19.ダニエルとクロ
ダニエルは早速クロに文字を教えることにする。まずはやっぱり、名前だろう。
「ジェイムズ・ゴンザーラ、ダニエル、クロ」
棒で土に名前を書いていく。クロは真剣な目でじっと見ている。覚えると、クロは大きな手で土をならす。
クロは数日で、領民全員の名前の文字を覚えた。ついでに領民全員の年齢と数字も。ダニエルは驚いて、ロバートとジェイムズに報告する。
「クロって、めちゃくちゃ頭いいよ」
「それは助かるな。狩りも護衛も文官業務もできる犬か」
ダニエルの言葉に、ロバートは大喜びだ。
「文字は書けないから、文官業務は難しいと思うけど」
「文字も書けるようにしてやってくれ」
「無茶苦茶言わないでよ。あの手でペンは持てないから」
ダニエルが抗議し、ジェイムズもうんうんと頷く。ロバートはまだ諦めきれないようで、クロの頭を撫でた。
「頭がいいんだろ、なんか考えてくれ。猫の手も借りたいって言うだろ。クロの手が借りられると、随分楽になる」
クロはロバートと見つめ合った。クロはコクリと頭を下げる。
クロは、ダニエルに本を読めと催促するようになった。
「どれがいいの? これ? へー、詩が好きなんだ。この本、王都のおじいさまが送ってくれたんだよ」
詩集なんて優雅な本は、もちろん領地にはなかった。今も、ダニエルしか読んでいない。
ダニエルが、ゆっくりと詩を音読すると、クロはウットリとした表情で聞き入っている。クロは本をのぞきこみながら、ダニエルに何度も同じ詩を読んでもらう。
「クロは詩が好きなんだね」
ダニエルは恍惚とした表情のクロを見て笑う。
毎日、クロが望む本をダニエルが音読する。少しずつ難しい本になり、領地の税金の書類なども読むようになった。
「クロ、今日はこれがいいんだ。すごいね、何がおもしろいのか分からないけど」
ダニエルは、ジャガイモや小麦の収穫数、業者への販売実績を読み上げる。各年毎の書類があるので、かなり大変だ。クロはしげしげと数字を見ると、しきりと首をかしげる。
「何か気になる数字があった?」
クロは大きな手で書類を触ろうとして、直前でやめる。手が大きすぎるのだ。ダニエルは、一枚ずつ書類を持ち上げ、クロの反応を確かめる。
「ああ、この年が気になるんだ。どうしてだろう」
クロは、さっと起き上がると書斎から飛び出し、しばらくして戻ってきた。クロは口の中から、たくさんの小石を吐き出す。そして、三つの山に分けた。真ん中の山だけ大きい。ダニエルは、うーんと考え、書類を見比べる。
「もしかして、この年だけ、販売実績がいいってことかな? 確かに、そうかも。ジャガイモ、とうもろこし、小麦、毛皮。少しずつだけど、例年より売れてるね。なんでかな」
ダニエルとクロは、ロバートに聞きに行った。
「父さん、クロがね。この年だけ野菜とか毛皮がよく売れてるって、不思議に思ってるみたい」
「いつだ?」
ロバートはダニエルの手から書類を取って、考え込む。
「この年は確か。ああ、分かった。新規の業者が来たんだ。それで、そいつがシャルロッテを口説いた。だから、城壁から落としてやった」
ロバートが腹立たし気に言う。
「ええー、大丈夫だった、その人?」
「大丈夫だ。柔らかい土の上に落としてやったからな。で、泣いて謝ってきてな。城壁の外で寝ると、魔物に襲われるだろう。それで、城壁内に入れてやる代わりに、うちの作物を全部高値で買わせたんだ」
「ああ、そういうこと。よく分かった」
ダニエルは納得し、クロも満足そうだ。
「おもしろいから、年毎にどう変わってるのか、調べてみるね」
書類は一年毎にまとめられている。年をまたいで、推移までは見ていない。何かおもしろそう、ダニエルはワクワクする。
ダニエルは作物ごとに、収穫量と販売実績を書いていく。クロがフンッと鼻息を荒くすると、何か問題がある。
「なんだかさ、ジャガイモとか小麦って何年毎かで収穫量が減るね。なんでだろう」
またロバートに聞きに行った。
「うーん、分からん。なんでだ」
ロバートは頭を抱えて机に突っ伏す。
「ちょっと、ばあさん連中に聞いてくれ。ばあさんたち、昔のことなら異様に覚えてるから」
ロバートに言われ、ダニエルとクロは、ばあさんたちのところに向かう。ばあさんたちは、のんびりと腕輪用の石を調べている。
「この年と、この年。ジャガイモと小麦の収穫が少ないんだけど。どうしてかな?」
ばあさんたちは、一斉に目を閉じて考え込む。
「あれは、ミリー様が生まれる前の年か。あの年は、そうさな」
「鹿がよく出たっけ」
「畑を荒らしに、よく鹿がきたな」
「あー、そうそう。あれだ。雨が降らなんだ」
「そうじゃそうじゃ。雨が少なくてなあ。森の恵みが減った」
「それでわざわざ畑まで鹿が野菜食べにきたんだった」
ばあさんたちは、カッと目を開けて口々に言う。
「へー。この年も雨が少なかった? こっちも?」
ばあさんたちは、ダニエルのあげる年のことを思い出す。
「そうだな。その年は、ロバート様が王都に行く前の年」
「うむ、確か、雨が少なかった」
「ふーん。何年かおきで、雨が少なくなるんだね。えーっと、あれ。来年、雨が少ないかも」
ダニエルが声を張り上げる。
「マズイな」
「それはあかん」
「領民が増えて、食べる量が増えてるのに」
ばあさんたちが、顔をしわくちゃにしてうなり声を上げた。
「僕、父さんに相談してくるねー。クロ、行こう」
ダニエルが大急ぎでロバートに伝えに行くと、ロバートはガバッと立ち上がった。
「でかした。よく気づいてくれたな。ダニー、クロ。今からならなんとか間に合う」
「どうしよう? 井戸を増やす?」
ロバートと共に書類を見ていたジェイムズが心配そうに問いかける。
「そうだな、井戸を増やして。川から畑まで水路を引こう。モモキンがいるからなんとかなるだろう。それでもダメなら、ハリーの持ってる真珠を譲ってもらおう。雨が降るらしいからな」
「他の領地にも伝えないとね。水が少なくても育つ野菜を増やすとか。カボチャとか」
ロバートとジェイムズが話し合う。
「他の領地に伝えるのは。アルに任せよう」
ロバートの得意技、義息子に丸投げ。そういう時のための、王族ではないか。使えるものは、遠慮なく使うロバート。嬉しそうに、ダニエルとクロの頭を強く撫でた。
「ありがとうな。本当に助かったぞ」
クロは誇らしそうに、しっぽをパタリと振る。しゃべれなくても、文字が書けなくても、できることがあるのだ。
にぽぽさま「ゴンザーラ4兄弟の内、なんとなく影の薄い(気がする)ダニエル君にも活躍の場を」
リクエストありがとうございます。




