21.大泥棒ゴエパーン
「絶景かな! 絶景かな!」
大泥棒ゴエパーンは、ヴェルニュス近くの森の木の上で感嘆の声を上げる。活気のある街並み、勇壮な城、伸びやかに育った小麦。
「豊かな領地になったもんだ、ヴェルニュスは」
もうすっかり朽ち果てるのを待つばかりと思っていたが。数奇な運命に翻弄され、栄枯盛衰をまざまざと見せつけていたが。まさかの、奇跡の大復活。
「新しい領主ってのは、さぞかしすご腕なんだろう。聞くところによると、魔剣を自由自在に空中から取り出し、巨大な鳥に乗って敵をバッサバッサと切り捨てる。まさに剛の者。いいねー、痺れるねー」
ゴエパーンは、強くて粋な人物が好きだ。そういう頂点にいる人から、こっそりお宝をせしめるのは、もっと好きだ。
「それでは、ちょっくらお手並み拝見」
ゴエパーンは、善良な旅人を装って、領内に入り込む。いやはや、なかなか。道ゆく人の顔が明るい。これは、金がうまく回っているに違いない。
ゆっくりと歩きながら、ゴエパーンは金持ちそうな人を物色する。ほうっ、いかにも裕福そうなポッチャリさんがあそこに。大商人といったところか。ゴエパーンは何気なく近づくが、護衛の恐ろしい気配に気づいて、さっさと通り過ぎた。
「あぶね。あの護衛、かなりの手練れだな。近づくまで、気配に気づかなかった。悔しいが、あのポッチャリはやめておこう」
ポッチャリのそばに、随分とかわいらしい少女がいる。娘かな、似てないな。彼女を拐えば、身代金をたっぷり絞りとれるかもしれない。
そのとき、少女が体の向きを変えた。膨らんだお腹、妊婦か。身重の女性はやめておこう。赤子に何かあったら、ひどい恨みを買うことになる。
ゴエパーンはそっと、道を外れた。目指すは温泉近くにある屋敷。そこの一室に、お宝があると聞いている。なんでも、選ばれし者しか見ることができない像らしい。天才ユーラが手がけた、顔のない美神像。
「顔がないってのが、肝らしいんだなあ。想像をかきたてられるらしい。この完璧な肉体に、どのような顔が。ムフフってご婦人方があらぬことを妄想するとか」
盗めたら、さぞかし高く売れるだろう。ゴエパーンは、よっとほっとと壁を登って屋根までたどり着いた。綱を煙突にしっかり結びつけ、そろそろと綱を伝って降りていく。途中で、小さな雀が肩に止まり、ギョッとしたが。
「なんだよ、雀かよ。ビックリさせんなよ。お前、人懐っこいな。かわいいな。あまり懐くと、とって食われるぞ。気をつけな」
チュンチュン鳴きながら、雀は飛んで行く。
殺伐とした泥棒家業では滅多に味わえない、ホノボノ体験。ゴエパーンは思わず頬を緩める。
「いかんいかん。集中集中」
ゴエパーンはそっとバルコニーに降り立った。大概のお屋敷は、地上に重点的に警備が置かれ、上は手薄だ。一旦屋根まで上がり、下の部屋に降りて行くと、盲点をつけることが多い。
バルコニーのカギは、開いていた。不用心だな。ゴエパーンは心の中でつぶやきながら、スルリと中に入る。
部屋の真ん中に、それは立っていた。下からのランプに照らされ、浮かび上がる神々しい肉体美。右手に石を持ち、左側にある何かに体が向いている。石を投げる前の一瞬、闘いに挑む直前の緊張が表現されている。
ほぼ、実物大ではなかろうか。見上げる高もから、こちらを睥睨しているように想像できる美神像。なるほど、顔がないから、想像の余地がありまくるな。ゴエパーンは、涼やかな目に見つめられた気がして、フルッと肩を動かす。
ゴエパーンは素早く美神像の台を調べる。
「取り外しはできるけど、到底運べない」
まさかこんなに大きいとは思っていなかった。せいぜい、太ももぐらいの大きさかと。
「まさか、こんなデカい像を掘れる大理石があるとは。すげえ」
さぞかし巨大な大理石だったのだろう。これを運び出すには、数十人の男手がいる。
ガヤガヤとした声が聞こえ、ゴエパーンは急いでバルコニーに逃げる。間一髪、ゴエパーンが窓をパタリと閉めたとき、部屋に人が入ってきたようだ。
「会報に載せてほしいって声が大きいから、きちんと書かないと」
「デイヴィッドさん推しの従業員は多いからな」
「みんな、見たいけど、ヴェルニュスにはなかなか来れないしな」
「ユーラが会報用に絵を描いてくれればいいんだけど」
「それは無理じゃないか。これはあくまでも、ヴェルニュスだけの秘密の観光名所だから」
「外に出たら価値が下がる」
なるほど、そんなことが。ほーん。バルコニーで気配を消しながら、聞き耳をたてていたゴエパーン。そうっと、綱を登って屋根まで戻った。屋根の上では、ネコたちがのんびりひなたぼっこをしている。
「おいおい、こんな高いところまで登ってきて。お前たち、下に降りれるのか?」
ゴエパーンがネコのアゴを撫でると、ネコは不思議な目で見返してくる。まるで、品定めをされているかのような。
「美神像は持ち出せないから、仕方がない。次は聖典だな」
ヴェルニュスの領主が、聖典の原本を持っているらしい。うまく使えば、というか、悪意を持って使えば、いくらでも人を洗脳できる代物だ。欲しがる国は多い。
「領主夫妻の寝室にあると聞くが。入れるかな」
普通は入れないが、どうだろう。ヴェルニュスの警護はなんだか、おかしい。水も漏らさぬといった感じではない。むしろ、水はダダ漏れなぐらいだ。なんというか、試されているような。
「まさかね」
ゴエパーンは頭を振る。ものは試し、とりあえず行ってみよう。人目につかないよう、周囲に溶け込んで、城に向かう。優美なというよりは、頑強そうな城だ。攻める気を、はなから起こさなくさせるような城。
まあ、ラグザル王国に内部からやられた訳だが。中に入ってしまえば、脆い構造なのかもしれない。
ゴエパーンは裏側に回った。台所に続く通用口から中に入る。領主の寝室は、上だろう。料理人用の白い上っ張りを拝借して、料理人に化ける。料理人が上に行ったら目立つだろうが、旅人の服装よりはマシだろう。
階段の端には、綱が通されている。なんだこりゃ。不思議に思いながら上の階に行くと、通路の両端にも綱が渡されている。興味が湧いて、柱の影から覗き見ていると、小さな小さな人が、楽しそうにヒモを使って飛んでいく。
「すげえ、めっちゃ楽しそう」
綱にヒモを引っ掛けてぶら下がり、滑空する小人。とても、いい。
「いい城だなあ」
ゴエパーンはしみじみとつぶやいた。見せ物にされがちな小人。人のオモチャにされがちな存在。隠れてこっそり生きているはずだが。こんなに堂々と、楽し気に暮らしているなんて。
「いい領地だなあ」
ゴエパーンはもう一度ひとり言をこぼすと、領主の寝室らしき部屋に向かった。明らかに扉の装飾が豪華。護衛はいない。領主はここにはいないということだろう。真っ昼間だし。
まさか、開かないだろうと思いながら、取手に手をかけると。
ガチャリ 開くんかい。ゴエパーンは脱力した。ここの警護は一体どうなってるんだ。
きっと、誰もいないんだろう。そうっと足を踏み入れると。
キャッキャ キャハハ 幼児の笑い声。乳児と幼児がふたりっきりで遊んでいる。
「不用心にもほどがありまっせ。どないなってますの」
思わずゴエパーンは叫んでしまった。ヒタリとゴエパーンを見つめる乳児と幼児。いつの間にか、ゴエパーンはネコにビッシリ取り囲まれている。
ヒッ ゴエパーンの背筋が冷えた。
「去れ」
白髪の幼女がたったひと言。
バーンと窓が開き、ビューンとゴエパーンは飛ばされた。城壁を越え、絶景かなと感嘆した木の下まで。
トスッ 木の下でダラシなく横たわっているゴエパーンの隣に、軽やかに人が降ってきた。
「よくがんばったね。犬と鳥のごはんになるのと、私の配下につくのと、どっちがいい?」
ゴエパーンを見下ろす、強い緑の瞳。その周りにいる、巨大な犬とフクロウ。
ミュリエルに、新たな下僕が増えた。
黒にゃ〜んさま「いないとは思うけど、ミリー様のお家とかに入る泥棒さんの話とか見たいかも(笑)最後は改心してくれるといいな〜とか」
リクエストありがとうございます。




