30.ミュリエル、初めての単独狩り
ミュリエルは十二歳のとき、単独の狩りを許された。リンゴを片手で潰せるようになったからだ。一人前の狩人として認められた瞬間だった。
とはいえ、それはあくまでも建前で、単独の狩りは普通はしない。だって、危ないではないか。突然、熊が出たら? ひとりでは、たちまち熊の餌になってしまう。熊は、ひとりでは狩れない。
もし、鹿の群れが出たら? 二頭倒せても、一頭しか持って帰れないと、命を無駄にする。色々な状況を考えると、やっぱり狩りは複数で行うべきなのだ。
ミュリエルは、でも、ひとりで狩りをしてみたいなと思った。
「怖いし、ドキドキするけど。でも、せっかくだもん」
父と母に相談してみたミュリエル。
「いいぞ。生きて帰れ。ちゃんと計画して、色んな人に相談するんだぞ」
「心配だわ。でも、待ってるから、必ず戻るのですよ」
とても真剣に答えてくれた。心配を押し隠したような父母の顔に、ミュリエルはより真面目に考える。
「どこに行こうか。あまり遠くに行くのは危ないし」
山はダメ。迷って戻れなくなるかもしれない。山は方向感覚が狂うことがある。見晴らしもきかない。何より、熊がいる。
「やっぱり森だよね」
幼い頃から慣れ親しんだ森だ。奥に行かなければ、安全だ。人がよく来るところに、大きな獣は近寄らない。
「キジとかウサギなら、ひとりで狩れるし、持って帰るのも簡単」
さっと行って小物を狩って、血抜きだけ済ませて帰ってこよう。それなら、ひとりでも大丈夫。
ばあちゃんや姉さんにも相談し、持ち物を準備する。
「短剣はちゃんと研いで行くんだよ」
刃がなまくらでは、獲物に苦痛を与えてしまう。いざというとき、戦えない。ミュリエルは、丁寧に短剣の手入れをする。いつでも取り出せるように、両腰に二本、短剣を差す。
「なんでも、予備がないとダメよ」
マリーナ姉さんが心配でたまらない、そんな表情で言う。ミュリエルは、もう一本の短剣を太もものベルトに差した。石は森で拾えばいい。持ち歩くと、重くて動きが鈍くなるもの。
三本の短剣で、うまく動けるか練習する。飛んだり走ったり転がったり。
「引き際を間違えてはいけないよ。無理は絶対ダメだよ」
「怖いな、危ないなって感じたら、すぐ引き返すね」
ミュリエルはじいちゃんに約束した。
大げさに送り出されるのは照れ臭いので、父母にだけこっそり言い、ミュリエルはある夏の日の早朝、こっそり城壁を出た。門を開けるのはイヤなので、城壁から綱を伝って降りる。
もちろん、城壁の見張りの人たちには見つかるが。皆、騒がずそっと見守ってくれる。
頭の中で、色々計画を練ったけど、考えるのと本当にやるのでは大違い。ミュリエルは城壁を出てすぐに、そのことを思い知った。
いつもは、のんびりと大人たちに着いて歩くだけで森に着く。周りをそれほど気にすることもないし、ダラダラ歩いているだけだった。鼻歌まじりの散歩気分。
ひとりだと、本当にひとりって感じ。空は高く、朝日はまだ弱々しく、空気は冷たい。ほんの少しの物音に、体が反応する。小鳥の羽音、風で揺れる草。それらにイチイチ、ビクッとするのだ。
ミュリエルは足元に落ちていた石を拾った。ギュッと握りしめると、少し落ち着く。立ち止まり、跪き、手を地面につける。温かい土の感触。踏み潰された草が起きあがろうとするムズムズ。髪を揺らす優しい風。手の中にある心強い石。
「よしっ」ミュリエルは小さく言うと、目を開けて、耳を澄まし、立ち上がった。
静かに歩き出す。もう大丈夫、石は握ったままでいよう。いざというとき、石を探すところから始めるのもバカみたいだし。予備の石も、腰に下げた革袋に入れておく。
「予備は大事。引き際を間違えない」
まだ、引き際ではない。それは大丈夫、まだ怖くないもん。森につながる、踏み固められた細道を進む。森は、少しずつ草原から森になる。木が増え、差し込む光が少なくなり、空気が濃くなる。朝露に濡れた葉っぱが、青い匂いを出している。
落ちている木の枝に気をつけて。踏むと痛いし、パキッと音が出る。木の根っこに引っかからないよう、用心深くまたぐ。顔にかかる枝はそうっとはらう。道がどんどんなくなり、森になる。もう、ここは獣の世界。
うん、ちょっと怖いな。奥に行くのは、今日は無理。ミュリエルは引き際を見極めた。無理して奥に行く必要はない。ここで待てばいい。
まだ森の入口だけど、さっさと決める。石を拾って革袋に詰めると、スルスルと木の上に登って落ち着いた。
ひとりで狩りって退屈かなと思っていたけど。気が張りつめているので、退屈どころではなかった。足が痺れないように、たまに体を動かしながら、木と一体になる。気配を消さなくても、木とひとつになれば、動物には気づかれない。
ウサギが来たな。見なくても、ミュリエルには分かった。身を起こし、手の中の石の感触を確かめ、革袋の口をゆるめる。
カサッピョーンと薮の中から飛び出たウサギに、石を投げる。ひとつ、ふたつ。投げた瞬間に、仕留めたと分かった。
バサッガサガサッ 飛び上がったキジにも、冷静に石を投げる。ひとつ、外した。ふたつ、みっつ。よしっ。
ふーっと長く息を吐いて、木を降りかけたとき、ドドドドッという音がした。
ミュリエルは必死でまた木を登る。木の上から見おろすと、中型のイノシシが通り過ぎて行った。
「ダメだ。全然ダメ。ウサギは分かったけど、キジもイノシシも気づかなかった」
やっぱり、落ち着いていたつもりでも、相当浮き足だっていたのだろう。ミュリエルは木の上で何度も深呼吸し、目をつぶって耳を澄ます。もう、本当に大丈夫。そう確信が持ててから、ミュリエルは木を降りる。ウサギとキジをつかむと、小走りで森を抜ける。
「血抜きはあと」
ミュリエルは音を立てないようにしながら、それでもできるだけ速く走った。森を抜け、草原に戻ると、家族が待っていた。
「ばあちゃん、じいちゃん、マリー姉さん」
それに、まだ小さい弟たちまで。ばあちゃんとじいちゃんは、気まずそうに笑った。
「ほら、いい天気だから。ピクニックだ」
敷布の上に、リンゴや茹でたトウモロコシが転がってるけど。誰も食べてない。
ミュリエルは微妙な顔をしながら、ウサギとキジを高く掲げた。
「ミリー、よくやった」
「ねえちゃ、すごい」
みんなに抱きしめられ、ミュリエルはやっと体の力を抜く。
「血抜きはできなかったんだ」
「戻ってから抜けばええ。初めてひとりで行って、ふたつも狩るとは。たいしたもんだ」
ばあちゃんがミュリエルの頭をグリグリ撫でる。敷布をたたみ、カゴに食べ物を詰めると、みんなで城壁まで戻る。城壁の上には、たくさんの人が上がっている。
「無事に戻ってきたー」
「ウサギとキジー」
城壁の人たちが叫び、すぐに門が開く。門の向こう側には、父と母が立っている。
ミュリエルは駆けて父と母のそばまでいくと、ふたりに獲物を渡した。
「父さん、母さん。私が初めてひとりで狩った獲物だよ。受け取ってください」
「ありがとう。よくやった。さすがだ、ミリー」
「お帰りなさい。無事に戻ってくれてよかった。本当にありがとうね」
父がキジを、母がウサギを受け取り、ギュウギュウとミュリエルを抱きしめる。
「イノシシは仕留められなかったの」
ミュリエルが残念そうに言うと、父がミュリエルの頭に大きな手を乗せる。
「最初から大物を狙わなくていい。少しずつだ。無事に生きて帰ることが一番大事なんだ。よくやった」
「ミリーが元気で戻ることが、一番の親孝行なのよ。それは分かっていてね」
ミュリエルはヘヘッと笑う。でも、次はきっと。イノシシを両親に捧げよう。
順調に狩人として成長したミュリエル。王都で王子を気絶させ、王弟を射止めた。上出来である。
Tふじわらさま「親孝行話も良いのではと希望を言ってみる」
黒豆きなこさま「ミリーってどんな子供だったのか。兄弟、姉妹とはどんな日常だったのかな」
リクエストありがとうございます。




