28.神の寵児
「ミリーと同級生でよかった!」
ミュリエルの学園の同級生たちの、心の底からの思いだ。
「金持ちで、領地の役に立つ婿がいる」普通は思っていても決して口にはしない、生々しい本音を、そのまま垂れ流したミュリエル。しかも、初対面の自己紹介でだ。そして、ドン引きしている生徒に気づかず、窓からムクドリを仕留めた野生の女。
とんでもない子と同じ組になってしまった。最初は戦々恐々としていた少年少女だったが、なんだかんだとほだされ。同い年なのに保護者気分まで味わい。様々なトンデモ体験をミュリエルと楽しんだ。
ミュリエルが時の人となってから、ミュリエルの同級生は引くてあまただ。縁談も就職も、入れ食いだ。
王宮だろうが商会だろうが騎士団だろうが、名前を伝えた時点で合格だ。意味が分からない。
「ああ、存じ上げております。あの学園の、例のお方と仲の良い、そちらの組ですね」
指示語が多いな。そう思うが、受かるならいいではないか。自分の実力ではないのに。忸怩たる思いを抱く者も中にはいるが。
「気にすんな」
「運がよかったんだ、俺たち」
「運も実力のうちだろう」
皆が口々に、気にするなと言う。
「ミリーと仲良くしたのは、俺たち自身が決めたことだし」
「非常識のかたまりだったじゃん、ミリー」
「勉強と婚活を助けてやったじゃないか」
「そうか、そうだよな。日頃の行いの結果だよな」
納得して、幸運を享受することにした生徒たち。
「婿入りは勘弁だったけど、友だちとしては最高だわ、ミリー」
自分たちでは、とてもあの暴れ馬のようなミュリエルを制御できなかっただろう。王弟でさえ、振り回されている風だし。権力も財力も胆力も、小市民な自分では、無理無理。
「ミリー、ありがとう。殿下とお幸せにな。遠くから祈ってる」
遠く王都から、祈りを送られるミュリエルであった。
同級生ではなかった生徒たちも、例年よりは恵まれている。景気がいいからだ。ラグザル王国とアッテルマン帝国と、不可侵条約を結べたのが大きかった。戦争がなさそうだ。その安心感は、人々の購買意欲をかき立てる。
他国から商人が足繁く訪れる。運河で物流が改善し、物資の行き来が活発だ。各領地は通行税で潤うし、領地の特産も売れる。
「王都で仕事を探せ」そう言われていた貧乏貴族の男子学生たち。
「仕事が山積みだ。早く戻って来てくれ」そんな風に親から懇願される。俺は、いらない子では、そんな思いをうっすら抱いていた。親から頼りにされるというのは、これほど嬉しいことかと実感する。
ミュリエルが欲しがった各地のおいしいものが載った冊子は、ジワジワと広まり、旅行者が増えた。
「北部でしか食べられない、ウナギのスープが食べてみたいわ。ウナギって内陸部では食べれませんもの」
「海のある領地なら、新鮮な魚介類が食べられますわね」
「わたくしは、色んな土地のケーキが食べたいわ」
「ワシは酒だ。その土地の酒を飲みたい。利き酒もしたい」
友人同士、夫婦や家族で、どこで何を食べるか話し合うのが流行になった。
旅人が増えれば、領地にお金が落ちる。護衛や荷運びの仕事も増える。いいことづくめだ。
財政に余裕があれば、心にゆとりが出て、いがみ合っていた領地同士が和解できたりもする。金の切れ目が縁の切れ目と言うが、逆もしかりなのだろう。
「あのときの売買契約、うちに不利でしたよねえ」
「では、今回はそちらに多少有利な条件で、結び直しましょうか」
カツカツでなければ、融通もきくというものだ。損して得とれと言うではないか。
祈りの力が周知され、農作物がよく実るようになった。食べ物が豊富にあり、将来への不安がなければ、子どもが増える。
エルンスト国王が、赤子と妊婦の保護を手厚くすることを決めた。少しずつ、女医や助産師が増えてきた。
結婚しても働ける職業。結婚しなくても自分の稼ぎで暮らせる仕事。女性の選択肢が増え、自立の道が広がった。
「どこでもいいから、嫁に行け」そんな扱いを受けがちだった、下の娘たち。
「勉強して、助産師になれ」努力次第で、自分の人生を切り開ける。女医は難しいけど、助産師なら。少しがんばれば、できそう。少女たちは明るい未来に思いを馳せる。
安心して子どもが産め、赤子が健康に育てば国力が上がる。
成長する国には、他国からの留学生や移住者が増える。新しい知識、技術がもたらされ、なにもかもが好循環。
「全てが、ミリーから始まったのだな。まさに神の寵児。ありがたいことだ」
エルンストは、ミュリエルを処罰することなく、穏便に収めた当時の判断に、心から安堵する。
「万が一、あのときミリーに不敬罪を適用していたら」
想像するだけで、背筋がスースーするエルンスト。
「きっと、神から見放され、衰退の一途を辿ったであろうよ。ヨアヒムは腑抜けたまま、アルは愛を知らぬままだ。神よ、そしてミリーよ、感謝します」
ローテンハウプト王国で、もっともミュリエルに感謝しているのは、エルンストかもしれない。
黒豆きなこさま「婿には来たくはなかったけどミリーの味方になってくれた同級生の皆様はお元気なのか知りたいです」
tomonyaさま「王都の今とかいろいろ気になるので、短編で読めると嬉しいです」
リクエストありがとうございます。




