表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
282/308

16.ネルソンとアリシア


 ネルソン・ホイヤー。ヨアヒム殿下の側近で、魔牛お姉さんことアリシアの夫だ。ミリー様には、にんじんって呼ばれていることも、知っている。甘んじて受け止めている。


 アリシアはまだ、マギューが魔牛と知らない。誰も言わないことにしている。せっかく、マギューは最高って意味だと誤解しているのだ。そっとしておこう。皆の幸せと平穏のために。


 アリシアは変わった。いや、アリシアだけではない、俺も、ヨアヒム殿下も、側近たちも。ミリー様のおかげだ。


 あのとき、ミリー様が殿下を気絶させてくださって、本当によかった。俺たちはあのとき、不甲斐ないことに、アナレナに骨抜きになっていた。


 いつの間にか、殿下の近くにいるようになったアナレナ。クルクル変わる表情、気さくな性格、距離感が近くて、いい匂いがする。高位貴族であるアリシアにはない魅力にあふれていた。アナレナと話すと、気分が高揚して、幸せな気持ちになった。


「ネルソンさまって、すごいんですね」

「いつもサボらず、剣のお稽古をされてるんですね。尊敬します」

「うわあー、たくましい腕。あ、触っちゃいました。ごめんなさい」


 今思うと、わざとらしくあざとい発言の数々。当時はポーッとなって夢中になっていた。


 それで、つい。殿下が、いや俺たちも、魅力魔法にかけられていると気づけなかった。


 なんの言い訳にもならないが。


 アナレナは非常に巧妙だったと思う。他の女生徒がいる場所では、決して殿下に近づかない。誰も見ていないところで、偶然に出会い、よく分からないうちに懐に入った。夜会での婚約破棄も、そんな計画、俺たちは誰も知らなかった。


 ふたりだけで、秘密の決断、真実の愛。甘くささやかれ、仕向けられたのではないか。


 冷静になると、どれだけ危ない橋を渡ったか、震えがくる。ミリー様に気絶させられなければ、殿下は廃嫡。不祥事を未然に止められなかった側近は、一生冷や飯だっただろう。


 それから、よく分からないうちに、アリシアたちが魔牛お姉さんになった。要はミリー様の親衛隊であり、応援隊だ。石の腕輪をつけて、すましている女性貴族が増えた。


 石投げ部隊もできた。何を思ったか、アリシアが石投げ部隊に入りたいと言ってきたときは、心底驚いた。


 それは、すごく嬉しいけど。大丈夫か、こんな細腕で。


「そうすれば、お忙しいネルソン様と、一緒にいられる時間が増えますもの」


 な、なんて破壊力のあることを言うのか。ポッと顔を赤らめて、恥ずかしそうにしているアリシア。なんだ、こんなにかわいいところがあったなんて。いつも冷静で上品な顔を崩さなかったのに。


 知らなかったアリシアのかわいらしいところに、俺は動揺を隠せない。精いっぱい笑って、なんとか答えた。


「家でも外でも背中を預けられる女房なんて、最高だ。アリシア、一緒にがんばろう」


 アリシアはもっと赤くなって、嬉しそうに笑った。


 うーん、これは、ヤバい。結婚まで我慢できるだろうか。いや、我慢する以外の道はないのだが。


 石投げ部隊に入って一緒に訓練すると、さらに心が乱れる。


 服の袖をまくり上げて投げたり。そのほっそい腕を、男の前にさらけ出すなんて。ハレンチではないのか? 俺は、理性を試されているのか?


 一生懸命投げて、うっすら汗をかいているところとか。ほてった顔とか。


 集中するために、豪速で投げていると、ウットリした目で見られたりとか。



 だから、「ミリー様との合同結婚式、興味ありませんかしら」と聞かれたとき。


「興味ある。いいな、いいじゃないか。いいと思う。うん、実にいい考えだ」


 何回、いいって言ってんだ俺。必死か。うん、必死だ。殿下、申し訳ございません。俺は先に結婚させていただきますー。


 そして、割とすぐ子どももできて。これからは、妻と子どもを守らなければならない。身の引き締まる思いだ。


 じい先生みたいに、妻に冷たい目で見られないよう、努力しよう。とにかく、「体は大丈夫? 俺にできること何かあるかな? なんでもやるよ」って、妻に聞けばいいってパッパが教えてくれた。


 察せなくても、聞いて、すぐやればいいらしいから。それなら、気が利かない俺でもなんとかなる。


 妻に熟年離婚を切り出されないよう、がんばろう。



***


 

「キィィィィィ、なんですの、あの小娘はーーーー」


 当時、わたくしは荒れ狂っておりましたわ。わたくしの婚約者に近づくアナレナとかいう泥棒ネコ。なんなの、なんなのかしらいったい。たかが男爵令嬢の分際で。


 我ら「学園の愛と平和を守る七人衆」の婚約者が、のきなみ籠絡されてますのよ。由々しき事態ですわ。わたくしたち、もちろん両親に相談しましたの。だって、婚約は家同士の約束ごと。浮気は契約違反ですわ。許せませんわあぁぁ。


「今は静観しておきなさい。男は騒げば騒ぐほど、逃げるわ。追い詰めるとダメです。もし、本当に浮気したら、粛々と婚約を解消すればいいのです。ドーンと構えて、お待ちなさい」


 母になだめられて少し落ち着きましたの。父はオロオロしているだけなので、放置ですわ。


 七人衆の皆で、ハンカチを噛み締めながら、でも表向きはなにごともないように、耐えました。


 ネルソン様は、まさかわたくしが気づいているとは、思っていらっしゃらないようです。殿方って、どうしてこう……。あのですね、婚約者ですから、定期的にお茶会などで会いますでしょう。


 そのときね、五分もすれば、何かおかしいって分かりますの。ええ、女性なら誰だって、その能力がありますわ。彼の気持ちがわたくしに向いていないって、即座に察知できますわ。


 わたくしに向ける瞳に浮かぶ熱量が、まず全然違いますもの。以前はそれなりに、かわいいなって思っていらしたはず。アナレナの毒牙にかかってからは、わたくしを見ていても、彼はアナレナを思っているって、すぐ分かりますわ。上の空、心ここにあらずです。


 むなしいですわ。悔しいですわ。自分が無価値な人間に思えますわ。


 それがですよ、ミリー様のおかげで、あれよあれよという間に事態が急転換。殿方たちも反省され、すっかり心を入れ替えられて。


 母の言う通り、静観していてよかったです。


「お母さま、でも、これからどうやってネルソン様に向き合えばいいかしら。わたくし、許せるかしら」


「そうね、許せないんじゃないかしら。女性って、傷ついたことを一生ネチネチ覚えているのよ。数十年前のことでも、一瞬で鮮やかに思い出して、新鮮に腹が立ちますもの」


「まあ」


 お父さま、何をやらかしたのかしら。恐ろしいわ。母の瞳がギラギラしていますわ。さあ、話を変えなくては。


「ミリー様ってね、とってもイキイキとしていらっしゃるの。目が大きくて。楽しいことがあると、目がキラキラ輝くの。イヤなことがあると、顔がくもるの。とても分かりやすくて、癒されるのです」


「そういう裏のない無邪気なところが、殿下のお気に召したのでしょうね。アリシア、あなたも、もう少し表情に感情をのせてみてはどうかしら?」


「はしたないと思われないかしら。ぶりっことか、あざといとか」


「不特定多数の男性に向けて、素の表情を見せてはいけないですけれど。婚約者になら、いいのではないかしら。だって、家族になるんですもの。家族に素直な感情を見せるのが、はしたないはずがないわ」


「そうですわよね。他の殿方にぶりっこすると大炎上しますけれど、婚約者ですもの。分かりました、もう少し取り繕わない自分を出してみます」


 母の助言はまたしても正しかった。貴族的なすました表情を減らし、素直な感情を見せる。おいしい、楽しい、寂しい。


 そうすると、ネルソン様の目が、かわいいなあって言ってるの。こんな簡単なことだったのですね。好きな人に本当の姿を見せるって、特別な感じ。


 一緒に石投げをして、ネルソン様のお気持ちがどんどん高まって。愛されてるって、自信になりますの。傷が癒える気がいたします。


 今は、夫となり、しばらくしたら父親になるネルソン様。


 マギュー好き。マギューかっこいいですわあぁぁ。



3dicekさま「にんじんさんの話」

ねこりんさま「マギューお姉さん話も是非!」

リクエストありがとうございます。


こちらでパッパのイラストが見れます↓

https://ga.sbcr.jp/bunko_blog/010121/20230523t/


私のインタビューも。ものすごく恥ずかしいですが。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 魔牛お姉さんの話大好物なので、今回のネルソンさんとアリシア魔牛お姉さんお話凄く好きです。 そしてインタビュー記事も熱くて楽しかったです! ミリー様の素敵な魂の輝きや生命力や行動力は、作者…
[良い点] インタビューが破壊力ありすぎて、今日の分読み直しました(笑) アニメイトで予約したけどTSUTAYAでもしておかないと… バッパが…そりゃ存在感あるはずだ(笑)
[一言] リクエストにこんなに早くお応え頂けるなんて! マギュー嬉しいです!! そしてお久しぶりのマギューお姉様。 上級貴族の淑女なのに、素直で可愛くて割と単純(褒めてます) きっとにんじん君とも末…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ