24.海神の眷属
いつからだっただろう。祈りの声が小さく、儚くなったのは。そうすると、雨の量が減り、土の栄養が減り、植物が弱くなり、動物も魚も小さくなる。
タコ母ちゃんぐらい巨大で、神に近い存在なら、たいした問題ではない。長く生きていれば、祈りが強いときも、弱いときも経験済み。祈りが足りないときは、海の底でボンヤリ寝て体力を温存する。
弱い生き物には、辛い期間だ。水が汚れると、小さな魚は生きていけない。祈りの届く場所に移動していく。幸いなことに、人が皆、祈りを忘れたわけではないのだ。
ところが突然、祈りが満ちた。どうしたことか。海にも大地にも空にも、祈りがあふれている。ありがたい、小さな生き物たちが息を吹き返す。
魚たちが元気いっぱいに大騒ぎをする。そして、跳ねっ返りのメカジキが、こともあろうか、人に釣り上げられた。
「なんだってー」
信じられなくて水面近くまで行く。まさか、メカジキを竿で釣り上げる人がいるとは。
「なんだ、森の息子ではないか。それなら、さほど不思議ではない。祈りが満ちたのは、あやつのおかげか。よしよし、遊んでやろう」
タコ母ちゃんは、どうやって遊ぶかワクワクする。昔はよく、活きのいい森の子どもと遊んだものだ。クルクルッと巻き上げて、ポーンッと遠くに投げたり。投げすぎると、森の子どもはグッタリして、海の底に沈んでしまう。
森の子どもとはいえ、人はか弱いから、気をつけないと。
森の息子と共に、メカジキを投げて受け止めて、それはどうだろう。あの森の息子は、うまく受け止められるかな。
クククッ タコ母ちゃんは楽しくなって、シュルシュルッと船の上からメカジキを取る。
タコ母ちゃん、おそらく海で最も大きな生き物のひとつ。海神様の眷属として、魚からも人からも崇め奉られてきた。これまでのタコ生で、恐怖を感じたことなどない。怖いとは、はて、どんな感じでしょう、ってなもんだ。
「俺の獲物ーーーー」
「えーっと、アレって食べてもいい? 仕留めていい?」
森の息子と娘の声が聞こえたとたん、吸盤がキュウゥゥゥゥッと縮んだ。なんだこれは。狙われているのか? 人が海神の眷属を? 魔剣と何やら魚取りの武器で、射程距離に入れられてる? あれ、あいつら、本気で狩る気じゃない? えっ? 食べる気なの?
「おいっ、眷属。よくも俺の獲物をとりやがったな。泥棒じゃねえか。半分寄越せー」
タコ母ちゃんは、思わずメカジキを真っ二つに切った。下半分をドーンッと投げる。ヤツらから、殺気が消えた。
ひあーっ タコ母ちゃんは、急いで海の底の底に、どんどん下に潜って行った。
「フッフン、怖くなんてないんだからね」
海の底で吸盤を開けたり閉めたりしながら、タコ母ちゃんは強がった。
***
「タコ母ちゃんさまー、私、森の息子の息子と結婚するかもしれません」
クフフ 亀姫がクネクネしながら報告する。
「お前、バカな。あのような恐ろしい男と」
タコ母ちゃんは、思い出して吸盤をキュウッとさせる。
「ハリーはちっとも怖くありませんわ。少しつれないですけれど」
「あれ、あの男、確かロバートとかなんとか言ったはず」
タコ母ちゃんは、たまに港に行って、聞き耳を立てているのだ。ロバートと眷属たる自分が、絡まり合って船に飾られているのも知っている。
「何やっとるんじゃ」そう思ったが、ひ弱な人のすること。目をつぶった。
「あれが飾られている船には手を出すな」そう、海のものたちに命じてもみたりした。だって、もう射程距離に入れられたくない。思い出すと、ソワっとしてクルクルッと丸まりたくなる。
吸盤で遊んでいるタコ母ちゃんに、亀姫はニッコリ微笑む。
「ロバートは、ハリーのお父さんですね。ハリーは大丈夫です」
「あ、そう。そういえば、大昔に、人の男に恋をして、人になった人魚がいたな。フラれて泡になった、哀れな人魚。おぬしもそうならんよう、気をつけろ」
「私、フラれたからって、泡になったりしませんわ」
亀姫はツーンとする。
「昔々、私をもて遊んだ人の時間をいじって、老人にしたことならありますけど」
「おぬし、エゲツないことを。ロバートの息子に、無闇なことはするなよ。こっちにまで魔剣が向かってくるではないか」
魔剣に狙われると、すごく、すごーくイヤな感じなのだ。狩られる側に回ることなどなかったタコ母ちゃん。ほんの少し、心の傷になっている。
「問題ありませんわ。ハリーの時間はいじらないって、誓いましたもの」
「なにも、あのように寿命の短い種族を選ぶ必要はなかろうに。何がいいのやら」
「あら、だからこそですわ。短い命だから、猛烈に鮮やかに燃えるのです。私たち、海のものは、単調にのんべんだらり、ダラーンと生きています。自分にないものに惹かれるのですわ」
「ふーん」
ちっとも理解できないタコ母ちゃん。
「うまくやりなさい」
適当な助言で、話を流すことにした。
そんな、亀姫の夢物語が、伝言につぐ伝言で、確定事項となってシロまで届いたとは。よもや亀姫でも予想できなかった。ハリーにはバレていないので、なんの問題もない。そう思う亀姫であった。
ケロリーナさま「タコ母ちゃんと亀姫は知り合いなのかしら?とか海出身の皆さんの関係も気になってます」
リクエストありがとうございます。




