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29.石は領地の宝です


「あれ、今日も来たの? 学園休むんじゃなかったの?」


 学園に着いて窓際の席に座ると、生徒たちに怪訝そうな顔で聞かれた。


「うーん、考えたんだけどさあ。結局いつまでもコレは続くんだよね? アルと結婚するってことはそういうことでしょう? この前、ラグザル王国の王女さまに罵倒されたんだけどさー」


「わー」

「ギャー」

「ごほっゲホッ」


 突然、みなが奇声を発する。


「ど、どうしたのみんな、急に……」


「ミリー、それ国家機密だから。そういう外交上のあれこれは学園では言わないで。ていうか、どこでも言わないで。分かった?」


「分かった」


 ミュリエルは神妙な顔で頷く。


「まあ、とにかくね、ずっと言われ続けるんだったら、逃げても仕方ないじゃない。ネズミと一緒だよ。じゃんじゃんヤらないと、あいつらすぐ増えるから。見つけたらその場で殲滅が基本なんだよね」


「う、うん……」


 話が物騒な方向に進んできたぞ。


「あのー、ミリー。ヤっちゃダメだよ」

「大丈夫、昨日いい方法思いついたんだよねー」


 ミュリエルは得意げにフフーンと言った。


「え、なになに?」

「今から見せてあげる」


 ミュリエルはサッと目配せした。



「ごきげんよう。少しいいかしら?」

「おはようございます。魔牛お姉さんたち」


 ミュリエルが淑女の笑みで迎える。


「……マギューお姉さんとは何かしら?」

「最高のお姉さんってことです」


「あら、かわいらしいところがあるわね、あなた」


 ほほほと、魔牛お姉さんたちは笑う。


「昨日ね、両親にあなたのことを聞いてきたのよ」

「わたくしもですわ」


「そうしたら、両親が青ざめてしまいましたの」

「うちもですわ。ブルブル震えておりましたわ」


 魔牛お姉さんたちまでブルブルしている。



「アの人が、貴族界に通達をお出しになっているそうですわ」

「あなたに何かすると、一族郎党皆殺しだそうですわ」


「お家取り潰しどころではありませんでしたわ」

「恐ろしいですわ」


「ですので、わたくしたち、ただあなたとお話しにきたのですわ」

「これは何かではありませんわ。社交ですのよ。よろしくて?」


「はい」


 ミュリエルはニッコリと微笑んだ。


「まあ、素直でいいではありませんか。わたくし素直な子は好きでしてよ」


 魔牛お姉さんたちはご満悦だ。


「それでね、教えていただきたいのよ。どうやってアの人の心をとらえたのか」


「それは……コチラです」


 ミュリエルはガラス玉の腕輪を机の上に置いた。


「このガラス玉で、ヨアヒム」


「わー」

「キャー」


 組の生徒が大声でミュリエルの発言をもみ消す。


「このガラス玉でヨの人を、魔女の洗脳から解いたのです。それがきっかけでアルに気に入られました」


 ゴクリ 魔牛お姉さんたちはガラス玉の腕輪に釘づけだ。


「あ、あの、手にとってみてもよろしいかしら?」

「どうぞどうぞ」


「これが……ヨの人を救ったウワサの品。そしてアの人に注目されたきっかけ……」


「これ、売っていただくわけにはいかないかしら? いくらでも払うわ」


 魔牛お姉さんは必死の形相でミュリエルに迫る。


「これは家宝ですので売るわけにはいかないのですが。……領地の石で作ったこちらならお売りできます」


 ミュリエルはザラリとたくさんの石の腕輪を並べた。色とりどりの石で、素朴ながらなかなかの出来だ。


 はうっ 魔牛お姉さんたちが息を止める。


「いくらですの?」

「ぎん……」


「金貨二枚ですわ」


 サッとイローナがミュリエルの横に立った。慎ましやかな微笑みを浮かべている。


「いただくわ!」


 あっという間に腕輪が消え、机の上に金貨が積まれた。


「ありがとう。あの、ミリーさまとお呼びしてもいいかしら?」

「あ、ミリーでお願いします」


 ミュリエルは元気に言った。


「まあ、ほほほ。では、ミリー。これからもよろしくお願いしますわ」

「困ったことがあったら、いつでも言ってくださいな」

「誰かに何かされたら、言いなさい。守ってあげるわ」


 魔牛お姉さんたちは上機嫌で出ていった。



 パチパチパチパチ 誰からともなく拍手が起こった。



「金貨二枚って……」


 ミュリエルは呆然とする。領地では、行商人に銅貨三枚で売っていたのだ。


「ミリー、これは売れるわ。あとどれくらい残ってる?」

「もうあと二個ぐらい家にあったかも」

「領地にならあるの?」

「うん。ばあさんたちが、冬の手仕事で作るんだよね。王都で売ってきてって頼まれたんだ。まだ少しはあるんじゃないかなー」


「ミリー、大事なことだから、詳しく教えて。原材料の仕入れから、完成までの工程全てを」

 

 ミュリエルが行ったり来たりグルグルうろうろしながら、腕輪作りの工程を説明する。イローナは的確に質問しながら、色々書き留める。



「なるほどね。領地に石はいくらでも転がってるのね。その中から、いい気を放つ石だけを選んでいると。……その部分は引き続き領地でやってもらいましょう。後の工程は全てうちで引き受けるわ」


「えっ」


 ミュリエルは驚いてイローナをまじまじと見つめる。



「研磨はともかくとして、穴あけに時間がかかるんだよね? 錐で手作業で開けてたら、そりゃあ時間かかるよ。大丈夫、うちでは真珠の首飾りも売ってるから。穴あけ用の道具があるのよ。少し調整すれば大丈夫なはずよ」


「はわあー」


 なんてデキル女なの、イローナ。ミュリエルはうっとりとした。今まで領地で地道にやっていた作業はなんだったのか。



「運搬費用、加工料、王都での販売委託料ってことで、腕輪ひとつにつき、金貨一枚もらいたいわ。ミリーの領地には原材料費として、腕輪ひとつ分の石に対して、金貨一枚を支払うわ。つまりは折半ね」


「えええー、それってうちが貰いすぎじゃない?」


 さすがにボッタくりすぎではと心配になる。



「なに言ってんのよ。ミリーの領地の石だから価値があるんでしょう。アの人を落としたという箔がつくから、売れるんじゃないの。その辺の石なら売れないもの」


「えーっと、その辺の石を、うちの領地の石だって言えばよくない?」


 ズズズっとイローナがミュリエルに顔を近づける。


「ミリー、よく覚えておいて。産地偽装はダメ、絶対。いつか必ずバレるの。そしてバレたらうちはおしまい。廃業よ。商売の鉄則よ。どれほど儲けが増えようが、産地偽装には手を出さない」


「そっか、分かった」


 ミュリエルはイローナの迫力にビビりながら、絶対ダメと心に刻む。



「任せておいて、父に頼んで至急手配してもらうわ」


 バーン 扉が開いた。


「話は聞かせてもらった! パッパに任せなさい」


「パッパ……」


 ミリーは丸くて光るおじさんを見て目が点になる。


「ちょっとー、なんで学園にいるのよー」


「パッパはな、昔から嗅覚が優れているのだ。うまい商売のタネが転がっていると、なぜかそこに呼ばれるんだ」


 パッパはにこやかな笑顔を浮かべてミュリエルの席までくる。


「ミリーさんですね。娘がいつもお世話になってます。どうぞ、丸っと我が社にお任せください。一緒に大儲けいたしましょう」


「あ、はい。よろしくお願いします」


 パッパはぐいぐい近寄ると、ミュリエルの手を握ってブンブン振った。


「それでですな。安い靴『イリー』を開発しました。試作品を領地にお持ちしますので、使用感を教えていただきたいのですよ。試作品ですので、もちろん無料で提供させていただきます」


「あ、ありがとうございます」

「ちなみにコレなんですよ」


 いくつかの靴が並べられる。


「一番安いのがコチラです。暑い夏にむいていますな。イリー商品群の中で、イリンダルとして売り出そうかと」


 靴底に二本の革ひもがついているだけの、単純な作りだ。


「ただこれですと、あまり靴っぽく見えないという難点があります」


「確かに、これなら裸足でいいような気がします。でも夏にはピッタリですね」


「もう少し革ひもを増やして、足の見える面積を減らしたのがコチラです。費用は上がりますが、強度も上がりますし、何よりオシャレですな。イリディエーターと名づけます」


 足が革ひもでグルグル巻きにされるような感じだ。とてもカッコイイ。


「足の裏が疲れないように、イリディエーターの底裏に鉄びょうを打ったのがコチラです」


 踏まれたら痛そうだ。山を歩くときにいいかもしれない。


「という塩梅で、いくつか種類があります。忌憚のない意見を聞きたいのです。石を取りに行く際に、ご領主様にお渡ししてきます」


「お願いします」



 いきなり、領地に産業ができた。産石国として儲かりそうな気配である。ミュリエルはお金の匂いにニンマリした。




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― 新着の感想 ―
[一言] イローナパッパ最高。 真っ当な商人なところも家族思いなところもポイント高いです。
2023/09/17 21:36 退会済み
管理
[良い点] 明るい、楽しい ミリーが最強 [気になる点] なし [一言] 久しぶりに、吹き出しながら読める小説を見つけました。 あざとく笑わせに来ない。でも、読みながら文章のリズムに乗ってると「ぷぷっ…
[一言] 凄腕の人が多いこの作品でも、頭ひとつ抜けて出来るパッパ……何者なんだ!
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