20.シロとクロ
「はたらけど はたらけどなお
わがくらし 楽にならざり
じっと羽を見る
字余り。名句ですね」
シロは東の国の歌を詠み、ご満悦だ。かの御仁、天才だけど私生活では借金踏み倒し、女遊びしまくったと聞く。正直、クズ野郎ではと思うが。
東の国で学問の神様をやっていたらしいクロ。暇さえあれば、詩や文学なるものを誦じている。おかげで動物たちの知識水準はウナギ登りだ。ああ、ウナギ、食べたいなあ。かの国では、甘辛いタレをつけたウナギ丼というものがあるそうな。
ウナギ、いいですよねえ。生で十分おいしいですけどねえ。
おいしいで言うと。ローテンハウプト王国でおいしそうなのは、ハリーとパッパ。
ハリーはコリコリした、若い筋肉が。パッパはフワフワした味わいが。きっと。
「食べませんけどね。ご主人様に殺されますもん」
あれはあくまで、非常食。
幸い、ヴェルニュスもゴンザーラも、働けば働くほど、ご褒美がもらえる。素晴らしい土地。東の国は、いまだに働けど働けどと聞きますね。
カニも好きなんですけども。「おい地獄さ行ぐんだで」から始まり、「人間の命を何んだって思ってやがるんだ!」という名言があり、「もう一度!」で終わるという。あれもよかったですねえ。
「東の国の人も、働けば働くほど、楽になるといいですがねえ」
チュンチュンチュン
む、雀たちが集まって会議をしています。どれ、近くに行って聞いてやらねばなりません。小鳥は力はありませんが、人里にすっと紛れ込めるので、情報収集が得意です。ただ、遠くまでは飛べないので、伝言に継ぐ伝言で、話が無茶苦茶になってることもありますが。
「聖典の民の村は、無事に小麦が実ったそうです」
「ハリーが亀姫と結婚したとか」
「魔女たちが、変な乗り物、大競争をして、街の人たちが賭けを楽しんでるんですって」
「新しい桃の子がそろそろなるかもって」
「小島で暮らしてる親指さんが、こっちに移住したいとか」
「魔牛の群れがゴンザーラを襲うらしい」
シロはため息を吐いた。真偽が定かではなさすぎます。ハリーは結婚できる年齢じゃないですしね。まさか、ねえ。
「確かめに行かなければ。非常食の分際で、黙って結婚するなど、言語道断」
バッサバッサ シロはラグザル王国に向かって飛び立った。
「非常食ー、結婚するとは誠かー」
「うわっ、シロじゃん。ビックリしたー。結婚? 誰が? ラウルとセファは婚約したけど」
「ならば、よいのだ。さらば」
「えっ、行っちゃった。なんなの」
***
「黄色か。いい色、いい名前ではないか。うむうむ。犬は青と黄色がよく見えるという。まあ、我ら魔犬だから、なんでも見えるが。とにかく、よい名だ」
「ハー」
黄色が、マヌケな声を出す。
「黄色、といえば、やはり檸檬。得体の知れない不吉な塊に心を押さえつけられていた私。ってヤツだな。分かる分かるぞ。我も、左遷されたとき、そんな感じだったわい。前のクロを失ったご主人様も、ずっとそうだった」
「ヘー」
黄色は、相変わらずボヘーッとしておる。
「とにかく、よい名だ」
フンッと黄色は嬉し気に鼻を吹き鳴らす。
途端に、カーンカーン、ブホーッと警戒音が鳴る。
「なんぞ、魔物でも来たらしい。肉じゃ肉じゃ」
クロと黄色は、ウキウキと城壁に向かった。そこには既に、投石機が準備されている。クロと黄色は、ピョンピョーンと城壁を登り、皆が見てる方に視線を向けた。
「やや、あれは、もしや」
「魔牛だー。魔牛が来たぞー」
見張り塔から男が叫ぶ。クロはひと声、ワオーンと叫ぶと、ヒラリと飛び降りた。
「クローッ」
ジェイムズが城壁から叫ぶが、クロは止まらない。一刻も早く行かなければ、殺される。
クロの後ろから、黄色が追いかけてくる。説明している暇はない。クロと黄色は駆けた。
グルグルグルグル クロと黄色は、魔牛の群れに囲まれる。
「ヒー」
黄色が情けない悲鳴をあげる。クロは、群れの頭と思われる、ひときわ大きい魔牛と、正面から向き合った。子牛のようなクロより、さらに大きな魔牛が、上から見下ろす。
「公」
「使いの牛、そなたもこちらに来ておったか」
「公の墓の上を守っておりました。ところが、いつからか公の魂を感じられなくなり。こちらに呼ばれて参りました」
魔牛は首を垂れ、クロの前に臥せる。クロはそっと魔牛の頭を撫でた。
「臥牛よ、よう来たの。また会えて嬉しい」
魔牛たちは次々と臥せる。
「ヒハー」
黄色は妙な声を出して、そのあと黙ってしまった。
クロはゆっくりと、魔牛の群れを従え、城壁まで歩いていく。城壁の上に、ロバートとジェイムズとダニエルが立って、見下ろしている。
「クロ、魔牛はうちの家畜になるということか」
ワウッとクロは鳴いた。ロバートは渋々頷く。
「肉ではなく、家畜か。まあいい。クロ、きっちり面倒見るんだぞ」
城門が開かれ、中に招かれた。
魔牛たちは、クロに従い、よく働いている。畑を耕すのもお手のものだ。力がべらぼうに強いので、モモキンぐらいしか扱えないが。
隣の領地に仕入れに行くのも、魔牛が荷車を引いてくれるようになった。通りすがる人たちが恐慌状態に陥るのが難点ではある。人々も徐々に慣れ、諦めるだろう。
クロの生活は大変充実している。ダニエルと共に領主を助け、好きな詩集を詠み、黄色や魔牛と語らう。黄色はほとんど聞いているだけだが。たまにジェイムズと狩りにでかける。
ある日、フワリと梅の花が飛んできた。
「飛び梅ではないか。そうか、そうだな」
クロは魔牛に話しかける。
「我、しばし東の国に顔を出してくる。受験生たちが我に祈りを捧げておる。書き初めも見てやらんとならん。ちょーっと行って、またすぐ戻ってくるでな。あとはよろしく」
クロはグッスリ眠り、こんこんと眠り、ジェイムズとダニエルが心配になった頃に目を覚ました。
「ただいま」
「お帰り、クロ」
ジェイムズとダニエルが、クロに抱きつく。
ただいまか。帰って来れるというのは、いいものだ。帰ることができなかった、かの国の都。クロにとっては、もう、ゴンザーラが帰る場所だ。
フリザンテーマさま「ハリーとシロが会話が成り立っていますが、何を話しているのか、細かい会話の内容を知りたいです。あと、未だになめられているのか?」
碧さま「いつぞや聖典を読む会捉えるのに活躍したチュンと鳩おじさんなどの日常が読めたら嬉しいです~」
水城涼子さま「クロの中に天神様が!(私の住む地方では菅原道真公をそう呼ぶのです)お正月にはクロの前で書初めするのです!字がうまくなりますよ!(そんな風習もあるのです)」
リクエストと情報をありがとうございます。
今ドイツに住んでおり、書籍の発売に合わせて、明日から日本に一時帰国します。しばらく、更新が不定期になります。よろしくお願いします。
(日本のごはんは最高なので、日本でたくさん食べます)




