気が進まない。そして、自分以外がミリーと呼ばれるものを口にするなど、言語道断ではないか。
もちろん、もちろん、アルフレッドは決して、絶対に、そんなそぶりは毛ほども見せない。なんと言ってもミュリエルが喜んでいるのだ。つまらない嫉妬で、ミュリエルの心にさざなみを立てたくない。
領地で観光客がミリー焼きを食べているときは、目の焦点をボンヤリさせて見えないようにしている。
でも、ミュリエルがミリー焼きを食べるときは、アルフレッドも喜んで食べる。ミュリエルが半分に割って、半分をアルフレッドの口に放り込んでくれるのだもの。そんな甘やかな時間、イヤと思う要素があろうか。
できるなら、全ての料理を分け合って食べたいと願っているアルフレッドだ。
アルフレッドの心の奥底の葛藤を、ジャックはよく分かっている。
「殿下、空腹と嫉妬は、最高の調味料と申しますから」
笑いをこらえながら、意味不明な慰めをする。アルフレッドは憮然としながらも、頷く。
ある日ふと、アルフレッドはミュリエルに聞いてみた。
「ミリーは苦手な食べ物ある?」
「あるよ」
その場にいた者の大半が仰天した。なんでもニコニコ食べているミュリエルなのに。
「トウモロコシがね、食べるとちょっと辛くなるんだ。味は好きだよ。ただねえ」
ミュリエルは、少し言いにくそうに小声で続ける。
「私さ、銅貨三枚で人形買うまで、ずっとトウモロコシの芯を人形代わりにしてたんだよね。芯に布巻いてさ、ナイフで目と鼻と口を描いてもらって。だから、トウモロコシ食べると、あの子食べてるみたいな気がしてね」
思ってたより重い話が打ち明けられて、朝の食卓がシーンとする。
「ミリー焼きもね、ちょっとモヤッとするよね。かわいい人形食べてるんだもん。でも、ミリー焼きはアルが一緒に食べてくれるから、大丈夫」
ミュリエルの笑顔に、ジャックが後ろで目頭を押さえる。アルフレッドはミュリエルの手を優しく握った。
「トウモロコシもミリー焼きも。これからふたりで分け合って食べよう」
「そうだね、そうしよう」
ミュリエルとアルフレッド。割と、似た者夫婦だったかもしれない。
一十八祐茂さま「ニンジン克服作戦~幼き日の王弟と若き日の侍従の仁義なき攻防戦~」
リクエストありがとうございます。ブロッコリーに変えましたが。




