27.ガレールとマットの結婚式
ガレールとマットは、すぐに結婚することにした。もういい年だし、王太女ではないのだ、好きにさせてくれ。そんな気分だ。
ガレールとマットは黒い婚礼衣装を着る。死がふたりを分かつまで。それを象徴しているのだ。ガレールとマットは長い花輪をひとつを、ふたりで肩にかける。もう、離れられない。式の間中、花輪が切れないよう、そばにいるのだ。
マットが育てた花を、ふたりで編んだ花輪。乳母を慰めていた花。
教会でふたりは司祭の前に跪く。ラウルの言葉により、廃れていた太陽神への祈りも復活することになった。司祭が古い祈りの言葉を唱える。
「おお我が父なる太陽よ、汝の子なるガレールを照らし給え」
司祭はふたりのつないだ手に聖水をかける。
「おお我が母なる大地よ、汝の子なるマットを慈しみ給え」
司祭は親指を聖水につけ、ガレールとマットの額につける。
「汝ら心して聖水を分かち合い、父なる太陽、母なる大地の御心にかなう祈りを捧げよ。さすれば汝らに祝福が与えられん」
司教が聖水の入った銀の杯をひとつ、ガレールとマットに差し出す。ふたりは盃を一緒に持つと、聖水を少し床にこぼす。
「大地の女神に捧げます」
ふたりは互いに聖水を飲ませ合った。
「ガレール・ラグザル、マット・ソルカース。神の御名によって、ふたりの婚姻が成立したことを宣言します」
色鮮やかな衣装をまとった出席者たちが、ふたりを寿ぎ、花びらをかけた。
ガレールとマットは教会の前で、群衆からの歓声に応える。手を振るふたりに、民から硬貨が投げかけられた。
「皆、ありがとう。硬貨は、そなたらに返そう。皆にも、幸あれ」
ガレールとマットは、ふたりでひとつの剣を持つと、器用に硬貨を打ち返す。高く打ち返された硬貨が、次々と陽の光に照らされきらめく。民はワッと歓声を上げると、空から降ってくる硬貨を受け取った。
「ガレール殿下、マット隊長、おめでとうございます」
ガレールの親衛隊の精鋭たちが、金貨を次々と投げた。ふたりが金貨を民に向けて打ち上げると、大歓声が起こる。
幸運な民たちが金貨を受け取ったあと、ふたりは肩から花輪をはずし、遠くに投げた。
「取ったー」
ひとりの若い男が花輪を高々と掲げる。
「では、次はそなたの番だ。結婚相手はいるか?」
ガレールが気さくに声をかけると、男は真っ赤になる。
「この後、プロポーズします」
「よいな」
観衆はさらに大騒ぎし、男の背中を叩いている。
親衛隊が馬を引いて教会の前にやってきた。
「今日は晴れの日だ。我らがいかにして国を守っているか、皆に見せよう」
ガレールは大きな声で群衆に告げると、さっと婚礼衣装を脱ぐ。下はほぼ裸で、いつもの胸当てと腰当てのみ。マットも隊員もガレールに倣った。鍛え上げられた肉体が、あらわとなる。
ひらりと馬にまたがり、ガレールとマットを先頭に、親衛隊が馬を歩ませる。
ガレールの隊は討伐に出かけるとき、いつもは大きなマントで体を隠している。今日はマントがないので、目のやり場に困るような肉体が、民の眼前を横切っていく。
最初、顔を赤らめ、目をキョトキョトさせていた民たち。あることに気づいて、涙ぐみ跪いた。親衛隊の屈強な肉体には、無数の刀傷。ガレールも例外ではない。
「国のために戦っている我が隊員に、敬意を」
ガレールが厳かに告げると、民は一斉に立ち上がり、敬礼をした。ガレールは合図をすると、一気に駆け足で王都を走らせる。民衆の敬礼の中、ガレールとマット率いる親衛隊は、王都を駆け巡った。
武功を立てまくっている部隊とは知っていた。でも、ここまで傷だらけとは思いもよらなかった。物量作戦で、王女と親衛隊は高みから指揮しているものとばかり。あの傷の数は、前線を駆ける兵士のものではないか。民は、ガレールへの、そして王族への敬愛の念で胸がいっぱいになる。
「あの軍姫ガレールから王位を奪ったのだ。心してかかれ、ラウル」
「はい、父上」
涙を流しながら敬礼していたラウルは、あの傷に報うことを心に誓った。
***
「今日は無礼講だ。心ゆくまで飲め」
王都を一周し、親衛隊と共に墓地に来たガレール。墓場で酒盛りを始める。事前に伝えていたので、料理と酒樽が大量に用意されている。隊員たちは遠慮なく、食べ、飲み始めた。
「おい、お前ら。マット隊長が、ついにガレール殿下に想いを告げたぞ」
副隊長が酒瓶から直接飲みながら、墓石に向かって叫ぶ。ここには、死んでいった隊員が祀られているのだ。
「もう、一生陰から見てるだけだと思っていたけど」
「まさかの大逆転だ」
「殿下は王位を捨て、マット隊長を選んだのだ」
隊員たちは、もう既に酔っ払ったのだろうか。口々にわめく。
「いや、そんなことはないのだが」
マットのために王位を諦めたわけではない。ガレールは訂正するが、興奮しきった隊員は聞いちゃいない。泣いたり笑ったり、おかしな様子になっている隊員を、ガレールは半ば引きながら、それでも笑って眺めている。
隊員が酒を飲み尽くし、吐き、墓石に抱きついて寝たのを見届け、ガレールとマットは手をつないで歩き出した。
別の場所にある、乳母の墓まで行き、酒を墓石にかける。
「結婚したぞ。今まで通り、見守っていてくれ。義母さん」
ガレールの目から涙がこぼれた。マットはぎこちなく指でガレールの涙を拭くと、優しく抱き上げる。
「ガ、ガレール」
「おう、マット。行くか」
真っ赤なマットに抱かれ、凛々しいガレールは王宮の私室に向かった。ようやく、ふたりきりの時間が始まるのだ。
フリザンテーマさま「ガレールさん、強くて優しそうな旦那様に巡り合えて良かったです。距離を詰める過程や結婚式などもありましたら、ぜひお願いします。何となく、決まったから、と、すぐに結婚しそうな気がしますが…」
リクエストありがとうございます。




