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18.クロとマルセル


『では、ここで一句。


東風吹かば 匂ひおこせよ 梅の花


あるじなしとて クロな忘れそ


風雅ですな。うむ、なかなか』



「クロ、何をクンクン言ってるの?」


『いえね、ご主人様。昔のことを思い出して、ちっと切ない気持ちになりましてね。昔々、遠い東の国で、政敵に陥れられて。失意の末に死んだ、だいぶ前の人世。ガラピカドーンと雷落として焼け野原。我、やってやりましたわ」


「そうなんだ。よかったねえ。ご機嫌だね、クロ」


 ご主人様は、ちっとも理解していないが、ヨシヨシと撫でてくれる。



 東の国で荒ぶっておった、遠い前のとき。日の本の神に「もー、ちょっと荒ぶりすぎー。異国で癒されてきなさーい」って追い出された。流れ流れてこの世界に。


 森の息子を守るため、命を失ったクロの魂を助けてやれ、そう言われてねえ。ボロボロだったクロの魂と結びついたわけですけれども。


 我の知力と政治力を遺憾なく発揮して、魔犬を統率し、ご主人様と再会を果たしたという。涙無くしては語れない、いい話ですわ。



 ここはなかなか、いいところ。のっぺりしていた遠い昔の人々と違って。こちらの人は渓谷のような顔をしている。あちらにはいなかった、おもしろい魔物もたくさん。


 それに、小さな領地だけども。領主がうまいことやっておる。ご主人様も立派な領主になるだろう。我の知力をもっと活用できればいいのだが。なにせ、言葉が通じないからなあ。文字も違うしなあ。


 ご主人様たちが言ってることは分かるけども。我の言葉は犬語でしかないようで。うむむ、口惜しいことよのう。


 おや、なんやザワザワ、ゾワゾワしますな。


『ご主人様、ご領主様がそろそろ戻ってこられますですよ。背中がなんぞ、スースーします』


「なに、クロ。背中がかゆいの? 足にこすりつけないでよ。かいてあげる」


 ご主人様が、背中をワシワシしてくれる。おや、なんか飛んでくるのう。


『む、あれは。我の仲間。なんぞ、黄色い布を首に巻いておる。なぜ飛んでおるのか。もしや、我も』


 ややっ、メリメリと翼がー。摩訶不思議なりー。


「ええっ」



***



「ご活躍をお祈り申し上げます」と祈り続けられたマルセル。ゴンザーラ領でなんとか生きている。


 実は、もう妻もいる。割とすぐに見そめられた。積極的な女性が多い土地だから。マルセルがハッと気がついたときには、もう結婚していた。ボヤッとしすぎである。


 マルセルの家族と妻はまだ会っていないが、手紙で知らせたところ大喜びであった。


 そんなわけで、妻に助けられ、毎日文官として真面目に働いている。靴を履いていない領民も多いが、靴がないわけではないらしい。だから、マルセルは気にせず靴を履いている。試しに裸足になって外を歩いてみたら、小石が痛くて歩けなかった。


 妻に爆笑され、マルセルはさっさと諦めた。


「マルセルは頭がいいんだから。書類仕事をがんばってよ。狩りは私がするからさあ」


 実に頼もしい妻である。



 ゴンザーラ領は随分暮らしやすくなっている。昔は、お金がなくて、なけなしの税収をどう使うか、皆は頭を悩ませていた。今では、余裕をもって、必要なところにお金を使うことができる。


 井戸にするか、城壁にするか。二者択一でうなることはない。両方選べるのだ。素晴らしいことだ。石の腕輪で領地の収入が増えたし、アルフレッドの持参金も大きい。


 さらに、サイフリッド商会の紹介で、引退した靴職人の夫婦が、こちらに移住してきた。イリーの靴を、少しここでも作っている。そして、靴が好きで、刺繍が得意なマリーナが新たな仕事を始めた。


 革靴に刺繍をあしらうのだ。魔牛や白鳥、花など。マリーナの好きな模様をチクチクと。マリーナ以外にも、刺繍の得意な領民が、刺繍をする。


 ゴンザーラ領の新たな特産として、少しずつ広まっている。



 旅に出ていたジェイムズが、桃の子たちと戻って来た。入れ替わりで、ロバートとシャルロッテが孫に会いにヴェルニュスに行った。


 色んなことが立て続けに起こり、マルセルは目が回りそうだった。



 そして、またロバートとシャルロッテが戻って来た。空飛ぶ犬と、天馬と、ダニエルを伴って。


「天犬と天馬、初めて見た」

「クロも翼が生えた」


 驚いているマルセルに、ジェイムズが追い打ちをかける。クロはバッサバッサと翼を動かした。とても、得意気だ。


「ジェイ兄さん」

「ダニーやっと帰ってきたか。新しい本、届いているぞ」

「やったー」


 ダニエルがジェイムズに飛びつく。


「ダニーさあ。クロに、文字教えてやってくれない? クロが本読みたそうなんだよね」

「へーそうなんだ。分かったー」


 分かったって。今の会話、大分おかしくないか? マルセルは固まった。不思議なことが多いゴンザーラ領だけど。今の会話、マルセルの理解を超えている。

 

 クロはとても嬉しそうな顔をしている。


 え、マジで? 犬が本読むとか、あり得るわけ?


 あり得たりする。その犬、中の人が学問の神様だぞ。よかったね、ゴンザーラ領の皆さん。



フリザンテーマさま「ゴンザーラ領に派遣された文官いましたよね。彼がどう振り回されているのか見たいです」「クロ視点、ジェイとの出会いや再会までどうしていたかを読みたいです」

一十八祐茂さま「ダニーの帰還」

リクエストありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 革靴に刺繍ってどれだけ力業だよって話 マリーナさんもゴンザーラ領の娘だった
[良い点] 今日は出したリクエスト2つ分の話が読めて嬉しいです。ありがとうございます! [気になる点] クロがあの口調だから他の天犬(アカ)も影響されたのでしょうか? と、いうことは、ミドリも? シロ…
[一言] クロの中に天神様が!(私の住む地方では菅原道真公をそう呼ぶのです)お正月にはクロの前で書初めするのです!字がうまくなりますよ!(そんな風習もあるのです)
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