22.アルフレッドの焼きもち
「最愛の妻、ミリー。おはよう。今日も、いつも、なんてかわいいんだ、ミリー」
アルフレッドの一日は、愛する人への熱い告白から始まる。毎日毎朝、告白している。世の中の女性が見たら、鼻血で失血死するような、麗しい笑顔つきだ。
対するミュリエル。「おはよう、アル」チュッとして、そのまますぐ、隣の添い寝ベッドで寝ているルーカスを抱き上げる。
「ルーカス、おはよう。朝だよ。かわいいねー、かわいいねー、ホントにかわいいねー」
温度差がひどい。
「実の息子に嫉妬しているなんて。僕はどうかしているのではないか。器が小さいのでは。いや、でも、だって」
でもでもだって。アルフレッドは拗らせている。大好きな女性に婿入りし、愛の結晶が生まれ、領地は安泰。それなのに。
こんなとき、腹心の部下、ジャックはあまり役に立たない。
「憂い顔の殿下。嫉妬する殿下。尊い。これをどう小説に落とし込んだものか」
そんなことを考えているのが丸わかり。ダンはもちろん、もっと役に立たない。
「いやあ、信じられない。ひとりの女にそこまで入れ込むなんて」
広く浅く、できれば色んな女性と、後腐れなく遊びたいダン。アルフレッドと重なる部分が無さすぎる。
じい先生は、うん。やっと最近、熟年離婚の崖っぷちから生還しかけている体たらくの人物。相談するつもりもないアルフレッド。
結局、そう。
「パッパ。折り入って相談が」
パッパは慈愛に満ちた、少し痛ましいような目を向ける。
「アル様。分かります、分かりますよ」
嫁命のふたり。しっかり分かり合える。
「私と仕事、どっちが大切なの。そんなこと、言われてみたいものですよね」
パッパの切実な願いに、アルフレッドはその通り、我が意を得たりと同意する。
「ミランダは、私と子ども、どっちが大切なのかなー。ちょっと気になるなー。少ーしだけ聞きたいなー。そう思いますよね」
「僕だけではなかった」
アルフレッドがホッとしたように、かすかに笑う。
「ミランダの中で、優先順位ってどうなっているのだろう。夫である私は、一番なのか。はたまた、家族の中で最下位なのか。知り……たくないっ」
パッパは顔を両手で隠した。
「それは、いずれ僕が通る道だ」
アルフレッドが絶望の表情を見せる。六児の父になるらしいアルフレッドである。え、まさか、いずれは七番目の優先順位かも? 悲劇だ。
「アル様。女性の人生は、男性よりグルングルンと変化します。結婚、妊娠、出産、育児、子どもの独立。平民ならそこに親の介護も入ります。それに引き換え、男性はほとんど変化がありません。いや、アル様は王弟が婿入り、大変化ですね」
「だが、妊娠も出産は僕にはできないから」
「育児は、王族ではあり得ないほど関わっていらっしゃいます。まあ、ともかくです。状況の変化に応じて女性の愛情も変わります。やはり赤子ができると、赤子中心に。それはもう、自然の摂理」
「そう、そうだな」
「しかし、赤子はいつまでも赤子ではありません。いずれ成人し、親の手を離れる。その後は、妻は夫の元に帰ってくる。独占状態です。きっと」
パッパ、いつになく不確かだ。
「きっと……。これから五人生まれると仮定して、まさか毎年生まれるわけでもないし。一番下がもし十年後に生まれて、その子が十五になるまで。え、二十五年後」
アルフレッドは今、二十六歳。パッパは慌てた。
「いえ、でも五歳ぐらいで手がかからなくなりますから」
「そうか、そうだな」
アルフレッドの目がうつろだ。それでも十五年後。十五年、子どもに嫉妬するのだろうか。
「アル様。ミリー様と話し合うべきです。思いの丈を、少し婉曲に、伝えるべきでは」
「婉曲に言って、ミリーに伝わるだろうか」
「どうでしょう」
アルフレッドパッパは目を見合わせた。
その夜、ルーカスが眠った後、アルフレッドはドキドキしながら切り出した。
「ミリー、愛してる」
「私も愛してるよ、アル」
なんか軽い。いやいや、そんなことあるまい。いや、どうだろう。
「ミリー、僕は世界で一番、ミリーが大事だ」
「あ、そうなの? ありがとう。でも、今一番大事にしないといけないのは、ルーカスじゃない? だって無力な赤ちゃんだもん」
グッ アルフレッドは胸を抑えた。
「そ、それは。ルーカスはもちろん大事だけど。ミリーとルーカスは別で。僕にとってミリーはゆるぎない、絶対の、永遠の一番だけど。ミリーにとって僕は、一番ではないってこと、なのかな。ひょっとして」
かすかな希望と疑問をグルグルさせながら、アルフレッドは聞いた。
「うーん、もし今、賊に襲われたら。私はルーカスを連れて逃げるから。そういう意味で言うと、ルーカスが一番だよ。アルは大人だし、護衛がいるからなんとかなるよね」
そ、え、うん? アルフレッドは混乱した。なぜ、賊?
「賊がいない、通常時は?」
「もしかして、愛情の量のことを聞いてる? だったらね、ルーカスがお腹にいるとき、私の愛は二倍ぐらいになって、そのほとんどがルーカスに行ってるの。でも、アルのことも、ちゃんと好きだよ」
「ちゃんと好き」
愛が二倍になって、ほとんどがルーカスに行ってたら。自分がもらえるのは、元の半分、もしかしたらもっと少ない、のでは? アルフレッドは固まった。ミュリエルが優しい目でアルフレッドを覗き込む。
「そっか。分かった。アル、寂しいんだね。ごめんね。白鳥の父親もね、そんな感じだよね。母親は子育てで必死なの。そんな奥さんの気を惹こうと、オスは求愛ダンスを見せるんだよね。大概、無視されちゃうんだけど」
うっ アルフレッドは目をつぶる。
「でたまにさ。白鳥のオス、湖面に映った自分の姿に求愛ダンスするの。寂しくて、他のメスを探してるんだと思う。お母さんは子育てに必死なのにね」
「僕は、ミリーしかいらないから」
アルフレッドは、真剣に、重々しく伝えた。
「うん、ありがと。もっと、アルとふたりだけの時間を増やすね。ごめんね」
なんだか分からないが、アルフレッドの思いは果たされたかもしれない。やはり、思いをドーンとぶつけた方が良さそうだ。アルフレッドはそう思う。
「ヴェルニュスにも、白鳥の夫婦が住むといいな」
今なら、ものすごく共感できるだろう。まさか白鳥のオスに仲間意識を感じることなるとは。夢にも思わなかったアルフレッド。
察することはあまり得意でないミュリエル。アルフレッドが寂しがってるとようやく分かり、ルーカスに集中しすぎていた愛を、意識してアルフレッドにも戻すことにした。
寂しくても、湖面に求愛ダンスをすることなく、自分だけを見つめてくれる夫。健気でキュンとくるではないか。
それから、ふたりきりで手をつないで散歩するミュリエルとアルフレッドの姿が、よく見られるようになった。
マトンさま「ミリー達って夫婦喧嘩するのかな? するなら見てみたいです」
リクエストありがとうございます。
ケンカさせるつもりで書き始めたのですが、ケンカになりませんでした……。
また思いついたら書いてみますね。




