29.とある旅行者の食べある記
金も名誉も手に入れたS級冒険者バーン。のんびり、異国でのおいしいもの食べ歩きをしている。
「冒険者をしていたときは、打ち上げで飲んだくれ。そのあと女をお持ち帰りして。ちゃんと料理を味わってこなかったから」
これからは、酒と女はほどほどに。しっかりと、ごはんを楽しもう。そんな心づもりだ。
バーンはローテンハウプト王国から大分離れたところにある、小国の出身だ。いつか金を貯めて、何も考えず旅行する。それがバーンの夢だった。危険な冒険者稼業を続ける心のよすが。やっとお金が貯まり、念願の旅に出るとき、たまたま手に入った冊子。
「この冊子、いいんだよなあ。領地ごとの名物が載ってて、全部行きたくなる。絵もいいし」
味のある絵が描かれているのだが、場所によって違う絵師のようだ。絵の下に小さく、色んな名前が書かれている。
「こういう冊子、各国で作ってくれないかな。そしたら、色んな国に食べ歩きに行くのになあ。まあ、まずはローテンハウプト王国を制覇してからだ」
ワクワクしながら、冊子を隅から隅まで読み込む。
「この冊子を関所でみせれば、通行税が安くなりますよ」
商人に言われて買ったのだ。そして、買ったからにはローテンハウプト王国をグルグル巡りたくなるではないか。まんまと策略にのせられている。
「次はこの領地に行きたいんですけどね」
街の宿屋で冊子を見せれば、誰かしらが行き方を教えてくれる。
「ついでだから、途中まで乗せて行ってやるよ」
「この領地なら、知り合いがいる。手紙を運んでくれないか。そしたら、泊めてくれると思う」
そんな交流もあり、順調に旅をしてきた。
「運河沿いの領地のザウアーブラーテン、うまかったなあ。ちょっと酸っぱい肉を甘いソースと食べるというのが、斬新だった」
あそこの宿屋のお姉ちゃん、かわいかったっけ。
「海辺の街の、ニシンの甘酢漬けもうまかった。内陸部で食べた、パスタにひき肉はさんだマウルタッシェもうまかった」
たいがい、うまかったな。ローテンハウプト王国は平和で、栄えている。人々が穏やかで親切だ。
「大国だから、もっとお高くとまってるかと思いきや。みんな気さくで優しい。しばらく、ローテンハウプト王国で暮らすのもいいかもしれない」
バーンはそんなことを考えながら、ペラペラ冊子をめくる。
「このヴェルニュスってところのミリー焼き、いいなあ。もしくは、ゴンザーラ領の肉を焼いただけってのも。うん、いさぎよい」
どっちに行くか迷ったあげく、肉を食べてから、甘いものということに決めた。
「ゴンザーラ領に行きたいんですよね」
早速、宿屋のおかみさんに聞いてみる。
「サイフリッド商会の支店があるから。そこで聞いてみるのがいいと思うよ」
行って、驚くほど美形の従業員に聞いたところ、快く引き受けてくれた
「ちょうど、そろそろ行こうと思っていたところです。お連れしますよ」
ドミニクと名乗った美男子と、荷馬車で旅することになった。護衛もガッチリついた、豪華旅だ。お金はいらないと言われた。
「その分、ゴンザーラ領でたくさんお金を使ってください」
美形がニッコリ微笑む。美形で太っ腹。その上、人当たりもいい。
「ローテンハウプト王国の人は、大らかですね。俺の国の人は、もっとケチです」
「景気がいいんですよ。その冊子を作るきっかけになったミリー様のおかげですね」
「ミリー様というと、もしやミリー焼きの?」
「そうです。おいしいですよ」
「楽しみだなあ」
砂糖は高いので、甘いものは頻繁には食べられない。ミリー焼きは、それほど高価ではなく、平民でも手が届く。人気の特産らしい。
そんなローテンハウプト王国の裏事情を聞きながら旅すると、すぐにゴンザーラ領に着いた。ゴンザーラ領では、大歓迎された。城壁の上から、女たちが歓声を上げる。
「ドミニクさーん」
「みんなー、ドミニクさんがきーたー」
ブオーッと角笛まで吹き鳴らされる。
「ドミニクさん、大人気じゃないですか」
「ありがたいことです」
まあ、こんな顔の商人が来たら、嬉しいわなあ。バーンが感心していると、威圧感のある男が近づいてくる。
「ドミニク、客を連れて来てくれたのか。ありがとな」
「ちょうど出会いましたので、お連れしました」
偉そうな男は、「ようこそ。ロバート・ゴンザーラです。ゆっくり過ごしてください」なんと領主だった。バーンは慌てふためくが、領主は気にもとめていない。
「お客さんは……」
「バーンです」
「バーンさんは、肉の焼いただけを食べに来たんですよね?」
「そうです」
「では、早速狩りに行きますか。狩りの経験は?」
「これでも、元S級冒険者なので、それなりに」
「それは、いいですね。では、特別な狩りをご用意しましょう」
バーンはうっすらイヤな予感がした。断ろうとしたけど、領主は上機嫌で人を呼ぶ。
「ジェイ、頼んだぞ」
「はーい」
天犬に乗った少年が現れた。
「さっ、お客さん。しっかりつかまってね。黄色、振り落とすんじゃねえぞ」
「うわあああああ」
バーンはあれよあれよと言う間に、空高く舞い上がる。
「ひいえぇぇぇぇ」
バーンは必死で天犬の首に巻かれた黄色いリボンをつかむ。
「バーンさん、山の上の方まで行きますよ。大物を狩りましょう」
ジェイという少年は、ウキウキしながら少し先を飛んでいる。
「バーンさんは、ひょっとして、飛ぶのは初めてですか?」
のほほんと、そんなことを聞かれる。そういう質問は、飛ぶ前に聞いてくれー。答えると、舌を噛みそうなので、必死で頭を縦に振る。
「では、僕とクロで狩っちゃいますね。あそこに、魔熊がいるんで」
ええー、魔熊って、子どもと犬で狩れるんだっけー? 混乱で頭がグルグルしているバーンは、さらに目が回った。バーンが目を白黒させて見ていると、少年が腰のカバンから拳大の石を取り出し、犬の口に放り込む。
犬がペッと石を吐き出すと、ピカッと空が光り、ゴロゴロッと音がして、石と共に雷が落ちた。熊の上に。一撃必殺だった。
「クロ、最近こんな技まで、できるようになっちゃって。おかげで狩りが楽なんですよ」
何を言っているのか。おかしいだろ。長い冒険者生活で、こんな討伐方法、見たことがないぞ。S級冒険者とはなんだったのか。すっかり自信を失ってしまったバーン。
フワリと魔熊の隣に降り立った犬の背から、ヨロヨロと転がり落ちる。危うく吐きそうになったところを、必死でこらえた。
「どうやって持って帰るんですかい?」
魔犬より大きな魔熊。
「血抜きだけして、みんなで運びます」
バッサバッサと天馬が降り立った。天犬と天馬までいるとは。この領地、どうなってるんだ。手際良く魔熊の手足に長い綱をかけ、皆で同時に飛び立つ。無事に戻ると解体だ。
「解体、やらせてください」
狩りではまったくいいとこを見せられなかった、バーン。テキパキと解体し、ゴンザーラ領の人たちに笑顔を向けられる。
「バーンさん、ずっといてくれていいんですよ」
屈強な領主の、力強い手が、肩にドーンッとのせられた。女性たちが、獲物を見る目でバーンを見ている。
あっ、これ、逃げられないやつー。
「ミ、ミリー焼きは食べに行きたいです」
「おう、いいぜ。俺の娘の領地だからな。送迎してやる」
逃げ場なーし。バーンは静かに己の運命を受け入れた。
も様「今回のお話にあった他国の人達(留学生や移住者)から見た王国の印象=すごいスピードでの繁栄っぷりや意識改革が知れるお話が読みたいです。間違ってゴンザーラ領に旅行にきてしまった場合も楽しそうです♪」
リクエストありがとうございます。




